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黒幕

会議室を出た後、俺は一人でギルドの裏手にある訓練場へと向かった。 夜の空気は冷たく、静まり返っている。明日には、この静寂が化け物の咆哮に塗り替えられているかもしれない。

俺は腰から、ロッサさんに託された短剣を抜いた。

疾風の短剣。

淡い翠色の光を放つ刃は、驚くほど軽い。振るうたびに空気を切り裂くような高い音が鳴り、持ち主の動きを追い風が助けてくれるような感覚がある。

「……試してみるか」

俺は意識を集中させ、魔力を練り上げる。

『属性変化(雷属性)』

バチバチと青白い火花が腕を駆け巡る。その魔力を、そのまま短剣へと流し込んだ。本来、属性の異なる魔力と魔導具を合わせるのは難しい。だが、この短剣の風は、俺の雷を拒絶せず、むしろ加速させるように受け入れ、より鋭く、より速く研ぎ澄まされていく。

雷を纏った風の刃。俺は目の前にある練習用の木人に肉薄した。

『縮地』

一瞬で間合いを詰め、短剣を横一文字に振るう。 手応えはなかった。だが、次の瞬間、厚い木材で作られた木人が、まるで熱したナイフで切られたバターのように、上下に分かれて滑り落ちた。

「これなら……」

あいつの硬い皮膚を貫けるかもしれない。俺が短剣を鞘に納めると、背後から足音が聞こえた。

「いい太刀筋だ。短剣も、持ち主に馴染んでいるようだな」

振り返ると、そこには団長が立っていた。いつの間にかその身には、騎士団の礼装ではなく戦場用の黒い重鎧を纏っている。

「団長」

「準備はいいか。少し、明日の話をしよう」

団長に促され、俺たちは訓練場の隅にあるベンチに座った。そこには、肩を包帯で固めたフィンさんもいた。

「よお、カイくん。さっきの、中々エグい威力だったね」

「フィンさん、傷は大丈夫なんですか?」

「まあ、魔法で治したとはいえ無理やり肉を切ってるからね。剣はまだ使えないかな。けど魔法でサポートくらいは意地でもやってやるよ」

フィンさんは力なく笑うが、その瞳には怪物への激しい怒りが宿っていた。

団長は地面に街周辺の簡略図を描き、棒切れで一点を指した。

「迎え撃つには拓けた場所だと奴の機動力に翻弄されるだけだ。だから奴の機動力を封じるために、街の外れにある断絶の谷で迎撃する」

左右は切り立った崖。中央には古びた石橋が一本。逃げ場はないが、それは奴も同じだ。フィンさんが遠距離から風で奴の足を止め、団長が正面から抑える。

「そしてカイ。お前の神速で奴にダメージを与えてくれ」

重い任務だ。一歩間違えれば、俺が真っ先に食われることになる。だが、俺は不思議と落ち着いていた。

「……やります、あいつの怖さを知っているからこそ。今度は逃げません」

俺は団長の目を見据えた。

「俺、あの時、ロッサさんの手を握ったんです。あんなに強い騎士様が、ガタガタ震えてた。今回はあいつに恐怖を植え付けられた人たちのために戦いたいんです」

団長は一瞬目を見開き、それから深く、満足げに頷いた。

「いい答えだ。」


同じ頃。 月明かりに照らされた北の森の断崖の上に、二つの人影があった。夜風に揺れる長い金髪と、尖った耳。エルフ族特有の端正な顔立ちをしていたが、その瞳に宿るのは慈愛ではなく、昏い狂気だった。


「……経過は」

「順調です。器はドラゴンの血を吸い、さらに騎士たちの生命力を取り込みました。紅蓮の結晶は、間もなく満たされるでしょう」

跪いたもう一人のエルフが、陶酔したような表情で答えた。立っていた男の指先には、不気味に赤く光る結晶が握られていた。

「かつて我らを追放したこの腐った世界に、真なる破壊をもたらすためには、七つの色の贄が必要だ」

男は遥か下方、暗闇の中でうごめく漆黒のヒトガタを見下ろす。

「この赤が喰らうのは、強者の鮮血。他の六つも集め始めなければ。蒼、翠、黄金……全てが揃った時、世界は真の主を仰ぐことになる」

男は薄く笑みを浮かべ、空にかざした結晶を慈しむように見つめた。

「明日、三人の強き個体がここへ来る。彼らが器に喰らわれ、この結晶を完成させる最後の雫となるか。あるいは器が彼らに討たれ、その死によってさらなる変異を遂げるか……どちらでも構わん」

男の瞳が、狂気を孕んで細められた。

「神の降臨まで、あともう少しだ。精々、我らを楽しませてくれよ。……名もなき人間たち」

二人の影は、風に吹かれた砂のように、音もなく夜の闇へと消えていった。

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