産声を上げる傑作達
約束の一週間後。 俺たちは再び、路地裏の武器屋の前に立っていた。
「……やっとだ」
フィンが待ちきれない様子で、扉の前で足踏みをしている。
俺も自然と拳に力が入る。
この一週間、代用品で戦うたびに募っていた「本物」への渇望。
それが今日、ようやく満たされる。
「入るぞ」
団長が短く声をかけ、重い扉を押し開けた。
店に入ると、独特の鉄と油の匂いが鼻孔をくすぐる。
だが、今日はいつもの打撃音は聞こえない。
静まり返った店内のカウンター奥で、ガンツが腕を組んで仁王立ちしていた。
「……随分と早えお出ましだな、開店時間ぴったりじゃねぇか」
声は低く、少し掠れている。
よく見れば目の下には濃いクマができ、髭も伸び放題だ。
充血した目は、彼がこの一週間、不眠不休で炉に向かっていたことを物語っていた。
「顔色が悪いぞ、ガンツ」
団長が気遣わしげに声をかけるが、ガンツはニカッと歯を見せて笑った。
「へっ、気にするな。職人にとっての徹夜は勲章みたいなもんだ。……それより」
彼はカウンターに手を置き、ぎらりと目を光らせた。
「待たせたな、とびっきりの傑作たちが、産声を上げたぜ」
ガンツが顎で奥の作業台をしゃくる。
そこには、三つの布に包まれた物体が鎮座していた。
「さあ、まずはフィン。お前からだ」
ガンツが手招きをする。
フィンが「1番乗りー!」と元気よく飛び出し、カウンターへ駆け寄った。
「お前の注文は、『剣として使いながら魔法の出力も邪魔しない武器』……だったな」
ガンツが一番小さな包みに手をかけ、バッと布を取り払った。
「こいつだ。持って行け」
そこに現れたのは、これまでの剣とは全く違う形状の武器だった。
緩やかな反りを描く、片刃の剣
そして何より目を引くのは、それと同じくらい頑丈に作られ、複雑な紋様が刻まれた漆黒の『鞘』だ。
「えっ……これ、剣? 形が変だよ?」
「ああ。東の国に伝わる『カタナ』という武器の形状を参考にした。だが、キモはこの剣そのものじゃねぇ、その『鞘』だ」
「鞘?」
「そいつは『魔導加速機構』を内蔵した鞘だ。中に『反発魔石』が仕込んであってな、鞘に魔力を込めると、中の刀身を磁力のように反発させて加速させる」
ガンツはニヤリと笑い、刀の柄を指差した。
「そして刀身には、お前の得意な属性魔法をチャージできる。……鞘で加速の魔力を溜め、刀身に攻撃魔法を溜める。その状態でロックを外して引き抜けば、どうなると思う?」
フィンの目が大きく見開かれた。
理屈は単純だ。だが、それはつまり――。
「……火薬が弾丸を弾き出すみたいに、とんでもない速度で剣が飛び出す……しかも、魔法を纏って」
「ご名答。いわゆる『居合』の速度に乗せて、魔法を『飛ばす』ことができる」
ガンツが手刀で空を切るジェスチャーをした。
「抜刀した瞬間、神速の物理斬撃と一緒に、圧縮された魔法が飛んでいくんだ。炎なら炎の刃が、風なら真空の刃がな。……相手からすりゃ、間合いの外からいきなり首を飛ばされるようなもんだ」
「す、すごい……!!」
フィンが震える手で、その刀を手に取る。
カチャ。
鞘に納まった感触だけで、精密な機械のような精度の高さが伝わってくる。
「試しに軽く抜いてみな。魔力は込めるなよ? カイごと店が真っ二つになる」
「わ、分かってるよ!」
フィンは腰を落とし、柄に手を添えた。
スッ、と息を吸い込む。
フィンが刀を振るが音がしない。
空気を鋭く、そして素早く切り裂く。
魔力なしでこの速度だ。
もし実戦でフルパワーで抜けば、まさに『雷』のような一撃になるだろう。
「……最高だ。これなら、僕は誰よりも速くなれるし、遠くの敵も逃さない」
フィンがうっとりと刀身を見つめる。
その刃には、彼の魔力に呼応するように、微かな紫電が走っていた。
だが、その様子を見ていた団長が、少し不安げに口を開いた。
「おいフィン、物は凄そうだが……お前、そんな特殊な武器を扱えるのか?」
「え?」
「『抜刀術』と言ったか? 今までのお前のスタイルとは根本から違うぞ。実戦で急に使いこなせるほど甘くはないはずだ」
団長の指摘はもっともだ。
今までのフィンは、素早い連撃と、魔法を織り交ぜたトリッキーな戦い方だった。
だがこの刀は、鞘に納めてからの一撃、つまり「溜め」と「タイミング」が命だ。
戦いのリズムがまるで変わってしまう。
「それに、リスクもある」
ガンツが低い声で脅すように付け加えた。
「その『加速機構』は、いわば鞘の中で魔法を暴発させてるようなもんだ。抜くタイミングが一瞬でも遅れれば、加速したエネルギーの行き場がなくなって、鞘ごと手元で爆発するぞ」
「……!」
俺は思わず息を呑んだ。
つまり、失敗すれば自分の腕が吹き飛ぶ。
強力な威力と引き換えの、危険すぎる諸刃の剣だ。
「どうする? ビビったなら、安全装置をきつく調整してやるが」
ガンツが試すような目でフィンを見る。
「なるほど、このスピードならあれも出来るな。いやでもここはこうかな?ふふっ」
しかし、フィンは、そんな話など聞いていなかった。
完全に自分の世界に入り込み、虚空を見つめながらブツブツと呟いている。
その目は、すでにこの武器を使った未来の戦場を見ているようだった。
「おい、フィン? 聞いているのか?」
団長が呆気にとられて声をかけると、フィンはようやくこちらを向いた。
その顔には、恐怖など微塵もなかった。
「ああ、でもここはこうだね。うん、おじさんこの刀、いいね! どんどんアイディアが溢れてくるよ!」
爆発のリスクなど、彼の頭の中には1ミリも存在していないようだった。
ただ純粋に、新しいオモチャを与えられた子供のように、その無限の可能性に心を踊らせている。
「ハハッ! いいなぁ坊主、初めての武器に対して『恐怖』より先に『アイディア』が溢れてくるか!」
ガンツが愉快そうに膝を叩いて笑った。
「うんうん、この武器、使いこなせるような気がするよ。あとは魔力を込める練習だね」
「ああ、お前ならやれるだろうよ。……とんでもねえ天才だ」
ガンツは満足げに鼻を鳴らした。
俺と団長は顔を見合わせ、苦笑するしかなかった。
やはりこいつの感性は、俺たち常人とはどこか違う作りになっているらしい。
「気に入ったようで何よりだ。……次は、カイ」
ガンツが俺の方を向いた。
フィンが自分の世界に入り込んでブツブツ言っている横で、俺は一歩前に出る。
「お前の注文は、とびっきりの『鈍器』……もとい、お前の無茶な戦い方に耐えられる剛剣だったな」
ガンツは二つ目の包みに手をかけた。
それは、他の武器よりも一際大きく、作業台を沈ませていた。
「こいつは、俺が持てる技術の全てを『質量』と『硬度』に振った一振りだ」
布が取り払われる。
そこに現れたのは、漆黒の大剣だった。
光を吸い込むような美しい黒鋼の刃となっている。
「持ってみな」
俺は手を伸ばし、その柄を握った。
「……っ」
ずしり、とした重み。 やはり重い。
俺の筋力では、これを片手で振り回すのは正直しんどい。
両手で構えてやっと、というレベルだ。
「重いだろう? 普通なら実戦じゃ使い物にならねぇ」
ガンツがニヤリと笑う。
「だが、刀身の中心にある紫のラインを見てみろ。素材であるグラビテントを、魔術刻印で制御してある」
「制御?」
「ああ。お前はただの人間だ。バケモノじみた筋力があるわけじゃねえ。だから、常に重かったらスタミナ切れで死ぬ」
図星だ。
俺の腕力は、鍛えた人間レベルの域を出ない。
巨大な魔物と力比べをすれば負ける。
「だから仕掛けを作った。魔力をコントロールしてこいつの質量を自由自在に変えれるぜ。だからインパクトの瞬間にだけ質量を馬鹿みたいに増やせば攻撃力爆上がりって訳よ」
俺は目を見開いた。
つまり、初速は軽い剣のように速く、インパクトの瞬間だけ激重のハンマーに変わるということか。
「試してみろ」
俺は頷き、剣を大きく振りかぶった。
それと同時に質量を抑えるイメージをする。その瞬間に剣の質量がフッと消える。
これなら、普通のロングソードと同じ感覚で振れる。
だが、振り下ろす動作に入った瞬間に質量を膨れあがらせる。
ゴオオオオオオオ!!
風を切る音ではない。
空気が「圧し潰される」ような轟音が響いた。
剣先が地面寸前でピタリと止まる。
その瞬間、風圧だけで床の砂利が円状に吹き飛んだ。
「……!!」
俺の手には、確かな手応えが残っていた。
インパクトの瞬間、剣は岩のように重くなった。
だが、振り切って止めようと軽くしようと思った瞬間、再びフッと重さが抜け、体勢を崩さずに次の一撃へ移行できる状態に戻ったのだ。
「すげぇ……これなら、俺の腕力でもこの質量を振り回せる」
「だろ? 人間の腕力に、ドラゴンの質量を乗せる。……そいつを直撃させれば、どんな硬い鱗だろうが紙切れみてぇに粉砕できるぞ」
ガンツは腕を組み、満足げに鼻を鳴らした。
「斬るんじゃねぇ。『砕く』んだ。……まさに、お前のための『一撃必殺』だ」
俺はゆっくりと黒剣を構え直した。
これならいける。
俺自身の力が足りなくても、この剣が「重さ」を貸してくれる。
この圧倒的な破壊力があれば、今まで傷一つつかなかった相手でも押し潰せるはずだ。
「最高です。……これ以上の相棒はいません」
「大事に使えよ。そいつの修理ができるのは、世界でおそらく俺だけだからな」




