第2章:新たな日常
朝日がカーテンの隙間から差し込むと、里美は軽やかなステップで山田さんの部屋に入った。まずはタイマーをセットして、小さなスピーカーからクラシックを流す。音楽がやさしく耳をくすぐりつつ目覚めを促す中、里美は静かにブラインドを上げ、柔らかな朝の光を山田さんの顔に届けた。
「おはようございます、よく眠れましたか?」
山田さんは半眼でこちらを見てから、ゆっくりと身体を起こそうとする。里美はベッドの脇に控え、無理のないように背中に手を当ててサポートを始めた。そっと体を引き起こされる感覚に、山田さんはかすかに眉をひそめたが、やがて安心したように肩の力を抜いた。
車椅子へ移乗する際には、クッションの位置や足の支持具を何度も微調整しながら、山田さんの居心地を最優先に考える。湿度計を確認しながら室温を調整し、朝食の準備が整うと香り高い味噌汁の湯気が立ちのぼった。テーブルには山田さんの好きな卵焼きや野菜の煮物が並び、彼の表情に小さな安堵と期待の色が浮かぶ。
朝食中は会話の糸口を探す時間だ。里美が「最近、散歩に行かれましたか?」と尋ねると、山田さんは昔住んでいた山間の村での風景をゆったりと語り始めた。聞き手に回る里美の目は真剣そのもので、彼の一言一言を大切に受け止める。こうした小さなやり取りが、日常に彩りを与え、二人の信頼を少しずつ深めていった。