感謝
真っ暗な、何も無い空間。 そこで、二つの「意志」が向かい合っていた。
『……起きろ、人間。いつまで寝ている』
『ん……? 誰だお前は。……ああ、そうか。俺は死んだのか』
バーンズは自らの手を見た。
透けて見える。
先ほど、あの銀髪のエルフに胸の結晶を奪われた際、彼の魂は肉体から切り離されたはずだった。
だが目の前には、巨大なドラゴンの影が揺らめいている。
『我は誇り高きデステニードラゴンだ。……貴様ら人間が「ヒトガタ」と呼ぶ器の、奥底に沈められていた怨念の欠片よ』
『へぇ、あんたがあの。……やっぱりあの中にお前さんも混じってたか。道理で、俺一人の意志じゃ抑えきれないわけだぜ』
バーンズは苦笑した。
だが、ドラゴンの眼光は鋭く光る。
『ふん、あてられたな。……あのエルフ共には腸が煮えくり返る。誇り高き我を、ただの部品として扱い、このような姿に堕としたこと……必ず後悔させてやる』
『威勢がいいねぇ。……って言っても、あんたももう、実体は死んじまってるんだろう?』
『ああ。だが、力は残っている。……我という個を捨ててでも、奴らの盤面を壊すだけの力がな』
ドラゴンはバーンズに顔を近づけた。その巨躯から漏れ出す魔圧だけで並の魂なら霧散するだろう。
『だが、その力もあのエルフ共の手元(結晶)に回収されちまった。残されたこの肉体は、もうすぐ崩壊する』
『……だから、我は決めたのだ。柄ではないが、貴様ら人間に我の力を託す。……あの傲慢なエルフ共の頬を、一発殴り飛ばすための力をな』
『……悪りぃな。俺ももう、死んじまってるんだ。あいつらに触れることすらできねえよ』
『貴様ではない。……そこの、三人にだ』
ドラゴンの視線の先。精神世界の向こう側に、絶望に打ちひしがれるカイ、アレン、フィンの姿が映し出される。
『んな事言っても、どうすんだよ。この肉体は、ただ暴走してあいつらを飲み込むだけだぜ』
『我を舐めてもらっては困る。……我はかつて生死を司っていた「運命」の龍。力の譲渡など、朝飯前よ。……だが、一つ問題がある』
『……だろうな。何が必要なんだ?』
『核の無い肉体に、一時的にでも力を「縫い付ける」ための、別の触媒だ。……龍の力に耐えうる、強固な精神の依代……つまり、貴様の魂だ』
バーンズの瞳が、僅かに揺れた。
『……俺をここに置いていく、ってことか。龍の力と一緒に、この壊れゆく肉体に。……俺が残っても、結局最後にはあいつらの手で殺されることになるぜ?』
『左様。……救いは無い。ただ、最期に一度だけ、お前としてあいつらと対話する時間が稼げるだけだ。……どうする?』
バーンズは、向こう側で絶望する教え子たちの顔を見た。 そして、かつてないほど晴れやかな笑顔を浮かべた。
『伝説の魔物も案外漢じゃねえか。へっ、ノったぜその話!! 俺の全部、くれてやるよ!』
『ふむ、交渉成立だ。ではいくぞ。共に最後に華々しく、泥臭くなろうじゃないか、はっはっは!!』
エルフたちが消えた暗闇に響くのは、理性を失った怪物の咆哮だけだった。
もはや、これに対抗する力など残っていない。
ヒトガタだった「肉の塊」は、黒く膨れ上がった触手を鞭のように振り回し、辺りの岩をおもちゃのように粉砕していく。
理性と頑丈さを失う代わりに、その破壊衝動、再生力、攻撃範囲は跳ね上がっていた。
一撃ごとに谷全体が震え、崩れた岩が怪物に降り注ぐが、抉れた肉は次の瞬間には不気味な音を立てて修復される。
「……だ、団長……。フィン……」
俺の声は、震えていた。
隣を見れば、団長は虚ろな目で「先生……」と小さく呟き続けている。
フィンは折れた杖を死んだ目で見つめたまま、微動だにしない。
我を失った怪物はゆっくりと俺たちに近づき、ついにその怪物は俺たちの前まで来た。
終わりだ。
そう確信した時、怪物の巨大な触手が、俺たちの真上で網のように広がった。
俺たちを逃がさぬよう、包み込むように。
「あぁ、俺たちを生きたまま……取り込むつもりか……」
俺は目を閉じた。
だが、その時。聞こえてきたのは、骨を砕く音でも、絶望の叫びでもなかった。
『アレン、フィン、カイ……!! お前ら、いつまでそんな情けねえツラしてやがる!!』
「「「!!!」」」
三人が同時に顔を上げた。
そこにいたのは、さっきまで暴走していたはずの怪物ではない。
黒い肉の奥から、温かく、力強く、どこまでも懐かしい「あの人」の声が響いていた。
「先生……!? なぜ、ここに……」
「バーンズさん、さっき連れて行かれたはずじゃ……!」
『ああ、俺もそうだと思ったんだがな。……ある漢に、無理やり願いを託されちまってな』
怪物の顔の部分が、苦痛に歪みながらも、一瞬だけバーンズ隊長の面影を見せる。
「ある、男?」
『男じゃない! 「漢」だ! 男と漢は全然違うと、何回言えば分かるんだフィン!!』
「……っ、そんなの、音だけで分かるわけないじゃん……っ!!」
フィンが泣き笑いのような顔で叫ぶ。
それを見て、バーンズの声もまた、豪快に笑った。
『まあいい、手短にいくぞ。……この身体もそう長くはもたない』
バーンズは、デステニードラゴンとの契約について語った。
そして、これが最後のお別れであることも。
「……う、ううっ……。やっぱり先生は……もう、戻ってはこれないんですね……」
団長が、子供のように肩を震わせる。
『なんだアレン、あいつを倒せば俺が元通りになるとでも思ってたんか? ……ハッ、お前はやっぱ、ちょっとアホだな』
「……はい。……はい、すいません……」
『いいか。この身体に、龍と俺の力を遺した。……俺たちの他にも、多くのモンスターの魂が、奴らに利用された無念と共に眠っている。……お前らの手で、最後はきちんと……葬ってくれ』
「……ねえ、バーンズさん」
ずっと俯いていたフィンが、静かに声を絞り出した。
折れた杖を、それでも強く握りしめながら。
「僕……これからも、まだまだ強くなれるかな」
『なんだフィン、お前がそんな辛気臭いことを聞くなんてな。……安心しろ。お前はまだまだ強くなる。……いや、強くなれ。……お前は俺の認めた漢よ!』
「……ははっ。最後まで偉そうだねぇ、おじいちゃんのくせに」
『はっはっは! お前も最後まで相変わらずのクソガキっぷりだよ。……最高に頼もしいな!』
バーンズは満足そうに笑い、そして、その声に決意が混じった。 怪物の肉体が、限界を超えて明滅し始める。
『さあ、もう時間だ。……お前たちの手で、この地獄を終わらせろ。……カイ! お前の炎で、この未練をすべて焼き払え! フィン! お前の風で、俺たちの魂を天まで運べ! アレン! お前の力で全部終わらせろ、全部だ』
「……そうだね……」 「……先生……っ!!」
『そう辛気臭くなるな若造共! 悲しみも、絶望も、全部抱えて……このジジイを踏み越えていけ!』
バーンズの声が、震えた。
最期に、彼らしい屈託のない笑顔を、俺たちは確かに感じた。
『――行け。未来ってのはな、いつだって生き残った馬鹿野郎共が作っていくもんなんだよ! お前らの伝説、特等席で見せてもらうぜ!!』
「『ウィンドストーム・アライズ』!!」 「『剣技・極(聖なる剣)』!!」 「『属性変化(不知火)』!!」
三人の全力が、一点に重なる。
「「「――ありがとうございました!!」」」




