06:王子と聖女のその後
レティシアが被っていた猫を脱ぎ捨て、暴れまくった卒業記念パーティー。そこで起きた断罪劇の主役となるはずだった、アルフォンス王太子と、聖女イザベラ。ふたりのその後は惨憺たるものだった。
―・―・―・―・―・―・―・―
パーティーの翌日、アルフォンスは激怒した国王に呼び出された。玉座の間で、息子としてではなく、一国の王太子として、雷のような叱責を受けた。
「愚か者めが! 貴様の目は節穴か! 公衆の面前で、家臣の前で、私情に駆られ、公爵家が誇る至宝を無実の罪で断罪するとは! 王位を継ぐ者として、あるまじき愚行!」
国王は、アルフォンスがレティシアの類稀なる才能を見抜けなかったこと、そしてイザベラという少女の浅はかな芝居にやすやすと騙されたこと、その両方に対して激怒していた。
「王太子としての資質を猛省すべし」
結果、アルフォンスには、都から遠く離れた北の国境砦への赴任が命じられた。華やかな王宮生活とは無縁の、厳しく過酷な環境で、人を見る目と、私情に流されぬ精神を鍛え直してこい、という事実上の謹慎処分である。
―・―・―・―・―・―・―・―
そして、すべての元凶であった聖女イザベラ。
彼女の「聖女」という称号については、思いもよらぬことが明らかになった。
イザベラが持つ聖属性魔力が、治癒や浄化といった高尚なものではなく、他人の感情を微かに惑わせ、同情を誘うという、極めて特殊で質の悪い能力によるものだったことが判明したのだ。
彼女の涙は、ただの涙ではなかった。それは見る者の理性をわずかに曇らせる、微弱な魅了の魔力を含んでいた。アルフォンスが彼女にのめり込んだのも、その影響が皆無ではなかった。
この事実が明らかになると、彼女を「聖女」と祭り上げた教会は手のひらを返し、「偽りの聖女」として断罪。貴族としての身分も剥奪され、平民へと戻された。
しかし、彼女が犯した罪――王位継承に混乱を招き、大貴族を陥れようとした罪――は重い。本来ならば厳罰に処されるところだったが、ここで意外なところから助け舟が出た。
「イザベラ嬢への寛大なるご処置を」
レティシア本人から、国王へ嘆願書が届いたのだ。理由は「あのような面倒事を二度と起こさぬよう、わたくしの目の届くところに置いておきたいから」という、非常にレティシアらしいものだった。
結果として、イザベラは新設された国王直属護衛官『ロイヤル・フィスト』付きの、雑務メイドとして働くことが命じられた。
隊長はもちろん、レティシア・フォン・ベルンシュタイン。
かつて自分が陥れようとした悪役令嬢(とんでもない怪物)の直下で、イザベラは働くことになったのである。それはある意味、死よりも辛い罰かもしれないと、誰もが噂した。
-了-