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心と人生  作者:
第一章
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第一章 / 第3話

放課後、

窓に当たる雨粒の音が強くなっていった。


授業が終わる頃には、

空はすっかり暗くなっていて、

校舎の窓ガラスにぼやけた水の模様が広がっていた。


帰り支度をしながら、

私はカバンの奥から折りたたみ傘を取り出した。

朝の天気予報が当たったのは、

正直嬉しくなかった。


昇降口に向かう廊下は、

いつもより湿った空気が流れている。


靴箱の前でローファーに履き替え、

傘を広げようとしたときだった。


「お」


聞き慣れた声がすぐ近くでした。


顔を上げると、

昇降口の外、

駐輪場へ続く通路のところで、

彼がヘルメットを片手に立っていた。


「帰る?」


当たり前みたいな問いかけ。

雨なんて気にしていないような顔。


「……うん」


傘を開くと、

彼が少し近づいてきた。


「乗せたるで」


その一言に、

胸がざわっと波打つ。


雨で濡れた地面に、

彼のスニーカーの跡が滲んでいる。


「いい。歩いて帰る」


ほとんど反射だった。

言い終わってから、

自分で自分の言葉に少し驚く。


「またそれ」


彼は少し笑った。

肩をすくめて、

わざとらしくため息をつく。


「雨やで?」


「傘あるし」


「びしょびしょなるやん」


「大丈夫」


声が少し強くなってしまう。

本当は、

送ってもらえたら嬉しいくせに。


彼はそこで何かを言いかけて、

やめた。


その代わりに、

小さく「そっか」と呟いて、

駐輪場のほうへ歩いていった。


私は傘をさし、

校門へ向かって歩き出す。


雨は思ったより強かった。

傘に当たる雨音が、

全部の音をかき消していく。


校門を出て、

いつもの道を歩く。


水たまりを避けながら歩いていると、

後ろのほうで低いエンジン音が聞こえた。


まさか、と思って

振り返る。


やっぱり彼だった。


スピードを落として、

少し離れたところを並走している。


「送らんって言うたやろ」


心の中で文句を言いながら、

視線だけもとに戻した。


彼は、

特に話しかけてくるわけでもなく、

ただ一定の距離を保って走っている。


歩道と車道。

傘とヘルメット。

歩く速度と、

エンジンのゆっくりした回転。


離れているのに、

近い。


そう感じてしまう自分がいた。


しばらくして、

彼の声が雨音を割って届く。


「滑るから気ぃつけろよ」


それだけ。


私は何も返さない。

返したら、

何かが崩れてしまいそうだった。


信号で止まったとき、

彼も一緒に止まる。


赤信号。

雨に濡れたアスファルトが光る。


「ほんま、頑固やな」


横目でこちらを見ながら、

彼が笑う。


「そっちもやろ」


思わず返してしまう。

傘の下で、顔を見られないのをいいことに。


彼は少し驚いたように目を瞬かせて、

それから吹き出した。


「お互いやな」


青になって、

また進み出す。


私の家の近くまで来ると、

彼はバイクのスピードを落とし、

少し前で止まった。


「ここでええやろ?」


「うん」


傘を畳んで、

軽く頭を下げる。


「……ありがと」


そう言うと、

彼は片手を挙げた。


「送ってへんけどな」


そう言い残して、

バイクを走らせていった。


私はその背中を見送ってから、

家の門を開ける。


玄関に入った瞬間、

体から力が抜けた。


送ってもらったわけじゃない。

一緒に帰ったわけでもない。


ただ、

雨の中を歩く私の横で、

少し離れた場所を走っていただけ。


それなのに、

胸の奥に残る温度は、

思っていた以上にあたたかかった。


あの距離が、

いちばん好きだったのかもしれない。


そんなことを思った。


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