Ep24.恩讐の彼方-①
「お嬢様!!!!!!!!!!!!!!!」
気が動転しているのか、クソでかい声が出てしまった。
こうなった以上、シャークリンは死ぬ運命にあった。そういう意味では、なるようになったと言える。
だが、そこに至る経緯が問題だった。主人の手にした傘の先端からは、今もかすかに硝煙が立ち上っている。
「うわ、びっくりした。急にどうしたの」
「どうしたもこうしたも! ああああああ、どうしたら」
「ふふっ、こんなリザ初めて見た。おもしろ~い」
「面白くありません! こんな風にシャークリン様殺しちゃって、どうするんですか!」
「どうもこうもないわ。なるようになるわよ」
リザはその場でのたうち回りたい衝動に駆られるが、抑える。
そうだ、忘れてはいけなかった。この方はまだ十七歳の少女だ。年齢離れの卓越した論理と視座に、年相応のみずみずしい感性の両輪で駆動する正真正銘の悪役令嬢なのだ。
ひとまず傘を預かると、ずっしりと重かった。これ程のモノを細腕で持ちながら、主人は平然と歩いていたのか。まったく気付けなかった。
銃声をマトモに聞いた分の耳鳴りが治まりだすと、外からいくつもの足音が聞こえて来た。既にドアのそばに複数人が待機しているようだ。
やがて慌ただしくドアを開き、銃を構えた組織の者たちとケヴィンがなだれ込んで来た。
「リザ! ビーチェ! 大丈ぶわあああああああああああああああああ!」
ケヴィンはシャークリンの死体を見て、屋敷中に響き渡るような大声を轟かせた。
「えっ、えっ? それなに? どういうこと?」
「リンおばさまだったものよ」
おそるおそる遺体に近づいたケヴィンだったが、限界に達したらしい。そばにあるゴミ箱目掛けて盛大に嘔吐した。
「あわあわしちゃって。さっきまでのリザみたいね」
「お嬢様、謹んでください」
「ごめん、まだ興奮してるの。人を直接殺したのは初めてだから」
そう言う主人の手が、震えていた。
それは銃を撃った反動による痛みのためなのか、精神的な高揚のためか。ポーカースマイルの真意は、今もまだ掴めない。
「相談役なんだから、相談してくれればよかったのにね」
俯きがちに言う主人の顔は、今日も今日とて変わらず美しかった。
そこに、新たな足音が近づいて来る。慌ただしい現場において、落ち着きを維持するゆったりとした足運びが感じられる。
「ケヴィン殿、言ったでしょう。覚悟しておいた方がいいと」
よく知る声と共に、青地のチャイナ服の男が部屋に現れる。ヤオであった。背後には、銃を手にしたユン・ジェも居る。
「……こんな早くに事が起こるとは、俺も思っていなかったが」
飛んで来るヤオの視線が痛い。リザはつい顔を逸らしてしまう。
「ミス・オニールと……そこのメイド。話はまた後で」
その後、組織の者たちによるシャークリンの死体処理が始まった。
その現場を、ベアトリーチェとリザは遠巻きに眺めていた。
「なんとかなったでしょ」
「根回しは済んでいたんですね」
「少し前にヤオと話して調査を進めてたの。確かな証拠が出てなかったのは事実よ。でも勝手に自白してくれたから、こうなっちゃった」
「では、シャークリン様の息子の件は」
「まだ身柄は押さえていないわ。計画が息子主導だなんて、思ってもみなかったんだもの」
つまり、この主人の頭の中で、既に検討はついていた。信頼に足る付き人を伴って尋問ができるようリザの帰りを待ち、実行に移したのだ。
「……よかったのですか」
「人は変わるわ」
顔色ひとつ変えず、主人は言い捨てた。
女としての立ち居振る舞いを学んだとまで言う人物を、こうも簡単に排除してしまう。その危うさを、年相応のみずみずしい感性と呼んでいいものか。
それは躊躇なく己の腕とも言える臣下を切り捨てる、覇王の才覚の表れではないのか。
きっと今後も同じようなことがある。予想ではない確信。ともすれば、自分も。
しかし、リザは呆れ返るでも恐怖を覚えるのでもなく、胸の高鳴りを覚えていた。夢中になっていた。突飛なお方なのはわかりきっていたが、ここに来てその認識はより大きなものへと塗り替わった。
──この方をお支えしたい。この方の行く末を、見届けたい。
リザは玉座に座る主人の姿を幻視する。その傍らに立つ自分も含めて。
「さて、喫緊の課題は残すところあと一つね。と言っても、わたしというよりあなたの課題だけど」
「課題?」
「あなたが忘れちゃだめじゃない」
黒幕は判明した。それに伴い、事件は自然と収束へ向かっていく筈だ。これより先は、訪れる変化に備えるフェーズかと思っていた。
「あなたの父を殺した男、アンクといったかしら?」
急速に、己の肝が冷えていくのを感じる。
彼女のそばに居ると、こうした気持ちの乱高下は珍しくなかった。きっとこれに関しては、いつまで経っても慣れることはないだろう。
「彼を殺して、雪辱を果たしなさい」
推しを──人生を変えてくれた恩人を殺せと、そう言われていた。
◇
数時間後、〈姚香店〉ビル応接室。
室内で茶とテーブルを囲むのはリザ、ヤオ、ユン・ジェの三人だった。
ユン・ディは最近良く働いた分、休暇を満喫中だという。助けてくれた感謝を改めて伝えておきたかったが。しばらくそれは適いそうにない。
わざわざここへ移動した理由は二つある。一つは、オニール邸の応接間で転生の話題を出すのがはばかられること。誰かに聞かれても大きな問題は生じないだろうが、組織の中枢に関わる者たちがスピってる集団と思われるのは避けておきたい。
もう一つは、アンクの存在である。彼について話すに際して、殺害の命を下したベアトリーチェに同席されるのは避けておきたかった。
そのベアトリーチェは、オニール邸の方でヤオと話し、それで色々と納得したらしい。今日はもうお疲れということで家に残ってもらい、リザだけが移動して来ている。
その実、お疲れなのはリザの方だった。退院して数時間もない内に主人との対峙にシャークリンとの対峙である。復帰直後の体に心労が蓄積していた。
「まずは退院おめでとう、小狗」
「ありがとうございます。病院でのことも……感謝してもし切れません」
「言ったろう、火の粉を払っただけだと。体は大丈夫か?」
「体より心が……」
両者ともに苦笑いだった。彼も彼で、ベアトリーチェとの間になにかあったのだろう。
「さっさと休んでもらいたいところだが、色々教えてやってくれとお嬢さんから言われたのでな。おしゃべりに付き合え」
リザとしても知っておきたいことは大いにある。その上、アンクの居場所を訊かねばならなかった。今すぐ眠りこけたい気分ではあるが、真剣に聞く態勢を取る。
「まずは病院襲撃だな。あの日俺が伝えにいったのは、バーンズ兄妹をとっ捕まえていた隣州の組織が壊滅したという情報を得たからだ」
「壊滅……だからバーンズが襲撃に来られたんですね」
「ああ。そちらのお嬢様にそれを伝えたところ、言い値を出すから手引きした者を特定しろと言われた。我々は情報屋であって情報機関ではないんだが」
「……すみません、無理を言って」
ヤオには頭が上がらない。中立の立場から離れることは、情報屋としての在り方が変質していくことに他ならないのだ。
「謝るな、やりたいからやっている。元々ミス・オニールの要請でマクガヴァンの息子について探っていたんだが……」
「初耳なんですけど」
「言ってないからな」
てっきりベアトリーチェの言い分では、シャークリンその人について探りを入れていたものと思っていた。だが、主人の叡智は既にしてその息子までも視野に入れていたのだ。
「私の主人、すごすぎ……♡」
「話を続けていいか?」
「はい、どうぞ」
「その急にシリアスな顔に変わるやつ、怖いからやめてくれ」
そう言われても、お嬢様の偉大さに身悶えするのはどうしたって止められない。ヤオの前では自分を取り繕う必要がないので、余計に狂いが生じてしまう。
「ともかく……諸々の線が、マクガヴァン母子に収束したわけだ。これはもう確定と見ていいだろうと思い伝えに来たんだが、出迎えは兄のケヴィン殿。その上銃声だ。なにがあった」
リザは意を決し、お嬢様との間に起きたあれやこれやを洗いざらい話した。
「……お前、転生のことをミス・オニールに話したのか?」
「すべてお見通しだったんです。話さなければどうなっていたか」
「そうか……もう少し独占していたかったが、やむなしか。まあ追い出されたら俺が拾ってやる、安心しろ」
「お嬢様の元を離れるくらいなら喉笛を掻き切って自殺します」
「命を粗末にするなバカ犬」
懐に手をやり、収まっているナイフを取り出す。リザの手にはわずかに余る作りの、大ぶりなコンバットナイフ。本当ならアンクの手に握られているはずの。
「ですが……死ぬにしても、お嬢様からいただいたナイフがいいですね」
「おいユン・ジェ、こいつは何を言っている?」
「あたしに訊かないでくれませんか」
ハワードが命を落としたあの戦場で交換されたナイフ。アンクは今もリザのナイフを持っているだろうか。再戦を望んでいた彼ならきっと持っている。確信があった。
「殺したくないか? 推しだから」
ヤオに痛いところを突かれ、リザの眉間に皺が寄る。こうなることはわかっていた。だからこそ、ベアトリーチェを同席させたくなかったのだ。
「それが、父親の仇でも?」
言われなくともわかっている。あの男は父を手にかけた。許されざることだった。
この胸の奥で、ちりちりと燻り続ける熾火がある。それがリザ・ストーンが抱く復讐心であることは、自分がよくわかっている。
だが同時に、彼を憎み切れずにいる心が、復讐心に待ったをかける自分が居る。そして、なにより優先すべき主人の命令に忌避感を覚えているのだ。
返事をできずにナイフを握りしめていると、意外にもユン・ジェが口を開いた。
「……もしヤオ様が弟を殺したら、あたしは少なくとも、殺したくないって気持ちを抱きながら脳天を撃ち抜くと思う」
「お前まで突然なにを言い出すんだ」
「その感覚はたぶん、恩から来てる。どれだけ感じ入るかはその人次第だろうけど、あんたの前世は人一倍あの野郎に恩を感じてるんだね」
「あの野郎?」
ユン・ジェの明瞭な英語による語りは納得できる反面、気になる表現が聞こえた。すると、フォローするようにヤオが口を出した。
「言い忘れていたな。ユン・ジェとアンクは同じスラムの出身だ。もちろんユン・ディも。その関係で俺は奴と知り合いなんだ」
「それを早く言ってくださいよ」
「言ってどうなる。状況はなにも変わらないだろう」
そう言って、ヤオは茶器を手に立ち上がる。リザが「私が」と立ち上がったが、俺が淹れた方がうまい! と一蹴されてしまった。
「ユン・ジェは、幼い頃のアンクをご存知なんですか?」
「アンクなんて奴のことは知らない。あたしが知ってるのは〈1〉って呼ばれてる戦い好きの狂犬だけ……でも、本当に聞く? これから殺す奴のこと」
幼少期のアンクについて問うことは、リザの中の好奇心を埋める向きが確かにあった。ユン・ジェの指摘は的を射ている。聞いても確実にいいことはない。
「教えて下さい」
主人の障害になるのなら、主人が命ずるのなら、誰であれ排除する。その覚悟を持つと決めたのだ。相手の背景を──ゲームでの幸せな未来を知っていたとしても。
「そう……とは言っても、あたしらとそう変わりはないよ。あたしたちは拾われた。あいつは拾われなかった。進む道に必要な知恵と技術を身に着けた。それだけ」
リザ、ユン姉弟、アンク。その三人は、捨てられた子供としてストリートを生き延びてきた過去を持つ点で共通している。ことリザとアンクに関しては、接点はなかったが。
「裏を返せば、あたしらはあいつだったかもしれない。あんたが一番よくわかってるね」
アンクがクレアに仕える未来。それは拾われ者のリザとユン姉弟が身を置く立場と同じだ。
そして、その未来はリザが奪ってしまった。
「あたしには弟が居る。でも、歳が近い〈1〉のこともそんな風に思ってた。そして……リザ、あんたのこともね」
寡黙だと思っていたユン・ジェだが、今日は意外にもよく喋った。いつもは仕事に徹しているだけで、本来は面倒見のいい姉御肌のようだ。
「弟と妹が殺し合うなんて、正直寝覚めが悪い。そんなデスマッチなら開かれない方がマシ。小丽もそう思わない?」
小丽とは、どうやら自分のことらしい。小を付けて呼ばれるということは、この人からも自分は可愛がられている。ここではいつもそんな扱いだ。
しかし、不満はない。リザは心から頷いた。ユン・ジェも微笑んでくれている。
「ご主人さまはアンクを殺せと言ったそうだけど……彼女はアンクの顔を知ってるの?」
リザは思わずあっと声を上げてしまう。
主人が居る場面に、アンクは出くわしていない。前日譚にはそのようなシチュエーションもあったが、リザがフラグを折ったためにそのシーンは回避されている。
「要は皆が知るところのアンクという存在をこの社会から殺して、あたしの知る〈1〉という男を生かせばいい」
視界がパッと開けるような感覚があった。ベアトリーチェとアンク。大切な二人の板挟みになって、リザの視界はあまりにも狭まっていた。
「私は、アンクと殺し合わなくてもいい……?」
「事はそう簡単じゃない。戦いは避けられないよ、たぶん痺れを切らした〈1〉はあんたを襲う。最悪ご主人様を拉致して、戦いを迫ってくる」
去り際にアンクが残した言葉──お預けだ。こちらから行かなければ、彼は来る。最悪の未来を引き連れて。
「一度戦って、あいつを納得させなきゃだめだ。逆に言えば、やりあって勝てば納得させられる。あの野郎は負かせば折れる」
その言葉は、紅のオメルタをよく知るリザの腑に落ちた。
アンクはクレアと時を重ねる内、ズカズカと心の内に踏み込んで来る彼女の有りように対して折れる。そこから、二人の濃密な時間が始まっていくのだ。
「へし折ってやりな」
「ありがとうございます、姐さん」
リザは勢い込んで立ち上がり、部屋を後にすべく歩き出す。
だが、茶を載せた盆を持ったヤオが立ち塞がった。
「飲んでから行け」
リザは茶器を手に取り、茶を一息に飲み下した。丁度いい温度の熱が喉を駆け下り、甘い香りが鼻から抜ける。今の心持ちも相まって、とても晴れやかな一杯だった。
「無事に帰ってこい、小狗」
「私の帰る場所はここではありません……が、また遊びに来ますよ」
二人と顔を合わせ、リザは応接室を後にした。
「あれ? リザさん!」
リザが〈姚香店〉のビルを出ると、そこに護衛を引き連れたクレア・ヴィスコンティが立っていた。
前の病院の時にも思ったが、妙にいいタイミングで現れる少女だった。だが翻ってみれば、彼女が我々〈登場人物〉を引き寄せているのかもしれない。主人公が持つ引力によって。
「クレア様、奇遇ですね」
「ほんとほんと! お買い物?」
「そんなところです。クレア様もですか?」
「うん。その……最近色々あったでしょ? ビーチェ落ち込んでるだろうから、なにかプレゼントしたら元気になってくれるかなって」
クレアは沈んだ面持ちでいるが、その行動に滲み出る優しさが眩しい。
彼女の善性は裏社会とは相性が悪い。だからこそ、この世界で彼女の存在が際立つのだろう。
「でも、リザさんとお店被っちゃったらアレかな……?」
「いえ、私の方は個人的な用事ですので。店主に訊けば良い品を教えてくれますから、ぜひプレゼントしてあげてください。きっと喜びます」
「わあ! リザさんのお墨付き! 気合入れて選ぶから、楽しみにしててね!」
「はい、それでは」
クレアは満面の笑顔だが、後ろに並び立つ護衛たちの視線が痛かった。当然だろう。主人の前で死のうとしていたメンヘラ女を警戒しないわけがない。
リザは彼女に背を向けて去ろうとしたが、
「リザさん!」
いつも元気なクレアだが、呼び止める声はどこか切実な色を帯びて聞こえた。
「大変だろうけど、がんばって」
飾らないまっすぐな言葉が胸にしんと染み入る。これもまた、悪くない。彼女に仕える者は幸せだろう。
「ありがとうございます」
今度こそ、リザはクレアの元を離れた。
──あなたとアンクの未来も、私が守ります。
〈To be continued〉




