カリオン市場
着いたのは町一番の市場、カリオン市場だ。
香辛料と焼き肉の匂い、商人の怒号と客の笑い声。
多くの人で賑わい、昼間から熱気に包まれている。
「わー、カリオン市場なんて何年ぶりに来たかなー!」
フィンが子供のようにキャッキャと騒ぎ、屋台をキョロキョロと見回す。
そんな彼の方を、団長がジト目で睨みつけた。
「お前はいつも団の買い出しの時、仮病を使って寝ているからな」
「う……」
「今日は荷物持ちも兼ねてるんだ。覚悟しておけよ」
「そんな怒らなくてもいいじゃん……ブツブツ」
フィンが何か言い返していたが、市場の喧騒にかき消されて団長の耳には届かなかった。
そのまま人混みを抜け、一本路地裏へ入る。
急に周囲の音が遠ざかり、静けさが戻ってきた。
「武器屋まーだー-?」
「ここだ」
団長が、ある小さな建物の前で足を止めた。
俺は思わず眉をひそめた。
所々ペンキが剥げ、壁にはツタがびっしりと這っている。
看板も傾いており、本当に営業しているのか怪しい廃屋寸前の店構えだ。
「……ふっ。心配か?」
俺の困惑した視線に気づき、団長がニヤリと笑う。
「いや、心配というかなんというか……ここ、店?」
「入れば分かる」
団長が古びた扉に手をかける。
ギィィィ……
金属の蝶番が悲鳴を上げ、重苦しい木の軋む音が路地裏に響いた。
中から漂ってきたのは、鼻をつく鉄錆の匂いと、焼け焦げた炭の香りだった。
中には大きなメイスや大剣からナイフをさらに小さくしたような釘のような小さな武器(?)まで様々な武器がある。その武器たちは外から見た店とは正反対で新品で1つ1つがキラキラと輝いていた。
「すげぇー」
「言っただろう、入れば分かると」
団長の言う通り入ってすぐにここの職人が只者でないことは分かった。
カンッ、カンッ、カンッ
奥で金属が叩かれる音が聞こえる。
よく見ると奥の部屋で金属を叩いている職人がいた。
頭に布を巻き、髭は口全体を覆うようにもっさりと生えている。
その職人が筋骨隆々な腕で金槌を持ち、金属の塊を魂をぶつけるが如く叩く。
「ガンツ!」
その職人に向かって団長が話しかける。
だが、職人の手は止まらない。 最後の一打を叩き込み、ジュッという冷却音と共に蒸気が上がるのを見届けてから、彼はゆっくりと振り返った。
「……ああん? 誰かと思えば、アレンか」
ガンツと呼ばれた男は、汗を拭いながらこちらへ歩いてくる。
その鋭い眼光が、俺たち三人をなめるように巡し、そして俺たちの全身に巻かれた包帯の上で止まった。
「……ひでぇ有様だな」
「ああ」
団長はバツが悪そうに視線を逸らした。
「お前らがボロボロって、何かあったか?」
「まあ、色々だ。それで武器がボロボロになって頼みに来たんだ」
「まあ深くは聞かねえよ、どうせアンタが1番無理したんだろ?」
ガンツはわかったような口振りでニヤニヤと笑う。
「今回は、みんな無理したさ。でないとこんなにボロボロにならないさ」
団長が天井を見上げながら言う。
「それもそうだな。まあ、経緯はどうあれ生きてりゃ問題無えな」
そういってガンツはガハハと笑う。
「んで、各々どんなのが欲しいんだ?」
じっくり品定めをするように俺たちを見回す。
「はいはい! 僕はね……」
フィンが子供のように勢いよく挙手した。
「剣はまだあるんだけど、今回で魔法も剣に負けないくらい強くなったから、併用して戦えるような武器がいいなー」
「んぁー……剣として使いながら、魔法の出力も邪魔しない武器、ねぇ……」
ガンツが腕を組み、顎の髭をジョリジョリと弄る。
「魔導剣か。たまーにそんあ事言う奴はいるよ、言うのは簡単だが、調整が難しいんだよな」
しばらく唸っていたガンツだったが、不意に「あ」と何かを思いついたように顔を上げた。
「……一応、案はある」
「えっ、なになに!」
フィンがその場でピョンと跳ねる。
「まず、魔法の出力の軸になるのは『魔鉱石』を使いたい。だが、魔鉱石は衝撃に脆くて剣には向いてねぇ、チャンバラした瞬間に砕け散っちまう」
「うんうん」
「だから、真ん中に魔鉱石を通して、外を別の鉱石で囲めばいいんだが……」
そこでガンツが言葉を濁した。
「が??」
「魔鉱石は振動にも弱いからよぉ。剣として使えば、衝突の衝撃が内部に伝わって、中で魔鉱石が粉々になっちまうんだよ」
「えー、それは困るよー。使い捨てになっちゃう」
フィンの困った顔を見て、ガンツがニヤリと笑った。
「そこで、だっ!」
バンッ!!
ガンツが思い切り作業机を叩く。
その衝撃で、置いてあった工具がビビリと震えた。
「『魔鉱石』と『タングストン』を混ぜた合金を使う」
その単語が出た瞬間、団長が目を丸くした。
「なっ……おいガンツ。タングストンと言ったら、脆い上に魔法の通りも最悪で、使い道のないクズ鉱石じゃないか」
「ちぇっ、なんだアレン。知ってんのか」
「知ってるも何も、お前がだいぶ前から『また採掘場からゴミを押し付けられた』って酒場で文句を垂れてたじゃないか」
「あれ、そうだっけか」
ガンツがバツが悪そうに目を逸らす。
そのやり取りを聞いていたフィンの表情から、スッと笑みが消えた。
「……ねえ」
「あ?」
「僕に、不良品のゴミを渡すって言うの?」
ゴゴゴゴ....
店内の空気が一変した。 フィンの体から立ち昇る怒りのオーラが、物理的な振動となって店全体を揺らす。
棚の上の剣がカタカタと音を立て、近くにあった椅子がひとりでにガタガタと震えだした。
「おいっ!フィン!」
団長が止めにかかる。すると
「ちょっ、待て待て待て!! 話を聞け!」
ガンツが顔を引きつらせ、慌てて両手を振る。
「タングストン『単体』だとそうだったってだけだ!」
「……え?」
ピタリ、と揺れが止まる。
殺気が霧散し、いつものフィンの顔に戻った。
「ふぅ……おっかねえな、ほんと」
ガンツは冷や汗を拭いながら、近くの椅子を引き寄せてドカッと腰を下ろした。
「あのな、タングストンだけだと、さっきも言った通り使い道はほとんど無えよ。けど、あまりに在庫を押し付けられるもんだから、俺もヤケになって色々いじってみたんだよ」
ガンツは声を潜め、秘密の話をするように身を乗り出した。
「こっからは俺の発見だから、あんま他所に言わねえで欲しいんだが……魔鉱石とタングストンを一定の割合で混ぜて合金にすると、不思議なことが起きる。ガッチガチに硬いくせに、魔力の通りが異常に良い合金が出来上がんだよ」
「へぇ!」
「それを核に使って、剣を作る。これなら衝撃にも耐えられるし、魔法もスムーズに通るはずだ」
「なるほど、誰も知らない秘密の合金かぁ……!」
フィンが目を輝かせる。
「面白そう! それにする! おじさん、お願い!」
「おうよ! 任せときな!」
先ほど殺されかけたことなど忘れたように、ガンツは職人の顔に戻って請け負った。




