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悲劇と逃走

ヒトガタがニヤリと笑う。


「ひっ!!」

隣にいたロッサさんが腰を抜かす。 次の瞬間、ヒトガタの姿がブレて消えた。 本能的にヤツの狙いがロッサさんだと知覚する。

『縮地』

全身の筋肉が発する悲鳴を無視して、ロッサさんの前に体を割り込ませる。

ギィィィイン!!!

鈍い金属音が鳴り、ヤツの手刀を剣の腹でギリギリ受け止める。だが、それは手刀などではない。まるで巨大な鉄球を至近距離で受けたかのような衝撃だ。

「ぐっ、なんて重さだ……!」

ギリギリと音がして押し込まれ、剣が徐々に曲がり始める。

「ガハッ」

気づくと、俺とロッサさんはまとめて後ろに吹き飛ばされていた。 その衝撃が肋骨まで響き、呼吸が止まる。


「走れ!!止まるな!!止まったら死ぬぞ!!」

団長の声が響く。だがその声も、どこか震えている。

俺たちが立ち上がる暇もなく、ヒトガタは次なる標的、フィンに攻撃を仕掛ける。

「ヤベッ!!」

フィンが両手を交差し、複合魔法を展開する。

『ロックシールド・ウィンドガード』

多重展開した岩の壁に加え、その周囲を圧縮した空気の壁で固める防御陣。 だが、ヒトガタは何の躊躇もなく腕を振り抜いた。 豆腐のように、二重の障壁が突き破られる。

「まじ、かっ!」

フィンはとっさに横に飛び、地面を転がって直撃を避けた。そう思えたが、フィンの肩口から鮮血が吹き出すのが見えた。かすっただけで、防御の上から肉を裂かれたのだ。


「総員、散開して森を抜けろ!まとまるな、的になるぞ!!」

団長が大盾を構えてヒトガタの正面に立ち塞がる。

『シールドバッシュ』

渾身の体当たりを放つが、ヒトガタはそれを片手で受け止めた。 ミシミシと嫌な音を立てて、伝説級の金属で作られた大盾に亀裂が入っていく。

「だ、団長!!」

「構うなカイ!行けぇ!!」

団長が盾を捨て、腰の剣を抜いてヒトガタに切りかかる。その一瞬の隙に、俺は動けないロッサさんを担ぎ上げた。

「フィン!援護を!」

「くそっ、わかってるよ!」

『ウィンドストーム』

フィンが血を流しながら魔法を放つ。砂煙が舞い上がり、視界が悪くなる。

「走れ!死ぬ気で足を動かせ!!」

俺たちは森の中を無様に転がりながら走った。 だが、怪物は視界など関係ないようだった。 背後からヒュンッという音がした瞬間、俺のすぐ横の巨木が爪楊枝のようにへし折れた。 黒い衝撃波が、俺たちの背中を掠める。

「がはっ...」

衝撃の余波だけで、担いでいたロッサさんと共に吹き飛ばされ、地面に顔面を強打する。口の中が鉄の味で満たされた。 足が動かない。恐怖と酷使で、筋肉が硬直している。

ドサッ。 煙の中から、殿を務めていた団長が吹き飛ばされて転がってきた。鎧はひしゃげ、苦痛に顔を歪めている。


ギシャシャシャシャ すぐ後ろで音がした。 振り返ると、砂煙の中から黒い人影がゆっくりと歩いてくる。 遊んでいるんじゃない。確実に、一匹ずつ処理しに来ている。

「...まだだ」

俺は震える足に意識を集中する。

『属性変化(雷属性)』

魔力を強引に筋肉へ流し込む。神経が焼き切れるような痛みが走るが、これで無理やり動かせる。

「団長!フィン!」

二人がボロボロになりながらも立ち上がる。フィンは片目を血で濡らし、団長は剣を杖にしている。

「カイ、合わせろ!」

言葉はいらなかった。 俺の雷、フィンの風、団長の剛剣。 三人の攻撃を一点に集中させ、怪物の足元の地面を狙う。

ズドンッ! 足場を失った怪物が体勢を崩した一瞬。 逃げるなら、ここしかない。

「今だあああ!!」

俺たちはなりふり構わず、泥水をすすり、茨に皮膚を切り裂かれながら、獣のように四つん這いになって斜面を駆け上がった。 肺が焼け付き、視界が霞む。 それでも、後ろを振り返れば死ぬことだけは分かっていた。


森を抜け、平原に出たところで、俺たちは糸が切れたように倒れ込んだ。

「はぁ...はぁ...ぐっ...」

誰も言葉を発せない。 全身が泥と血にまみれ、生きているのが不思議なほどだった。

「...追って、こないな」

団長がカスレ声で呟く。

怪物は森の境界線で立ち止まり、じっとこちらを見つめていた。 まだ外には出られないのか、それとも深追いする必要がないと判断したのか。

怪物はニヤリと笑い、自らの首を指で切り裂くジェスチャーをして、闇の中へ消えていった。

「...生き残ったのが、奇跡だ」

フィンの言葉に、誰も反論できなかった。 全員無事だ。だが、それはヒトガタの気まぐれと、俺たちの全ての運を使い果たした結果に過ぎなかった。 完敗だった。

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