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マフィアン令嬢の武闘派メイド~お嬢の闇堕ち防ぐため、不肖メイドは乙女ゲームを終わらせます~  作者: いかろす


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10/13

Ep10.前日譚の終わり-①

 シャークリンは杖の一撃が不発に終わったのを悟ると同時、奥のベアトリーチェを狙うべく水鉄砲を構えた。


 ──させない!


 引き金が引かれるその刹那、リザは射線上に自分の顔面を置いて口を大きく開ける。


 撃ち出された水はリザの口腔内に放り込まれ、すべてゴクリと飲み込まれた。


「……シャークリン様、おはようございます」

「ああ、おはようさん。ベアトリーチェも」


 しかし、ベアトリーチェはすぐに返事ができずにいた。水鉄砲を顔で受けるどころか飲み込むというリザの奇行に爆笑している。


「くくっ……ご、ごめんなさい。わたしのメイド、面白すぎるわ」


 流石のシャークリンもこの奇行には面くらったようだが、大きく動じている様子はない。空気を整えるように咳払いを一つ。


「リザ、相変わらず見事だね。でも、口で受けるのは頂けない」

「銃を掴みに行くなどして、シャークリン様に怪我を追わせるわけにはいきませんので」


 杖を武器に使ったシャークリンだが、この杖も普段は悪い足を支えるために使われている。


 シャークリンはいわゆる〈付き人〉とは違う。ボスと対等に近い立場で組織を回すブレーンであり、時に引き止めるブレーキである。


 この家で育ったリザは、彼女から多くを学んできた。母とは言わないまでも、大事な家族である。ベアトリーチェを支えていく大人が減るという意味でも、その未来は避けておきたい。


 彼女はボスを守るために足を撃たれ、一生モノの傷を負った。その信念は尊敬に値する。ゲームに登場しないのが勿体ないくらいである。


 ともすれば──ゲーム通りのシナリオにおける抗争で、彼女も落命していたのかもしれない。


「なるほど、この脚を気遣ってか。申し訳ないことをしたね」


 シャークリンは穏やかに笑うと、水鉄砲を懐に仕舞い込んだ。


「次があったら殺すつもりで来な。じゃ、朝食で」


 言い残すと、淀みない足取りでシャークリンはこの場を後にした。


 果たして、彼女に杖は必要なのだろうか。それを疑問に思いながら、リザは朝の食卓まで同行することを決意した。


「リンおばさま、今日もかっこいいわ」


 去るシャークリンの背を見送る主人の瞳には、普段見せない輝きが見て取れる。


 出生と同時に母を亡くした彼女にとって、シャークリンは最も身近に居た女性である。その毅然とした振る舞いはもとより、傘を手にするスタイルもシャークリンの杖を模倣しているのやもしれない。


「彼女の息子に生まれた人間が居るなんて、羨ましくてならないわ」


 あなたも随分な家に生まれておいででは、とツッコミたくなるが、飲み込んだ。


「リザも老けるならああいう風になりなさい」

「……善処します」



 ◇



「天にまします我らの父よ──」


 上座に座している寝間着姿のボス・フレデリックが食前の挨拶を唱え、テーブルを囲む家族、幹部たちがそれに合わせて祈りを捧げている。机上は豪勢な朝食の皿で埋め尽くされていた。


 リザは食事を取るわけではないが、ベアトリーチェの後ろに立っている。配膳を手伝った際のお盆を脇に挟み、祈りの手を組んでいた。


 しかしその目はわずかに開いており、食卓の様子を伺っている。今は信仰よりも主人の安全が最優先である。


 お誕生日席に座るボスの両隣に相談役シャークリンと長男ケヴィンが。そして、ケヴィンの隣にベアトリーチェが座り、それ以外は幹部たちが席を埋めていた。


 もちろんリザも知っている顔だが、それらはゲームに登場しない人物たちであった。ゲームにおいても、物語を円滑に進めるためか「ヴィスコンティ幹部A」「オニール幹部A」のようなモブキャラが多数登場している。彼らもその中に含まれているのだろう。


「私たちの日ごとの糧を今日もお与え下さい──」


 フレデリックの祈りの言葉は長い。おそらく略したりすることなく、フル尺で唱えているのだろう。風子が生きていた日本のヤクザもそうだが、犯罪組織の人間は意外と信仰を大事にしている。


「アーメン」


 やがて祈りが終わり、皆が食事に手を出そうとする──その時、刺客は動いた。


 ベアトリーチェの隣に座っていたケヴィンが、もったりとした動作で懐から水鉄砲を抜いてこめかみへ銃口を向ける。


「い、妹よ、覚悟!」


 へにょりとした声に、テーブルを囲む全員の視線が兄妹へ向けて投げられる。


 そして、引き金が引かれ──


「失礼します」


 冷えた声と共に、兄妹の間は配膳用のお盆で仕切られた。


 撃ち出された水はリザのお盆で防がれ、流れ落ちた先のケヴィンのスーツに染み込んでいく。


「あっ、ああ……僕のスーツが」

「申し訳ありません。殺す気で来いとシャークリン様には言われていますので、これでも手加減した方です」

「こ、殺? シャークリン、そんなこと言ったの?」

「殺される覚悟がなくちゃ刺客は務まらないよ。それとケヴィン、撃つ前になにか言うのはやめた方がいいね」

「こんな時までご指導どうも……」


 すると、フレデリックがスープを啜りながらぼやき始めた。


「おれはやだなあ、娘に銃口向けるの。しかも飯時に」

「ちょっとパパ、それじゃ僕たちがワルモノみたいじゃないかあ」

「文句はここに居ないハワードに言えよ。あ、おれは撃たないから安心しろよ~ビーチェ」

「お父様、わたしはいつでも安心よ。だってリザが居るもの」


 ズボンをびしょびしょにしたケヴィンがため息を吐く。それを見て、皆めいめいに笑いながら食事を取り始めた。


 やや不穏な話題も出ているが、至って普通の団らんである。


 それはきっと、後にベアトリーチェが失うことになるであろうものだった。


 家族が居る。ただそれだけのことが、主人を笑顔にしてくれている。そう思うと、リザもまた幸せな気持ちになろうというもの。この朝食に同席できたのは僥倖だった。


「リザが笑ってるぞ」


 そう指摘したのは、フレデリックだった。ボスの声だったというのもあり、席を囲む全員がリザに視線を向けている。


 しかし、一斉に視線を受けた驚きでリザの表情は戻ってしまった。自分は元アイドルマネージャーに過ぎず、視線に曝されて笑う訓練はしていない。


「リザは笑うとかわいいのよ。わたしとお父様……それとハワードくらいしか知らないけれど」


 撫で回すような視線がベアトリーチェから飛んで来た。リザは顔面がとろけるほどにやけそうになるのを、唇を噛んで我慢する。


 この団らんを、何としても守らなければならない。


 そしてあわよくば、この方々が作る世界に──ベアトリーチェ様がおわす世界に、しがみついていたい。


 噛み締めすぎて裂けた唇から流れる血の味と共に、一層の決意を固めた。




 今日のベアトリーチェのスケジュールは何週間も前から決まっていた。リザの試験があるからといって、その予定がズレ込んだりはしない。


 出かける準備を済ませた主人と共に、リザは玄関を出ようとしていた。


 しかし、その足が不意に止まる。


「……お手洗いに行ってくるわ」


 こういう所を見ると、ゲームの中の人たちも人間なのだと思い知らされる。


「お供いたします」

「排泄まで見守らなくて結構よ」

「ですが」

「いざという時には覚悟を決めるけど、まだその時ではないわ。外で待ってなさい」


 ベアトリーチェは身を翻すと「今撃ってきたら末代まで殺すわよ!」と言いながらトイレに向かった。


 きっとお嬢様なら排泄する姿もお美しいだろう、と思いつつリザは玄関を後にする。


 屋敷の外は広々とした庭園になっていた。小さな菜園や噴水まであり、それを頑丈な塀が取り囲んでいる。物々しい男たちが歩哨に立っているのも含め、いわゆる富豪の邸宅というイメージにピッタリ合った場所だった。


 今でこそ肌寒いが、もう少し暖かくなれば外で食事を取るのもいいだろう。実際、この庭一帯を使ったパーティを催すこともあるのだ。


 家族が揃い、それを来賓の方々が取り囲む。お嬢様の誕生パーティだろうか。願わくば、そこにボスも健在のまま居てくれる未来であればと思うが。


「クソッ! なんだよ……」


 リザの未来への想像を、不意の怒号が遮った。怒号といっても、声量はいささか心もとないものだったが。


 声の方向に目をやると、細身の青年──ケヴィンがタバコを片手に突っ立っていた。


「ケヴィン様、どうかされましたか?」


 リザが声をかけると、ケヴィンは肩をビクリと震わせながらこちらを仰いだ。


「ああ、なんだリザか……」


 安堵するようなケヴィンの足元には、折れたマッチとマッチ箱が落ちていた。火を点けそこねてタバコに点火ができなかったようだ。


 こんなこともあろうかと……というわけではないが、リザは今日からマッチを持ち歩いていた。ボスの護衛をやるための心構えだと主人から渡されていた物だ。


「ケヴィン様、よろしければ」


 マッチを取り出して即座に点火し、タバコに火をつける。この時代にもライターはあるようだが、まだまだ普及はしていない。


「ああ、ありがとう……君も吸うかい?」


 喫煙者で溢れかえっているこの時代だが、元来リザは喫煙者ではない。


 だが──米山風子は、喫煙者だった。嗜好品としての側面もそうだが、喫煙室でのコミュニケーションも仕事上必要だったのだ。


「……いただきます」

「え? 冗談のつもりだったんだけど」

「そうでしたか」

「いやいや、吸いたいならいいよ」


 ケヴィンはおっかなびっくりこちらを見やりつつ、タバコの先端同士をくっつけて火を移す。そして、新しい方のタバコをリザに寄越した。


「ありがとうございます」


 曖昧に微笑みながら、ケヴィンはタバコを吸い始めた。


 リザも口をつける。思っていたより重い煙草だった。人相とタバコは意外と一致しないものかと考えつつ、肺を熱い煙で満たしていく。


 体に悪いとわかっているが、これをやっている時間特有の落ち着きというものがある。しばし無言のまま、二人は並んで紫煙を燻らせた。


 このような時間が発生するとは思わず、リザはどう彼に話しかけるべきか考えあぐねていた。


 ゲームにおけるケヴィンのことが、風子はあまり好きではなかった。


 裏社会をしたたかに生きる男たちの魅力に、どうしても欠けている。後半にかけて成長するシナリオであったが、感動こそすれお気に入りとまでは行かなかったのだ。


 しかし、このような性格になるのも致し方ないと、同じ世界に生きているからこそ思う。


 彼は幼少の折、敵対する組織の人間に拉致された過去を持つ。


 裏社会に生きる者特有の仕打ち。それは年齢に依らず家族ファミリーの人間を襲う。そんな彼が大人になった後行き着くのもまた、闇深い裏の社会である。


 崖から滑落した獅子の子が成長できれば良かったが、ケヴィンはそうなれなかった。人間としてはマトモだが、ビビリな性格が板についてしまったのだ。


 そんな彼の成長が示されるのが──妹に操り人形のごとく扱われるのを拒み、ヴィスコンティ・ファミリーへ亡命するという選択を取る時である。


 彼の亡命により、オニール・ファミリーの勢力は二分とは言わないまでも分裂を余儀なくされる。それは悪役令嬢ベアトリーチェ・オニールの死に繋がる、一つの大きなファクターであった。


 つまるところ、この男は後の主人の敵でもある。


 そう考えた瞬間、リザは指でつまんでいたタバコを腕力のままにすり潰してしまった。


「ヒッ!」

「あ、申し訳ありません……」


 こんなんでもお嬢様の大事な家族である。無下に扱うわけにはいかない。


 それに、主人の敵という意味では〈紅のオメルタ〉の攻略対象たちを含む多くの登場人物が該当する。各キャラクターのルートに入れば話の内容もガラリと変わるが、それでもオニールの壊滅は共通項目なのだから。


「なんていうか……リザ、少し変わったかい?」


 不意を突かれた格好になり、リザはわずかに動揺を覚える。


 変わったどころの話ではない。マフィアの付き人とオタクの社会人がミックスされているが、そんなことは言えるわけもなく。


「いえ、特に変わった覚えはありませんが」

「そっか。久しぶりに話したからかな……」


 実際、オニールの家におけるリザの日々はベアトリーチェに仕えること、己を磨くことのみに注がれていた。家のことを無碍にしているわけではないものの、主人以外の存在へ積極的にアプローチをかけることはないに等しかった。


 だが風子の人格が混じったことで、確かに変わったのだ。


 目を合わせようともしてくれないケヴィンに、リザはズバリと言い放った。


「ケヴィン様、あなたは何をそこまで恐れてらっしゃるのですか?」

「……君にはわからないよ」

「そうですか。私はあくまでベアトリーチェ様にお仕えする身。ですが、オニールの番犬であることも確かです。いざという時はお守りします」


 オニールの番犬。ヤオの言葉を借りるのはしゃくだが、口にしてみれば的確な表現であると関心させられる。


「それに、あなたの周りには優秀な方がたくさんいらっしゃる。それを自分を卑下する材料ではなく、自分を支えてくれる人々だとお思いください。自信がないのなら、まだまだ成長の余地があるのだとお思いください」


 言葉を紡ぎながら、前世を思い出す。伸び悩む担当アイドルにかける言葉を必死で紡いだ夜のこと。いざ口に出して、爆笑されながらも喜んでもらえたこと。


「呆れられていると思うこともあるかもしれませんが、あなたに期待している人間が居ることも忘れないでくださいね」


 誰かを支えてあげたいという風子の想いは、圧倒的な可憐さを有するアイドルや、美貌と知能とに優れた傑物の令嬢に注がれてきた。


 だが、たとえ輝かしいアイドルでなくとも、愛しき主人でなくとも、誰かの支えになりたいという気持ちは変わらない。


 あわよくば──彼が自信に溢れた人に成長し、ベアトリーチェが地獄に突き進む未来を変える役に立てば、という目算はあるが。


 その時、ケヴィンがくわえていたタバコがぽろりと地面に落ちた。


「……君みたいな人も居るんだな」

「申し訳ありません、出過ぎたことを」

「いや、いいよ。なんだろ、もっと早く君と喋ってみたかったな」

「光栄です」


 これで自信を持ってもらえればいいが、人間そう簡単に変われるものではないだろう。繰り返しアプローチをかける他あるまい。


「ケヴィン様、これを」


 リザはマッチを箱ごとケヴィンに渡した。


「いいの?」

「私は吸いませんので」

「だって今……」

「またご一緒する時がありましたら、その時に」


 正直タバコはもっと吸いたかったが、主人にタバコ臭いと思われるのは嫌だった。この時代の人々はタバコに慣用だが、現代の知識を持つ者としては吸わない方がいいに決まっている。それでも吸ってしまうのだが。


「では、また」


 そろそろベアトリーチェも戻って来るだろう。ケヴィンに一礼し、リザは彼の元を後にした。


「くう……いやいや、僕にはクレアという心に決めた人が」


 なにやらケヴィンがブツブツ言っているのはリザにも聞こえていたが、内容までは聞き取れない。今度タバコを共にする時、なにを呟いていたのか訊いてみてもいいだろうか。




 ベアトリーチェと共に車で揺られ、都市部へと移動する。


 その間、見回り役や運転手から水鉄砲を向けられ、リザは身を挺したり銃を奪ったりしてすべての襲撃から主人を守り抜いた。


 そんなこんなで、車は大きな噴水のある広場に到着した。


 降車したところで、リザは行き交う往来の幾人かとアイコンタクトを取り合う。今日はここに私服の護衛が何人も配置されている。


 その上、周囲には特有の〈気配〉を漂わせた人間が多数置かれていた。


 おそらく、相手方もオニールが出した護衛の気配に気づいていることだろう。誰もが知らぬ間に、この待ち合わせスポットは厳戒態勢と化していた。


 それも当然である。なぜならこれより広場で相まみえるのは──


「ビーチェ~! リザさ~ん!」


 快活な声が広場に響き渡り、パタパタと忙しないパンプスの足音が近づいて来る。


 赤すぎるほどの赤毛はざっくりとしたショートヘアに。装いは袖も丈も短いワンピース・ドレスで、スカートを揺らしながら走り来る。その後ろを、護衛らしきスーツの男たちが慌てて追いかけていた。


 おてんばを絵に描いたような少女である。その装いはこの頃、フラッパーと呼ばれる新しい時代の女性のシンボル的な服装であった。


 過度な露出を良しとせず、きらびやかに佇む英国趣味のベアトリーチェとは対極である。


 彼女の名は、クレア・ヴィスコンティ。


 押しも押されぬ、〈紅のオメルタ〉の主人公──この世界の中心人物である。


 〈To be contiuned〉

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