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マフィアン令嬢の武闘派メイド~お嬢の闇堕ち防ぐため、不肖メイドは乙女ゲームを終わらせます~  作者: いかろす


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Ep12.前日譚の終わり-③

 ──浮かれていた。油断していた。


 時系列を鑑みれば、まだ前日譚は終わっていない。ヤオと協力関係を築けた安心に加え、水鉄砲の試験も相まって気が緩んでいたのだ。


 店内の客に視線を巡らすが、アンクの姿は見当たらない。現れた客はすべてチェックしているため、彼が来店していないのも確認済みだ。


 シナリオが、そして未来が既に変わりつつある兆候か。アンクの気まぐれが刺客を撃退する可能性も、その後の運命シナリオを拓く可能性も皆無に等しい。


 ──私がやるしかない。


 リザは勢い込んで立ち上がった。クレアがびくりと肩を震わせる。


「……お嬢様、申し訳ありません。一服してきてもよろしいでしょうか」


 クソみたいな言い訳しか思いつかなかったが、この際なんでもよかった。期待も失望も、命なくしては始まらない。


「いつからわたしのリザは愛煙家になったのかしら」


 軽口を述べつつ、ベアトリーチェはポーカースマイルを浮かべている。


「しっかり吸って、最高のパフォーマンスを発揮してちょうだい」

「心得ております」


 リザは周囲を固めている護衛の人間たちにアイコンタクトを送り、店を後にする。そして、入口に陣取ってタバコを吸っているヴィスコンティの護衛に近づいた。


「哨戒に出ます。何かあればお嬢様をよろしくお願いします」

「その何かってのは、必ず起きるのか?」

「わかりません」

「オーケー。そういうもんだな(ザッツ・ライフ)


 たちまち男の雰囲気が変わり、殺気が滲み出る。彼もまた優秀さをひけらかさず、実力を覆い隠すこともできる凄腕プロだった。

 ゲームに出てくるかも怪しいモブキャラだが、ヴィスコンティの人間は義に篤く仕事熱心である。信頼していいだろう。


「頼みます」

任せな(ガット・イット)


 手を振る護衛の男を尻目に、リザは店先を離れる。

 周囲を伺うが、怪しい者の姿は見当たらない。特典小説の細かい記述など流石に記憶から抜けているので、内容から方向を推測するのは不可能だ。


 そこで、リザは付近の路地で待ち伏せることにした。気配を消して待つこと二分。すると、〈インクローチョ〉へと近づく厚着の男が現れる。右手には大きなアタッシュケース。


 男は店の前に護衛が配されているのを見て取ると、そのまま道を逸れた。リザはすぐに動き始め、男の後を追う。


 男は路地を抜け、通りに出ていった。足音を殺して背後へ迫る。


 男が出た通りに踏み出す──その時、気配を察知する。その場でバックステップ。


 次の瞬間、建物の陰から現れたアタッシュケ―スが元いた場所を駆け抜け、ビルの壁に衝突する。壁にヒビが入った。受け止めたら怪我では済まなかっただろう。


 男の動きは緩慢だった。壁にヒビが入るほどの威力。すなわちケースは相当に重いのだろう。ぶん回すのにも一苦労に違いない。


 リザは即座にナイフを抜き、振るう。主人より賜りし、白い柄と黒い刃を持つ特注の逸品である。


 夜気を切り裂いた刃は、ケースを握る男の手を紙のように割いた。凄絶な切れ味。呻き声と共に噴き出す鮮血が地面を濡らし、次いでアタッシュケースが重たい音を立てて地面に転がる。


 男は血まみれの手を懐に入れて武器を抜こうとするが、それより速いリザの拳が男の顔面を捉えた。鼻血を噴いてフラついた男の首にヘビのごとく腕を絡みつかせて絞め上げる。


「数と配置は」

「軍人みてえな女だな」


 有無をいわさず更に絞める。リザの力量で力を加えれば、首を折ることも容易い。


 だが、殺すわけにはいかない。こいつには情報を吐いてもらわねばならないのだ。


「へへっ、今頃てめえのご主人様は蜂の巣だぜ」

「は?」


 リザの絞める力が瞬時に強まる。うめき声が漏れ、喉の奥からきゅうと音がする。


「おい、死んじまうぞ」


 知った声に指摘され、はたと気づく。絞め上げていた男は微動だにせず、白目を剥いていた。


 すぐに首の拘束を解くと、そのまま人形のごとく力を失い倒れる。呼吸はしていた。だがあと数秒続けていれば危なかっただろう。


 かけられた声の方に目を向けると、闇に溶けるような黒髪の男が立っている。


「……アンク」


 つい名前を口に出してしまったものの、アンクは訝しげに首を傾げた。


 この時点での彼は名無しである。クレアによってアンクという名前が授けられるのは、ゲーム開始以後だ。


「見てたぜ。拘束するまでの動き、見事だった」


 ここにアンクが居る。すなわち、〈THE DAWN〉におけるイベントが今日だというリザの見立ては合っていたことになる。


 おそらくだが、タイミングが違った。


 敵は襲撃ではなく、下見のために動いていた。

 そこにアンクが来て、食事をする。

 彼が帰る頃に襲撃計画が動き出し、アンクが刺客を撃破する。

 そして、ドンとアンクが出会う。


 それが前日譚シナリオの時系列だったのだ。


 ──んなこと、わかるか!


 それを考慮できるなら動きはしなかった……とは言い切れない。常にお嬢様の身の安全を鑑み、行動する。その指針はなんであれ揺らぐことはない。


「尋問してたよな」


 アンクの鋭い視線が、心の隙を的確に射る。


「なんで殺しに切り替えた?」

「……何を勝手に解釈しているのか知りませんが、私は仕事をこなしているだけです」


 主人に危害が及ぶとなると自分を制御できなくなる──などと言うわけにはいかない。


 ゆくゆくは彼とも良好な関係を築いていきたい。が、彼にナメられてもいけない。


 アンクから見て、リザもまた〈只者ではない〉のだ。ゲーム由来の印象をズラしてイレギュラーを増やすのは避けておきたかった。


「ふうん……。今日はお嬢さんの子守り(ケア)か?」

護衛エスコートです」

「なにが違うのかね」


 アンクは背を向け、そのまま去ろうとする。


「待ってください」


 反射的に、リザは彼を呼び止めていた。


 ここで前日譚イベントを起こさないのは、今後に大きな支障を及ぼすのではないか。


 というか──クレアとアンクの関係に惹かれたリザ=風子としては、推しカプの未来に暗雲が差すのは、非常にマズいことではないか?


 リザは苦慮の末、訝しげに振り向いたアンクにこう告げた。


「奢るので、一緒に食事でもどうですか」


 顔が真っ赤になっていたらどうしよう。そんなリザの懸念は杞憂に過ぎないのだが、問題なのは吐いた台詞の方だった。


 完全無計画の爆弾発言である。自分が奢るとなれば同席は必定。つまり、お嬢様たちの食事の席にこの男が並び座ることとなる。


 ヤオとの関係は麻雀仲間というカスみたいな言い訳で押し通したが、今回ばかりはどう頑張っても言い訳が立たない。メイドとしての品位を疑われ、ハワードからクビ宣告をされても文句は言えまい。


 果たして──アンクはといえば、たまらず吹き出し、そのまま声を押さえながら笑い始めた。


「あんた、男をメシに誘うのは初めてか?」

「だとしたらなんですか?」


 遊びに縁のないリザも、恋愛にあまり興味がなかった風子も男を誘うのは初めてだったが、それはこの際どうでもいいだろう。


「おっもしれー……あんたがあんたじゃなけりゃ乗ったかもな」


 拒絶されている。甘受されるとも思っていなかったが。


「あんたの施しを受ける気はねえ」


 言いながら、アンクはその大きな手に生えたしなやかな指でリザを指した。


「あんたは俺と同じニオイがする──が、なんか違えんだ。決定的ディサイシブな何かっつーの? 俺はそれがどうしても気になってる」


 似たようなことを、ゲームでも言っていた。それは同じ付き人としての身分をふまえてのことだと思っていたが、違うのだろうか。


「……私と同じ職に就けば、わかるかもしれません」

「あんたの指図を受ける気もねえ」

「なっ……」


「あんたは、俺が殺す」


 〈To be continued〉

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