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マフィアン令嬢の武闘派メイド~お嬢の闇堕ち防ぐため、不肖メイドは乙女ゲームを終わらせます~  作者: いかろす


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Ep1.オタク女で武闘派メイド

「あんた、クビよ」


 眼前の少女が、突き放すように告げる。

 それが自分への宣告だと気づくのに、たっぷり十秒を要した。


 気がつくと腰を抜かしていて、少女に見下ろされている。スーツを身に着けた妙齢の女が子供の前にへたり込む様は、無様としか言いようがない。


「聞こえなかった? あんたは、わたしの、マネージャーを、クビになるの」


 少女は細かく区切って言い含めるように繰り返したが、スーツの女は魂が抜けたような呆けっぷりでその場に崩れ落ちている。

 かと思えば、女は少女の足元へ飛びつかんばかりにすがりついた。


「ど……ど、どうしてっ? どうしてですかあっ!」


 女の取り乱しようは醜態と言うほかなかった。一回りは背丈が小さく、十も年下の少女に半狂乱で泣きついているのだ。


 だが、女は女でなりふり構っていられない事情があった。


 ──理不尽だ。


 人生が、命題とも言うべきものが、今の仕事に懸かっていた。


 ずっと、ずっとずっと、頑張ってきたのだ。


 こんな風に、簡単に終わっていい筈がない。


「まだです! まだやれます!」

「やめて! 社会人のくせに往生際悪すぎよ!」

「必死にっ、必死にお支えしてきたのにっ。私の人生だったのにっ」

「勝手に人生懸けんな!」


 少女が足を振り回し、女の手から逃れようとする。ようやくすっぽ抜けたところで、そのつま先が女の泣き顔をしたたかに打った。


「…………どうして、なんですか」


 蹴られる痛みなど造作もない。サンドバッグになるのは慣れっこだった。今はこんな痛みより、もっと大事なことがある。


「あなたのために、ずっと尽くしてきたのに」


 懇願する女の脳裏を、よぎる言葉がある。

 大好きな乙女ゲームの、大好きなキャラクターの台詞だった。


『俺はただ仕事をしてただけだ。それが、いつからか人生になっていた』


 彼は用心棒をしているキャラだった。主人にお仕えするのが仕事──言うなれば、今の自分と同じである。


『お前が俺に人生をくれた。だから……お前を、守らせてくれ』


 素敵な主人にお仕えすれば、空っぽな私でも人生を手に入れられるかもしれない。

 アイドルのマネージャーは天職だと思った。身を粉にして、輝ける主人にお仕えしてきた。


 なのに。それなのに。


「もう後任は決まってる。これ以上近づいたら、通報するから」


 どこからか現れた男たちが、少女を守るように取り囲んだ。

 女は地を這ってでも追いすがろうと試みたが、取り押さえられてしまう。


 少女がなにかを告げて去っていったが、泣きわめく女には最早聞こえていたかどうかすら定かではない。


 一緒にアイドルの天下を獲ろうって言ったのに。

 あんたみたいに尽くしてくれる人が一番合ってるわって言ってたのに。

 自傷をやめられないあなたのために、この身を捧げたのに。


 体を這う傷跡が疼く。刻まれたそれがどれだけ歪んでいても、私たちの絆になるんだと思っていたのに。だから耐えて来られたのに。


「どうして、なんですか……!」


 その問いの答えは、貰えずじまいだった。



 ◇



 ──あんた、(ユー・アー・)クビよ(ファイアード)


 脳裏をよぎった音声が、唐突に映画の吹き替えのように感じられる。

 日本語。英語。当たり前だが、意味は同じだった。


 その妙な感覚は、言葉の意味を噛みしめるにつれ心を刺すトゲに変わっていく。どうして。どうしてなんですか。視界は真っ暗だった。だが、次第に光が差し始め──




 キンキンに冷えた酒を頭に直接ブチ込まれたような感覚が、脳を一息に覚醒させた。


 目はシャッキリと覚めていたが、頭がクラクラしていて働かない。


「く、クビだけは、どうか……」


 朦朧とする意識の中出てきた言葉はかすれていて、自分でも意味が掴めない。


 どうにか上体を起こしてみるものの、頭が重く、やたらに熱かった。ひどく汗をかいていたらしく、寝具はびしょ濡れで気持ちが悪い。


 この重たい脳味噌を取り出して洗えたらどんなに楽だろう。生まれてこの方初めての感覚だった。生まれは二十七年前。日本(アメリカ)で……いや、アメリカ(にほん)で……。記憶が混乱している?


 視界はクリアだった。いつも通りの、飾り気のない自室の光景が広がっている。

 ダンベルなどの筋トレ用品が転がっており、それ以外に目立つ物は置かれていない。壁には大好きな乙女ゲーム(・・・・・・・・・)のポスターが──ない。


「……乙女、ゲーム?」


 聞き慣れているような、まるで知らないような。


 乙女ゲームという単語が、概念が、頭の中で膨れ上がる。壁にポスターを貼るという浮ついた趣味はない筈なのに、ない筈のポスターがこの頭を悩ませている。


 ふと、手が硬い感触に触れる。


 それは革鞘に納められた、白い柄と黒い刃を有するコンバットナイフだった。大ぶりに見えるが、握ってみると手に吸い付くように馴染む。

 当然のこと。これは命の次に大切な仕事道具である。この刃で既に幾度もファミリーの殺しをこなして来ている。そう、当然の筈なのに。


「……殺し。私が?」


 抱くはずのない疑問を抱いている。


 処理しきれない大量の情報が頭の中を駆け巡っていた。脳の奥底から湧き上がってくる情報の間欠泉。割れるように痛み始める頭を抱えてもがき苦しむ。


 ──私の中に、私ではない私が居る。


 いや、そもそも私とは誰だ? どっちが私だ? どっちってなんだ?



「死んじゃ駄目よ」



 徐々に薄れていく意識の中、視界に黒い影がチラついた。


「あなたはわたしと一緒に死ぬんだから」


 それは漆黒のドレスをまとっているために黒く見えたが、よく見れば白皙の美貌を有する金髪の少女であった。あまりに美しい姿ゆえに、天使が迎えにやって来たのかと錯覚する。


「……お嬢様」


 反射的に、そう返していた。

 それが、私を私にした。


 そう、私は──リザ・ストーン。令嬢の付き人をしている。

 そして、私は──米山風子。アイドルのマネージャーをしていた。


 米山風子は既に死亡している。彼女は、リザ・ストーンの前世であった。

 それが腑に落ちた瞬間、リザは途轍もない吐き気に襲われながら飛び起きた。


「ベアトリーチェ様……」

「無理しないで。……そのナイフ」


 ベアトリーチェの瞳が、手にしたナイフに向かう。


「大事にしてくれてるのね……嬉しい」


 そう、このナイフは彼女からの贈り物だ。

 主人からの贈り物などいつぶりだろう。思わずナイフを胸に抱いたところで、自分がもう米山風子ではないことを思い出す。


 それでも、大切に想う気持ちは止められない。

 前世の自分は、無念の中で命を落とした。お仕えする主人に裏切られるという最悪の経験の果てに。


 リザは徐々に鼓動が早まり、息が詰まっていくのを感じていた。主人への敬愛の情が高まってきたからだろうか。


「……リザ、顔が青いわ」

「お嬢様、私は大丈夫です」

「どこが大丈夫なの。すぐに医者を」

「お手を煩わせるようなことは……ウッ」


 次の瞬間、リザは盛大にゲロをぶちまけた。


 混濁する記憶と吐瀉物に溺れるリザは、ベアトリーチェの悲鳴を聞きながら意識を失った。



 ◇



 やがて目を覚ますと、知らない天井に出迎えられる。


「目が覚めたのね」


 その声を耳にした瞬間、弛緩した体に稲妻が走る。

 動ける。頭も体も軽い。


「お嬢様!」


 リザは飛び出さんばかりの勢いで体を起こした。


「……きゅう」


 が、くらりとして、そのままベッドに倒れ込む。


「無理しないの」


 ひんやりとした感覚が手を包む。

 我が主人たる令嬢その人が、手を握ってくれていた。


 子供と見まごう背丈だが、瀟洒なドレスに釣り合う気品と完璧な笑顔が備わっている。大人と子供の中間の、美しさと可憐さを併せ持つ姿は、どこか危うげな眩しさで以て視界を照らしていた。


「……ベアトリーチェ様」

「まだ寝てなさい。ひどい熱だったのよ」


 ベアトリーチェ・オニール。


 この街の多くのビジネスを我が物としているマフィア、〈オニール・ファミリー〉。その一家の娘にして、リザが人生を添い遂げることを約束された雇い主であった。


 世が世なら貴族とも言える地位に立つオニールの家で、ドレスを好んで普段着としている彼女は、言うなればマフィア一家のご令嬢である。


「お水、飲むでしょ?」


 主人がピッチャーから水を注ぐために後ろを向いた。金の髪がなびき、スカートが翻る。


 その瞬間、リザの脳裏を奇妙な光景がよぎった。


 ふわりとスカートをなびかせて立つ主人。しかしその周囲は硝煙が立ち込め、辺り一帯は血の海と化している。その上、主人の手には余る大きさのドでかいライフル銃が握られていた。



『わたしを殺したければ、軍隊でも連れて来ることね』



 そして、辺り一帯へ銃弾の雨を降らせる。

 映画を観ているような感覚に襲われたリザは、呆けたまま心の中で呟いた。


 ──このヤバい記憶、なに?


 熱がぶり返して幻覚でも見ているのかと思ったが、目に見える景色では主人がピッチャーからグラスへ水を注いでくれている。やはりこれは記憶だ。


「どうかしたの?」


 ベアトリーチェが水の入ったグラスを手渡してくれる。リザはそれを一息で飲み干した。


「お嬢様の水は最高です」

「ただの水よ」


 主人はどこか愉しげだが、このお方の手を煩わせるなどあってはならない。落ち着き始めた頭で、ようやくリザは己の無能を悔やむ。


「……お嬢様、申し訳ございません」

「落ち込むくらいなら寝てなさい。まったく、あなたでも病気することあるのね」


 くすくすと笑う姿はまるで小動物のよう。それでいて、ふとした仕草には気品が表れる。彼女のありようは、正に令嬢と言うのが相応しい。


 ああ、ベアトリーチェ様。なにより愛しき、私の主人。

 そして、この世界における悪役令嬢。


 悪役、令嬢?


「リザ、どうかしたの?」


 主人の顔を見つめたまま、リザは硬直していた。

 思考に走ったノイズ。いや、違う。間違いなく自分の思考であった。リザ・ストーンと米山風子は、二人合わさって一つの『私』となったのだ。

 そして、風子の記憶には、違和感の正体がくっきりと刻まれている。


 乙女ゲーム〈紅のオメルタ〉。


 風子が生前溺愛していた、マフィアに題を取った乙女ゲーム。


 ベアトリーチェは主人公の親友として登場し、最終的には全ルートにおいて主人公方のファミリーと敵対する──いわば、悪役令嬢として立ちはだかる。


 やんごとなき家柄の高飛車な恋敵といったいわゆる悪役令嬢とは違うが、そこは欲望と裏切り渦巻くマフィアの世界である。それに合わせた人物造形が成されていた。


 そしてただの例外もなく、ベアトリーチェはすべてのルートにおいて死亡する。街をマフィア抗争の嵐へと巻き込んだ大罪人、悪逆の女王として。


 返事をしないリザを、ベアトリーチェは怪訝そうに見つめていた。


「……その、見惚れておりました。お嬢様の美しさに」


 反射的に言ったが、事実でしかなかった。


「ふふっ。意外と元気そうで安心ね。お腹は空いてる?」

「しばらく何も食べた記憶がないので、空いてはいますが……」

「そうよね。待ってなさい」


 そう言って、笑顔の主人は病室を後にした。

 どこか浮ついていた心が、ゆっくりと着地していく。


 今までのやり取りを、これまでの風子の記憶を反芻する。ただの付き人を病床まで訪ねてくるお嬢様。街を騒乱に叩き込む悪逆の女王。


 果たして、リザの知るお嬢様と、風子の知る悪役令嬢は、本当に同一人物なのか?


 簡単に答えの出ない疑問もさることながら、頭を悩ませる問題はもう一つあった。

 付き人は主人に添い遂げるもの。主人が死ぬとき、付き人もまた共に死ぬ。そういうものだと、リザは育ての親から教わって来ていた。


 リザ・ストーンもまた、〈紅のオメルタ〉の登場人物である。ルート分岐によって描写の違いはあるが、往々にして主人と共に命を落とす姿が描かれている。


 このまま日々が続いていけば、この街はマフィア抗争の中心となる。

 つまるところ──順調に行けば、リザの未来は主人との心中で近い内に終わりを迎える。


 せっかく新たな人生を手に入れたというのに。リザは頭を抱える。どうにかする手段はないのか。

 未だ朦朧とする頭で悩んでいる内に、パン粥を載せた盆を抱えたベアトリーチェが戻ってきた。


「どうかしたの? 悩みでもある?」

「いえ……え? お嬢様、それは」

「食事。持ってきてあげたの」


 リザの血の気が一瞬にして引いていく。使用人の食事を主人が用意するなどあり得ない。


「お、お嬢様、これ以上は……」


 慌ててベッドを抜け出し立ち上がるが、世界が揺れるような感覚と共にリザはその場にすっ転んだ。まだ本調子ではないのだ。


「お馬鹿さん。まだ寝てなさい」

「申し訳ございません……」


 言われた通り、リザはベッドに戻った。


「では、お言葉に甘えさせていただきます」

「ええ。主人の命令はちゃんと聞かないとね」


 鈴が鳴るような可憐な声音と、すらりと伸びた麗しい金の髪。触れるのもおこがましく思わせる程の艶めいた肌。リザの愛しきご主人様。


 改めてまじまじと見たとき、その姿は風子がかつて仕えたアイドルにどことなく似ているように思えた。


『あんた、クビよ』


 想起される、自分を拒絶した言葉。


 デビューの時から見守り、献身的に尽くしてきた少女。売れるに連れて返事は素っ気なくなり、態度は尊大になっていった。そのあげく、マネージャーである自分を捨てた。

 似ている。そう認識した瞬間、リザは体の強張りを覚えた。前世のトラウマがこの身を縛ろうとしている。


 だが、目の前に居るのは別人だ。心身を深呼吸で引き締める。


 ベアトリーチェは優美な足取りでベッドに歩み寄ると、リザの額にそっと手を当てた。


「うん、もう熱はないわね」


 ひんやりとした、あたためてあげたくなるような冷たい手。


「あなたが倒れたって聞いた時、どこの輩が……って思ったのだけど、病なんてね。死んだら敵討ちできないんだから、健康には気をつけなさい」


 その心のあたたかさが、リザの心を包む。


 誰かにお仕えするということは、己が身を捧げて他者を祀り上げるものだと思っていた。

 主従が愛し合うような憧れの関係はフィクションであり、現実とは違うのだと受け入れていた。


 確かにここはフィクションかもしれない。

 だが、伝わるものはすべて、本物すぎる程に本物だった。

 こみ上げて来る涙を、留めることはできなかった。


「え……リザ、泣いているの?」

「いえ……なんでもありません」


 メイドに過ぎない自分を気にかけ、声をかけてくれる。手を触れてくれる。働けば、その分笑顔で礼を返してくださる心根の美しさがある。


 ──このお方に、心の底からお仕えしたい。


 混沌とする記憶の中、リザは決意の涙を流していた。


 今日から、新しい人生が始まる。


「わたしが居ない方が落ち着くかしら?」

「いえ……叶うなら、いつまでもおそばに」


 この方と共になら、心中してもいい。

 だが、そんな未来はまっぴらごめんだった。

 この方をお守りする。共に生きて行ける未来を目指す。


 そして彼女が本当に悪役令嬢になるというのなら──そんな未来は、ぶっ壊す。


 覚悟を固めたリザは、軋む体を立ち上がらせて、主人の前にひざまずいた。


 〈To be continued〉





お読みいただきありがとうございます!


乙女ゲーム×マフィアが題材ということで悪い男も良い男も結構出てくる予定ですが、メイドとお嬢の女女、つまるところ百合を中心にやっていきます!


以降、切りの良いところまで毎日更新予定。

応援のほど、よろしくお願いいたします…!

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