満たされる腹と枯れゆく森
「……ん」
目が覚めると、窓の外は気持ちのいいほどの快晴だった
起きたのは次の日の昼で、1日以上泥のように眠っていたらしい。
「……よく寝た」
体を起こす。
体が軽い。
昨日の「治してもらった直後の重さ」とは違う。
頭の中の霧が晴れる。
「お、起きたかカイ」
「おはよう、カイくん」
隣のベッドでは、団長が軽いストレッチをしており、フィンはすでに着替えていた。
二人とも、顔色が驚くほどいい。
「おはよう……、随分と寝ちまったみたいだな」
「ああ。だが、おかげで万全だ」
「そういえばお腹空いてない?」
フィンが言う
「ああ……言われてみれば」
昨晩、あれだけ食べたはずなのに、腹の虫がまた鳴いた。 俺たちは顔を見合わせて笑い、部屋を出て階下の酒場へと向かった。
酒場は昼間から冒険者たちで賑わっていた。
俺たちが階段を降りていくと、何人かが気づいて手を挙げる。
「おっ、英雄サマのお目覚めだ!」
「よく寝てたなー! さあさあ、こっち座んな!」
俺たちは適当なテーブルに陣取った。
すると、厨房から焼きたてのパンと、具だくさんのシチュー、そして山盛りのソーセージが運ばれてきた。
「はいお待ち! シオン先生から『起きたら食わせろ』って言われてるからね」
「ありがてぇ!」
俺たちがガツガツと食事を始めると、向かいの席にスッと誰かが座った。
艶やかな金の髪。整った顔立ち。 セリスだ。
彼女も私服に着替えているのか、冒険者装備ではないラフなチュニック姿で、それがまた目を引く。
「……随分と豪快な食べっぷりね」
「をう、をもうもふぁふぇるふぁ?」
「なんて言ってるか分からないけど、私はもう済ませたわ。……エルフはそんなに量は食べないの」
そう言いながら、彼女は俺の皿にあるソーセージをじっと見ている。
……食べたそうだな。
「ん!」
俺がソーセージを一本差し出すと
「べ、別に欲しかったわけじゃないけど、粗末にするのは良くないし」
言い訳しながら、パクリと口にした。
そして、小さく頬を緩ませる。
……なんだこいつ、意外とチョロいな
「ところで、カイ」
団長がパンを齧りながら切り出した。
「体調も万全になったが、すぐに森へ向かうか?」
俺は少し考えて、首を振った。
「いや、装備がボロボロで俺の剣も刃こぼれしてるし、フィンの杖も折れたままだ。まずは準備を整えないと」
「そうだな。それに、セリスの話も詳しく聞きたい」
団長がセリスに向き直る。
「西の森で、奴らが『魔素』を集めていると言っていたな?」
セリスの表情が引き締まる。彼女は周りを警戒するように声を落とした。
「ええ。森の奥に設置された『魔力炉』……あれはただの実験施設じゃないわ。周囲の大気や地脈から、根こそぎ魔力を吸い上げている」
「吸い上げて……何に使おうってんだ?」
「……『結晶』よ」
セリスの言葉に、俺の手が止まった。
結晶
あの谷底で、ヒトガタの核として使われていた、あの赤い結晶か?
「奴らの目的は、『2本目の結晶』を完成させること……だそうよ。それが何を意味するかは分からないけれど、ロクなことじゃないのは確かね」
セリスの言葉に、俺たちは息を呑む。
2本目、谷底にあったのが1本目だとすれば、奴らは複数の場所で同時に計画を進めていることになる。
「……ちょっと待て」
団長が眉をひそめ、素朴な疑問を口にした。
「エルフ族にとって森の魔力、つまり『魔素』は生きていくために不可欠なものじゃないのか?」
「え?」
セリスが顔を上げる。
「いや、俺も詳しくはないが……たしか、森の有する莫大な量の魔素がエルフの生活の軸になっているって聞いた事がある。それを吸い尽くすなんて、自殺行為じゃないか?」
団長の指摘はもっともだった。
自分たちの住処を、生命維持に必要なエネルギーを破壊してまで、何を得ようというのか。
セリスは苦い顔で頷いた。
「……そうね。実際、最近は森の魔素が不安定になって、体調を崩す同族――『魔素欠乏症』の患者が増えているの」
「ハイエルフとはいえ、その影響は無視できねぇだろ。それにそもそも、同族を苦しめて殺す意味も分からねぇ。そんなものを進んでやるか? 普通」
「…………」
団長の言葉に、俺、セリス、フィンの三人が同時に考え込んでしまった。
合理性がない。メリットが見えない。 そこにあるのは、理解不能な狂気だけだ。
ズーン……と、テーブルの空気が重くなる。
せっかくの美味しい食事の後味が、急に悪くなった気がした。
「と、とりあえずっ!」
その沈黙に耐えきれなくなったのか、フィンが声を張り上げた。
「西の森に行くための準備をしに行かな、い……?」
フィンが上目遣いで俺たちの顔を伺う。
その必死な様子に、俺は思わず吹き出しそうになった。
……ありがとう、フィン。
お前がいてくれて助かった。
「……まあ、何がともあれ西の森には行くんだ。装備を整えないとな」
俺が助け舟を出すと、団長もパンと手を叩いて空気を切り替えた。
「そうだな! 悩んでても答えは出ない。それに俺の鎧もボロボロだし、盾もずっとスキル頼みっていうのも限界がある」
「よしっ、じゃあ今日は市場に行こう!!」
フィンが嬉しそうに立ち上がる。
こうして俺たちは、重い謎を一時頭の隅に追いやり、久々の買い出しへと繰り出すことになった。




