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「……悪い、湿っぽい話にしちまって」
ギルド長室を出ると、そこは相変わらずの熱気に包まれていた。
俺たちの帰還を祝う冒険者たちの喧騒。
ジョッキをぶつけ合う音。
だが、俺たちの心には、まだ谷底の冷たい空気が張り付いていた。
「気にすんなカイ。……酒でも飲んで、今日はもう休もう」
団長が俺の肩を叩く。その掌の温かさに少し救われる。
その時だった。
「……随分と、ひどい顔をして帰ってきたのね」
喧騒を切り裂くような、凛とした声が響いた。
その声の主を中心に、周囲の冒険者たちが自然と道を空けていく。
そこに立っていたのは、腰まで届く美しい金の髪をなびかせた、細身の剣士だった。
「……セリス、か」
セリス・リヴィア
以前、昇格試験でペアを組まされた(というか、死にかけたところを背負って走った)、あの腐れ縁の精霊騎士だ。
あの頃と変わらない、人を値踏みするような勝気な瞳。
だが、その表情はいつものような軽口を叩く余裕はなく、どこか強張っていて今にも泣き出しそうだった。
「死んだって噂が流れてたわよ。……あの谷底で、全滅したって」
「まあな。半分は当たりだ」
俺は力なく笑って見せた。 いつもならここで「勝手に殺すな」とか「お前の希望通りにならなくて残念だったな」と憎まれ口の一つでも叩き返すところだ。
だが、今はそんな気力が湧いてこない。
俺が通り過ぎようとした、その瞬間。
「……え?下がれ? ……どういうこと、フィリオ」
セリスが突然、何もない虚空を見つめて足を止めた。
彼女は真剣な顔で、誰もいない空間と会話をしている。 またか。あの森で会った時もそうだった。
「……嘘でしょ? 近づくな、ですって?」
セリスが目を見開いて、俺を――いや、俺の「中にある何か」を凝視する。
彼女は無意識のうちに、腰の剣の柄に手をかけていた。
敵意ではない。本能的な恐怖に対する防衛反応だ。
「……カイ。あんた、何なの?」
「え?」
「フィリオが……精霊王が怯えてる。『死と、暴風と、それから……もっとヤバい、古の竜の臭いがプンプンしやがる』って。……あんた、本当に『人間』?」
彼女の顔色が、みるみる変わっていく。
俺は足を止めた。
……やっぱり、隠しきれないか。
デステニードラゴンとバーンズ隊長から受け継いだ力は、俺の器には大きすぎる。
漏れ出す覇気が、敏感な精霊には「脅威」として伝わってしまうらしい。
「……安心しろよ、セリス。俺は俺だ」
俺は努めて穏やかに声をかける。
フィンと団長が、心配そうに俺を見る。
「ただ……ちょっと、重荷を背負わされちまっただけだ」
「重荷……?」
セリスは剣から手を離し、探るように俺の目を見た。
以前のような「変質者を見る目」ではない。未知の深淵を覗き込むような、慎重な眼差し。
「……ふん。相変わらず、訳の分からない男ね」
彼女は一つため息をつくと、腕を組んでツンと顔を背けた。
だが、その声の震えは消えていた。
「生きて帰ってきたなら、それでいいわ。……また貸し借りの計算が面倒になるところだったし」
「貸し借り? 俺がお前に貸してる分しかないと思うんだが」
「あら、あの時のオーガ戦での私の援護、忘れたとは言わせないわよ?」
「....あれは援護じゃなくて妨害だろ。それに昇格試験で背負って走ったのは誰だと思ってる」
いつもの調子で言い返すと、セリスの口元がわずかに緩んだ。
彼女なりの、不器用な安堵の表現なのだろう。
「……で、これからどうするの? ただ帰ってきただけじゃないんでしょ、その様子じゃ」
鋭い。
俺は団長と顔を見合わせ、それからセリスに向き直った。
「……少し、長い話になる。エルフについて、知ってるか?」
「エルフ?」
セリスの眉がピクリと動く。
「……ええ。ちょうど私も、その件でギルドに掛け合おうとしていたところよ」
「なんだと?」
俺たちの空気が変わる。
「場所を変えよう。……お前の話、詳しく聞かせてくれ」
俺たちは再び、人気の少ないギルドの応接室へと場所を移した。
テーブルを囲み、セリスは厳しい表情で口を開いた。
「精霊たちが怯えているの。西の森の奥深くに、本来そこにあるはずのない『異質な魔力炉』のようなものが設置されたって」
「魔力炉?」
「ええ。周囲の魔素を無理やり吸い上げて、別の何かに変換している。……その手口が、あまりにも『あの連中』らしいのよ」
セリスの言葉に、俺は眉をひそめた。
「あの連中ってのは、エルフのことか?」
その単語が出た瞬間、セリスの肩がピクリと跳ねた。
彼女は少しの間沈黙し、意を決したように自分の金の髪をかき上げた。
「……っ」
フィンが息を呑む。
髪の下から現れたのは、人間よりも長く、鋭く尖った耳だった。
「セリス……お前」
「そうよ。私も、そのエルフ族の端くれだわ」
彼女は自嘲気味に笑った。
「正確には、掟を破った罪人の娘として村を追放された、『出来損ない』だけどね」
俺たちの間に衝撃が走る。
だが、不思議と嫌悪感はなかった。
あの昇格試験の時、彼女がうわ言で謝り続けていた「お母さん、お父さん」という言葉。
そして、誰よりも強く生きようとしていた姿。その理由が、今ようやく繋がった気がした。
「……だから、詳しいのか」
「ええ。銀髪のエルフたちは『ハイエルフ』……私たちの中でも特権階級に位置する、純血主義の傲慢な連中よ。彼らは他種族を『実験動物』としか見ていない」
セリスは拳を握りしめた。
「今回の森の件も、放置すれば間違いなく世界中に被害が出るわ」
そこまで話すと、彼女はふと不安げな瞳で俺たちを見た。
「……私がエルフだと知って、怖くなった? 出て行けと言うなら――」
「馬鹿言うな」
俺は即答した。
「俺たちが戦ったのは『敵』だ。種族じゃない。……それに、お前がどれだけ強くて、面倒くさい性格で、そのくせ根は熱い奴かは、あの試験の時によく分かってる」
「……っ! め、面倒くさいは余計よ!」
セリスが顔を赤くして噛み付いてくる。
「それにセリスさん!」
フィンが身を乗り出した。
「精霊魔法、すごいですね! さっき、何もないところと会話してた時、僕には声は聞こえなかったけど、すごい魔力の揺らぎを感じました。……僕、魔法のこと色々教えてほしいです!」
「あ……ええ、なんで精霊魔法のことが...まあ、私でよければ……」
素直なフィンの反応に、セリスが毒気を抜かれたようにたじろぐ。
最後に、団長が重々しく頷いた。
「目的は一致しているようだな。俺たちは敵の拠点を叩きたい。お前は森を守り、同族の野望を止めたい。……利害は一致だ」
団長は大きな手を差し出した。
「力を貸してくれ、セリス。俺たちには、お前の知識と剣が必要だ」
セリスは少し驚いたように目を見開き、それからフッと笑って、団長の手を握り返した。
「……勘違いしないでよね。私があなた達を利用するのよ。……でも、背中くらいは預けてあげる」
こうして、俺たちのパーティに新たな仲間が加わった。
セリス・リヴィア。 最強の盾、天才魔術剣士、役者は揃った。
「よし、善は急げだ。西の森へ向かうぞ」
「ちょっと待ちなさいカイ」
立ち上がろうとした俺を、セリスが呼び止めた。
「その前に、準備が必要よ。……特にあんた」
「俺?」
「ええ。その漏れ出てるそれ、どうにかしなさい。そんな状態で森に入ったら、魔物は逃げ出すし、ハイエルフたちに居場所を教えるようなものよ」
セリスは呆れたようにため息をつき、腰のポーチから宝石のような透明な石を取り出した。
「精霊石のブレスレット。魔力隠蔽の効果があるわ。……高かったんだから、ちゃんと返しなさいよね」
「おお、助かる……って、また借りが増えるのかよ」
「ふふん。一生かけて返してもらうから覚悟しなさい」
そう言って俺の手首にブレスレットをはめる彼女の指先は、少しだけ震えていた。
これから向かう先にある過去との決着に、武者震いしているのか、それとも恐怖しているのか。
どちらにせよ、今度は俺たちが支える番だ。
「よし、出発だ!」
俺たちは扉を開けた。 目指すは西の森。新たな戦場へ。
明けましておめでとうございます
今年も私を作品をよろしくお願いします




