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マフィアン令嬢の武闘派メイド~お嬢の闇堕ち防ぐため、不肖メイドは乙女ゲームを終わらせます~  作者: いかろす


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Ep17.石造りのトカゲ

「行け」


 ハワードが銃を構えて前に出る。


 バンダナ男は予備動作もなく走り出した。銃口を向けられていながらその足取りには一切の迷いがなく、凄まじい速度でハワードへと迫る。


 ハワードが連続して引き金を引いた。その瞬間に、バンダナ男は上下左右に曲芸じみた動きを披露し弾丸を回避してみせる。


 やがてハワードの精密な射撃が男を捉える──が、中折れ帽を剥がすことしかできない。男の黒い髪があらわになる。


 男は銃撃を回避した不安定な姿勢からひょいと跳び上がると、手にしたナイフをフリスビーよろしく投擲した。わずかに弧を描きながら飛来した刃がハワードの右腕に突き刺さる。


 その間も走り続けていたバンダナ男が、血を流すハワードへ遂に肉薄した。


 男はハワードの腕に刺さったナイフを掴み、引き裂きながら抜き取った。噴き出した血と共に、ハワードの手に握られていた拳銃が落下する。


 バンダナ男はそのままアーミーナイフを縦横無尽に暴れさせ、ハワードの体を容赦なく切り刻んだ。足元が血の海と化していく。


 リザはボスを連れて逃げる構えでいたが、眼の前で起きた惨劇に足は止まっていた。父は自分なんかよりずっと強い。それが防戦を強いられているのは、リザたちを守ることに意識を割いているからか。


「父上!」


 ハワードの視線がかすかにこちらに向かう。さっさと行け(ゴー・アヘッド)と視線が告げている。


 ボスを連れて逃げねば。しかしこのままではハワードが殺されてしまう。護衛として、ハワードを捨て置くべきことはわかっている。だが──


「リザ、加勢に行け」


 傍らのボスが、銃を構えながら言った。


「あいつ怪我してんだ。さっき事故った時……クソッ」


 やはり、父のパフォーマンスは落ちていた。そのような素振りがまったく見られなかったのは、行動で示すという使用人の志の表れか。


「ハワードが動ける内にアレ片付けなきゃ、どっちみちやられる」

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 リザはスーツの懐からナイフを取り出し、拳銃と共に構えて走り出す。ナイフはベアトリーチェから贈られた白い柄を持つ逸品。握っているだけで勇気が湧き上がる。


 刺客とハワードは今も肉薄しているため遠距離から銃で狙うことはできない。近接格闘で対処するほかない。


 這々の体で立っているハワードの手を取って押しのけ、リザはバンダナ男と対面する。


 長身から発せられる圧。愉しげですらある眼光。見るからに使い込まれたナイフは、一体どれほどの人間の血を吸ってきたのか。


 気圧されている場合ではない。殺す。


 リザは手にした武器で攻撃すると見せかけ、足元に転がる木箱を蹴り上げる。怯んだ男がわずかに後ずさるのを見て、リザは銃を構えた。


 接近戦においては銃よりもナイフ。しかし距離が開けばその原則は崩れる。


 だが、木箱はリザの顔面目掛けて飛んできた。


 男が空中で殴り飛ばしたのだ。リザはそれを顔面でモロに受けた。


 構わず引き金を引く──が、引けない。大きな手が銃を掴み、スライドの動作を封じていた。


 アーミーナイフの無骨な刃がリザの腕に迫る。


 リザはやむなく銃を手放して身を引いた。今まで自分の腕があった場所を刃が駆ける。銃に執着していたら腱を切られていただろう。


 ──銃を使わせるわけにはいかない。


 リザは一息に距離を詰め、攻めかかった。


 刃と刃が交錯し、火花と共に血飛沫が散る。互いに刃が腕をかすめるのみで、致命傷を負わせるには至らない。


 ──格闘戦の腕は互角。


 このままでは埒が明かない。状況を崩さねば勝ちも負けもない。


 だから、リザはその場で腰を落とした。


 背後のハワードとフレデリックが銃を構え、バンダナ男を狙っていた。


 二発の銃声が路地裏に重なり響く。


 地面に血が飛び散り、破れたバンダナが落ちる。


 弾丸は男の首と頬を抉ったが、致命傷には至っていない。男は今の刹那に銃口の向きを捉え、回避したのだ。


 愉しげなのは目だけではない。その口も、笑っていた。


「おい……俺はあんたとやりあいてえんだよ、メイドさん」


 握ったナイフも、背丈も、それどころか放つオーラさえ見覚えがあった。なのに気づかなかったのは、気づきたくなかった(・・・・・・・・・)のかもしれない。


 バンダナ男の正体は、アンクだった。


 わずかに一瞬、リザの立ち上がりが遅れる。


 そのわずかな時間で、アンクには十分だった。


 奪ったリザの銃を手早くボスの方に向け、引き金を引く。


「こうすれば本気出せるか?」


 いつかの水鉄砲のように身を挺することも適わず、頭上を駆けていく弾丸を見送る。


 背後で重たい音が立つ。リザはおそるおそる、振り向いた。


 ボスの体に、ハワードが覆いかぶさっていた。父のスーツの背に、じわじわと染みが広がっていく。


「メイドさん、やろうぜ」


 思考が一瞬にして漂白され、ただ標的を殺すための刃と化した。


 リザは快速の刃を幾重にも繰り出し、アンクを防戦一方へと追い込む。


 が、アンクはリザのナイフを躊躇なく左手で受け止めた。深々とナイフが左手に突き刺さり、簡単には抜けない。


 そして、アンクもまた、手にしたナイフを突き出して来た。


 呼応して、リザも彼のナイフを左手に刺して受け止めた。


 ──お嬢様、申し訳ありません。


 主人から賜ったナイフを手放す。そして、空いた右拳をアンクの顔面へ叩き込んだ。


 殴打ブロー殴打ブロー殴打ブロー。骨を砕いた感覚。アンクは白目を剥いている。


 リザは拳を大きく振りかぶる。このまま喉を潰して殺す。今やらなければ、きっとブレる。


 だが、振りかぶった一瞬を縫うように、アンクの頭突きがリザの顔面を捉えた。鼻の骨をやられたか。鼻血が滝のように流れ落ちる。


 互いに鼻から血を垂らしながら一度距離を取った二人は、どちらからでもなく左手に刺さったナイフを抜いた。相手の獲物とわかった上で、両者共にそれを使うことを選ぶ。


「いいナイフだな、メイドさん」


 答えない。心を許すな。忘れろ。殺せ。


 互いにじりじりと距離を詰める。この攻防で決着が着く。予感、それとも決意か。どちらでも良かった。この男を殺さねば状況を突破できないことに変わりはない。


 不意に、アンクの視線がリザの奥を向いた。


 リザも背後の気配を感じ取っている。二人は同時に身を引いた。


 瞬間、アンクが元居た場所を銃弾が駆け抜けた。


 血まみれのハワードが、左手で握った銃でアンクを狙っていた。


 アンクは分が悪いと見たか、背を向けて持ち前の足で逃走を開始した。


「っ……逃げるな!」

「お預けだ」


 リザはナイフ投擲の構えを取るが、既に射程距離にアンクは居なかった。


「リザ、これでいい」


 頭に血を上らせていたリザを、震えるハワードの声が冷ました。


「あのまま戦っていたら、誰がボスを助けるんですか」

「父上!」


 地面に横たわる父に駆け寄る。既に切創だらけだった彼は、更に銃弾まで撃ち込まれていた。路地のこの一帯は、ハワードが流した血で赤く染まっている。


「父上、申し訳ございません……」

「……いつから、そんなにしおらしくなったんですか。いいから、仕事を続けなさい」


 ハワードの視線を追う。リザはそこに、信じられない光景を見た。


 ボスの大きな腹部が血に染まっていた。それは決してハワードの返り血ではない。今も徐々に広がりつつあった。


「老いぼれの、薄い体では……守りきれなかった」


 ハワードは銃撃からボスを庇った。だが、銃弾はハワードの体を貫通し、ボスの体へ突き刺さっていたのだ。


「早く、ボスを連れて行きなさい。きっとまだ、間に合う……」


 年輪のごとく刻まれた老紳士の皺に、流れた血が溜まっている。


 だが、彼は笑っていた。


「使命を成し遂げてください、リザ・ストーン。我が娘よ」


 ファミリーネームを含め、この父が付けてくれた名前だった。


 リザ・ストーン。石造りの蜥蜴(ストーン・リザード)──魔除けの石怪物ガーゴイル


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「それでいい」


 リザは動けずにいるボスに肩を貸し、路地裏を離れる。ハワードの遺体にはなにもせず、振り返ることもなかった。振り返れば、足を止めてしまいそうだった。


 付近に止められていた車を盗み、病院への移動を開始する。


 道のりは決して短くない。何が起きるかわからない道中、警戒を怠るわけにいかなかった。


 リザは鼻血と涙を垂れ流しながら、精神を研ぎ澄ませて運転を務める。


 〈To be continued〉

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