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心と人生  作者:
第二章
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第二章 / 第1話

文化祭の朝。

学校の空気は浮ついていた。

昇降口には画用紙とスプレーの匂いが残っているし、

教室から聞こえてくる音楽も、普段より少し大きい。


なのに、私の足取りはどこか重かった。


教室に入ると、みんながばたばた走り回っていた。

机を寄せてカウンターを作ったり、

POP を貼ったり、

輪ゴムが飛んでいったりするたびに笑い声が上がる。


「来た? はい、これ」


友達がエプロンを差し出してくれたので、

私は笑ってそれを受け取って身に着けた。


声を出して、笑って、作業して。

そのどれもがちゃんとできているのに、

心はどこか少し遠い。


「おはよー」


背中から軽い声が落ちた。


振り向いたら、

彼が教室の入り口に立っていた。


私に言ったわけじゃないのに、

勝手に胸が跳ねた。


「エプロン似合ってるやん」


近づいてそう言われて、

思わず鼻で笑う。


「そう? 台所の妖精?」


「いや、昼ドラのダメ嫁」


「はあ? なんそれ」


思わず声が上ずる。

彼は楽しそうに笑って、

手伝いに巻き込まれていった。


その景色が、

ほんまはずっと続けばいいって思った。


午前中はめちゃくちゃ忙しかった。

呼び込みも慌ただしくて、

声を張りながら商品を渡すだけで精一杯。


「ソフト二つお願い!」


「はーい!」


文化祭なんて、

疲れるばかりの行事やと思ってたのに、

この瞬間だけは楽しかった。


「なあ、お前ほんま顔死んでんな」


横で声がした。

彼が氷を補充しながら、

ニヤッと笑う。


「うるさい。働け」


「働いとるわ。誰のおかげで列できてると思ってんねん」


そう言って、

宣伝がてら廊下のやつらを捕まえてくる。


「ここ美味いでー!とりあえず買え!」


「やめろ恥ずかしい!」


そんな掛け合いが心地よかった。

ほんの数時間だけは。


――その時までは。


休憩の時間。

私は廊下に出て、屋台を見て回った。


その時だった。


少し先の飾り付けの前に、

元カノの姿が見えた。

彼女は数人の友達と一緒にいて、

笑いながら誰かを呼んでいる。


「はるまー!」


その声に、

彼が振り向いた。


彼女も気づいて、

一瞬だけ視線を交わした。


彼が私の方を見て、

「ちょっと抜けてくるわ」と言った。


「うん。いってらっしゃい」


そう答えた声が、

思ってたより軽い響きだった。



昼過ぎ。

体育館で発表を見たあと、

模擬店の片付けに戻ろうとした時。


廊下の途中で声をかけられた。


「ねえ」


振り返ると、元カノが立っていた。

文化祭のリボンをゆるく腕に巻きつけ、

飲みかけのペットボトルを持っている。


「大変そうやったね。うちのクラス来た?」


「まだ行ってへんけど」


「うち、盛り上がったから来たらよかったのに」


そう言いながら、

彼女は柔らかく笑った。


次の瞬間、

その笑顔のままで、

声だけが少し落ちる。


「はるまのこと……深入りせんほうがいいよ」


空気が止まった。


何を言われたのか理解するまで、

ほんの少し間があった。


「どういう意味?」


無意識に返した声が、

自分でもびっくりするほど低かった。


元カノは、

まるで当たり前のことを告げるみたいに言った。


「わかるでしょ? 」


喉の奥が痛んだ。


「別に、嫌いとかじゃないよ。

ただ……はるまに近づく子、何人か見たけど、

しんどい思いしてたからさ私ふくめて、、」


笑っているのに、

優しいみたいなのに、

その言葉は刺さる。


「ほんま、やめといたほうがいいよ。

あんたが傷つくから」


その一言が、

文化祭のざわめきより

ずっと大きく響いた。


返事ができないまま、

私はその場を離れた。


階段を下りながら、

自分でも何を感じてるのかわからなかった。


怒り?

悲しみ?

悔しさ?

それとも――図星?


どれも少しずつ当たってる気がした。



打ち上げみたいな賑やかさの中、

私は輪の外側の窓際に立っていた。


彼が誰かに肩を組まれて

写真を撮っている。


その笑顔が、

嫌いになれなかった。


どうして――

その人じゃなく、

私を見てくれへんの。


そんなこと、

口が裂けても言えないけど。


ポケットの中のスマホが震えた。

画面を見ると、

元カノのアイコンに通知がついていた。


迷ったけど、

結局開いてしまった。


最後の一枚。

校舎の壁の前で、

彼が笑っている。


『やっぱ一番落ち着くのはこの人☺︎』


その文字が、

画面の下に浮かんでいた。


息が詰まって、

スマホを伏せた。


窓の外の空は、

夕焼けの色を失って、

ただの暗い灰色に変わっていた。


――やめといたほうがいいよ。


あの言葉が頭の奥にずっと残っていた。


でもやめられるわけがない。

好きになってしまったものは、

捨てられない。


それでも、

未来がしんどいかもしれへんって

初めてはっきり思った日だった。


それでも私は、

明日また彼に笑ってしまうんだろう。


何も知らない振りをして。

傷ついてることを隠して。

元カノの言葉を胸にしまったまま。

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