Ep16.運命の交差点-②
「あァ、弾切れじゃねえか」
男の声がして、わずかに視界が開く。
子供かと見まごうほどの小男が、こちらにトミーガンの銃口を向けていた。
リザが使っていたものだろう。弾を切らしてなければ、蜂の巣にされていた。
「まァいいか」
男はトミーガンを捨てると、リザを放って視界から消えた。意識が戻ったのはバレていないらしい。
わずかに顔を動かし、周囲を見定める。銃撃の音が連続する中、煙を上げる車が見えた。位置取りからして、あれは自分が乗っていた車両だ。
小男が車に近づく。右手には、拳銃が握られている。
途端にリザの意識は覚醒した。背中を中心に無数の打撲傷があった。体中が軋むように痛み、動きが鈍い。普段の三割程度のパフォーマンスしか出せそうにない。
──だとしても。
小男がこちらに気づいた。拳銃の銃口が素早くこちらに向かう。
リザはその場で転がって銃撃を回避し、狼よろしく四つん這いの姿勢で起き上がる。
視線の先に、小男の向ける銃口の暗闇があった。
本能に任せ、わずかに顔を逸らす。
銃声。頬と肩口が抉られる。この程度なら問題はない。
弾丸のごとく飛び出したリザは男に組み付き、押し倒す。男は銃を取り落とした。
──このまま素手で絞め殺す。
「ッ、クソアマァ、殺しとくんだったぜェ!」
男はいつの間にかナイフを抜いていた。
腹部への刺突を狙ったその手を的確に受け止め、リザは顔面に頭突きを叩き込む。そして、緩んだ手からナイフを奪い取った。
方針変更。このまま首を刺して殺す。
だが、男は首への刺突を寸前で受け止めて見せた。
「ンギギギ……おいおい、オレまだ生きてるぜ! マイシスター! 早く来てくれェ!」
元より生きて帰る算段はしていないのか。付近では常に銃声が鳴り響いている。誰が誰と戦っているのか。少なくともこの男は自分が片付けねば。
男の醜悪な顔をまじまじと見てしまう。どことなく見覚えのある顔立ちに、ヤク漬け特有のキマッた目。
──バーンズ兄妹。
ヤオから写真を見せてもらっていた、オニール・ファミリーと因縁のあるギャング兄妹。麻薬を食らって麻薬を売りさばく、正真正銘の麻薬依存症たち。
リザの聞く限り、兄妹は既に捕らえられ、隣州の組織に身柄が預けられた筈だ。しかし目の前にある顔は、その兄のものであった。
なぜこの男がここに。隣州の組織がミスを犯したか。裏切ったか。自分たちの知り得ないところで何かが起きている。
バーンズ兄はシワだらけの笑みを浮かべると、ツバを飛ばしながら叫びを上げた。
「クソガキが出しゃばってんじゃねえ。てめえんとこのデブだけじゃねえぞ。ヒョロい息子も高慢ちきな娘も、ぜんぶぜ~~~んぶ皆殺しだ!」
「……は?」
驚くほどスムーズに、刃先が男の首へ潜り込んだ。
「え? 痛え」
「今なんと言った?」
刃が、徐々に首へ潜っていく。
「今」
根本まで収まる。
「なんと」
硬いものを切断する。
「言った」
ナイフを抜き取ると、噴水のごとく溢れた血潮が男とリザをしとどに濡らした。
「あっあっあっあっあっあっ」
男は痙攣しながら喘いでいたが、やがて喉からひゅーひゅーと息が漏れ出し、次第にかき消えていく。血の噴出が収まると、男はそのまま動かなくなった。
バーンズ兄の死を確認し、リザは立ち上がる。
──動ける。
鋼鉄を背負っているかのように鈍重だった体だが、頭に血が上った瞬間に活力がみなぎった。体は今も溢れ出しそうな痛みに襲われているが、それでもなお動けるという確信があった。
付近の銃声はいつの間にか止んでいた。周囲に人影は見当たらず、野次馬もない。ひとまず事故車両が動くかどうかの確認をする必要がある。いや、その前に搭乗者の安否を。
不意に、視界の端を小さな影が横切る。
手投げ弾。
それはリザたちが乗っていた車両へ向かい、放物線を描いていた。
リザは懐の拳銃へ手を伸ばす。手投げ弾は美しい軌道の元に落下を始める。
銃を抜き出して構えた。狙いを定める。定め切る前に手投げ弾は車の方へと落ちていく。
「伏せなさい!」
よく知った老獪な声が吠えた。リザは咄嗟にその場に伏せる。
瞬間、銃声と共に手投げ弾が空中で爆ぜた。
破片がそこら中へ飛び散り、車に穴が開く。リザはかすり傷程度で済んでいたが、乗っていた二人は──
「いつまで伏せているんです、我が娘よ」
頭上からかかった声は、いつ何時聴いたそれより頼もしく聴こえる。
顔を上げると、トミーガンを携えたハワードがそこに立っていた。
よく見れば、車の影にボス・フレデリックの姿もある。リザがバーンズ兄と交戦している間に車を脱出していたようだ。
「呆けている時間はありませんよ。怪物退治です」
ハワードに促され、彼の視線を追う。
そこに、ボロボロのスーツをまとった巨女が立っていた。
バーンズ兄妹、その妹である。伸び放題の海藻のような髪の下にある顔は、憤怒で歪みきっていた。
「ンギギギギギギ…………お兄ちゃ、お兄ちゃ、オォ兄ちゃああああああん!」
車両に突っ込んできた巨人。正体はこの女だった。
人間というより異形と称するのがしっくり来る威容だったが、ここはあくまでゲームの中のアメリカだ。〈紅のオメルタ〉でもこういう異常者系の敵キャラクターは登場する。バーンズ妹もいわばその同類だろう。
服はびりびりに破けた部分が多々あるものの、大きな怪我を負っている様子はない。あの時ぶつかった車はアクセルべた踏みだったというのに。
「リザ」
「了解」
リザは拳銃を、ハワードはトミーガンを構え、同時に引き金を引く。
ノロノロとした動きで迫りつつあったバーンズ妹は足を止め、その太すぎる腕で顔を覆った。
大きすぎるその的を、容赦のないフルオート射撃と精密な拳銃の連射が襲う。
だが、銃弾のほとんどが甲高い音を立てて弾かれていた。
リザは即座に狙いを胸部に変えるが、それもまた弾かれる。やがてバーンズのまとう衣服がびりびりに破け、その中身があらわになった。
彼女の衣服内には、鉄板が仕込まれていた。銃弾がマトモに効かないわけである。
「兄ちゃ! 兄ちゃ! 兄ちゃ! フンンンンンンンン!」
銃撃をものともせず、大量の鉄板を装備しながら巨人はこちらに迫りつつある。タックルでもされれば一溜りもないだろう。
その時、ハワードの銃口が下方を向いた。吐き出された銃弾の群れはバーンズの右膝へ吸い込まれるように撃ち出され、数発が女の膝を抉る。
「ンギッッッッ!」
バーンズが苦痛の呻きを漏らしてその場に膝をついた。
「そうか、関節!」
可動を必要とする関節部には鉄板を装備できない。甲冑と同じ原理である。
「まだ寝ぼけているようでは困りますよ」
言いながら、ハワードはくるりと反転してトミーガンを撃った。
リザがそちらに視線をやると、路地から出てきた男たちがもんどり打って倒れている。敵の新手であった。
「お見事」
「ジジイを褒めてる暇があったら働きなさい」
リザはバーンズの膝関節を狙って撃つ。可動域ギリギリまで鉄板を仕込んでいるようだが、完全ではない。膝に銃弾が突き刺さる。弾切れ。即座にリロードする。
状況は逼迫しつつあった。敵の新手がどれだけ居るのかわからない状況で、後方には鉄板を負った化け物が鎮座している。
「車は?」
「動くようならお前を置いて退避しています」
ハワードの言う通りであった。主人を守ることが最優先である付き人は、同じ付き人の命にかまけている暇などない。例え育てた娘であろうとも。
そこでハワードのトミーガンが弾切れを起こした。予期していたのか、ハワードの手は既に拳銃を手にして射撃を始めている。
フルオート連射がないのを悟ったバーンズが、ここぞとばかりに立ち上がった。リザの弾丸が膝関節を狙うが、動き出したバーンズはどれだけ撃っても止まりそうにない。
「父上!」
「名前で呼びなさい!」
反転したハワードの弾丸が的確に膝関節を抉った。だが、止まらない。ハワードの拳銃も弾切れだった。
その時、甲高い擦過音が響いた。
バーンズの背後に、猛スピードのTフォードが現れている。それは急カーブでもほぼスピードを緩めることなく走り続け──バーンズの巨体へ背後から突っ込んだ。
咄嗟にリザとハワードが左右に散る。二人が居た空間を切り裂いて巨体が吹っ飛び、鉄板と道路が衝突する重たい音を立てて地面に転がった。
車体前面を潰したTフォードの扉が開く。まず出てきたのは脚……ではなく、鳥を象った持ち手を有する杖であった。
相談役、シャークリン・マクガヴァンである。
彼女の車に同乗していた者たちも次々に降車し、護衛の人数は倍以上になった。
「リン! 無事だったか!」
まず声を上げたのは、車の陰に隠れていたボスであった。うきうきの足取りでこちらに近づいて来る。
「この状況を無事と言っていられる余裕があるのかい?」
シャークリンは特に負傷している様子もなく、また至って冷静であった。
彼女の言う通りである。巨女を吹っ飛ばしただけで、危険な状況には変わりない。
「ここはあたしたちでどうにかしておく。ハワード、リザ、このデブをどうにか守ってくれ」
「「了解」」
付き人たちのいらえが重なる。
「おいリン! お前……」
ボスの声にも、相談役は動じるどころか振り向きもしない。
シャークリンはその杖を持ち上げると、銃を構えるようにして杖の先端をバーンズ妹の顔面に向ける。
瞬間、轟音と共に光と血潮が弾ける。
トレードマークの鳥の杖は、仕込み銃であった。
「黙って行きな」
有無を言わせぬその迫力に、見ていた全員が息を呑んだ。
かくしてシャークリンと護衛二人。ボス、リザ、ハワードと護衛一人の二手に分かれ、互いに行動を開始した。フレデリックは名残惜しそうにシャークリンの背中を見つめている。
「あのババア、無茶しすぎだ……」
「それだけあなたを慕っているということでしょう」
ボスは納得いかない様子だったが、覚悟を固めたのか、前を向いて走り始めた。
車が使えなくなったのは痛手だった。車を盗むのも視野に入れつつ、四人は町中を駆け抜ける。周囲を警戒する四人の姿は悪目立ちをしていたが、野次馬になるような市民は一人として見当たらない。みな逃げたのだろう。
そのまま走り続けていると、ボスの息が切れ始めた。
「少し休みましょう」
ハワードが提案する。護衛対象がベアトリーチェであれば抱えていけるが、厚い脂肪を抱えたボスとあってはそうも行かない。
ビルの隙間を走る路地に入り、無造作に置かれた木箱にボスを座らせる。
護衛の男が「車取ってきます」とその場を離れた。それが盗ってくるの意であるのは誰もが承知している。手段を選んではいられなかった。
「なんでこんなことになってる?」
ボスが唐突に口を開いた。
「ただ襲われたってだけじゃねえ。おれが乗ってる車が、もうこの世に居ねえと思ってたバーンズ兄妹にピンポイントで襲われたと来てる」
それが内包する真実は、もはや誰が声に出さずとも全員が理解していた。
──裏切り者。
オニールの中に、敵が居る。
今日墓参りがあることを把握し、車列のどの車両にボスが乗っているかを把握し、それを敵に知らしめた者が居るのだ。
少なくともここに集う人間はシロだと思いたかった。たとえ裏切り者が居たとして、銃弾飛び交う現場までボスを守りには来ないだろう。
となれば、ここに居ないオニールの人間を自然と疑うこととなる。今も働いている幹部や、オニール邸で待つ人間──使用人たちや兵士たち。そしてケヴィン、ベアトリーチェ。
『……お父様』
不意に想起される、寝言を呟く主人の姿。
あれが真実でなければなんだというのか。自分の預かり知らぬところで主人が裏で糸を引いていた、そんなことがあってたまるか。ありえない。
轟いた銃声が、全員の思考を止めた。
路地の先、車を盗りに行った男が立っていた。手にした銃からは硝煙が立ち上っていたが、やがてその体が力を失い崩れ落ちる。
そして彼のそばに、中折れ帽とバンダナで顔を隠した長身の男が現れる。
その手は、血に染まるアーミーナイフを弄んでいた。
一目でわかる。
凄腕。
〈To be continued〉




