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第7話:変わる日常

 天音さんは、俺とリアのことを家まで送り届けてくれた。


 "「じゃ、またね!」"と言う彼女の姿が、翌日になっても頭から離れない。


 ぼーっとしながら、トーストを齧る。普段よりも完璧な焼き加減だ。

 

 何を隠そう、俺の生活もこの日から大きく変わった。トーストの焼ける良い匂いで目が覚めたのだから。


 リアは、俺が疎かにしがちな家事全般もこなしてくれるようになった。


 散らかっていたリビングは綺麗に整理され、まるで別の家になったみたいだ。天音さんの家に負けず劣らずと言ったところだ。


 インスタント食品が大半を占めていた、俺の食生活はバランスの取れた手作り料理へと変貌を遂げ、心なしか体も軽い気がする。食事も一緒に摂るようなり、なんだか変な感じだ。


 自ら買い物に行くようになったのは、誤算ではあったが……。あの家はメイドさんを雇っていると、近所で噂になっている……。


 しかしながら、もはや俺はリア様に足を向けて寝ることが出来ない。ほとんどヒモだ。少しばかりの焦燥感を覚える。


 そんな事はつゆ知らず、目の前に座る凛とした雰囲気の美女はトーストを齧り、笑みが溢れてる。その幸せそうな表情を見て、ちっぽけな焦燥感は何処かへ吹き飛んでしまうのであった。




 大学生活にも変化があった。今まで講義室の前の方に、1人で座って居たのに、天音さんが隣に座るようになったのだ。


 正直後ろから恨めしい視線を感じるが、それは俺の優越感を助長するスパイスであった。


 講義の合間に他愛もない話をする。忘れかけていた青春が少しだけ戻ってきたような気がする。




 そして彼女がいない講義のあと、チャラい人たちに連絡先を教えろと脅される……、なんて事もなく、平穏な日々は過ぎ去っていった。


 駅前でリアと歩く俺を目撃され、"やっぱりボンボンだったか。"と、悠真の知らないところで知名度上がっているのは、また別の話である。


 時は流れて、多くの学生が、前期の最終レポートに追われる日々を送っているこの時期。俺は留学の準備に専念していた。


 俺にはリア様が付いているのだ。最終レポートなど怖くはない。留学のためと、珍しくリアも協力的であった。


 "「私のEaARにも……。」"と呟く天音さんが目撃されたとか、されなかったとか……。


 しかしまぁ、この準備が中々厄介だった。


 地球の身分証明書は向こうでは意味を成さないため、向こうの証明書を発行して貰ったり。


 持ち込むものに危険物が無いことを確認するための、事前検査でリアの身体を押し通したり。……職員さんの白い目が今でも忘れられない。


 極めつけは、地球の病原菌を持ち込まないために、精密検査の後、ゲートを潜る1週間前から隔離されたり。


 こんな面倒くさい準備が、簡単になるかどうかは、この留学に掛かっているらしく、緊張感が3倍くらいに膨れ上がる。



 



 1週間の隔離期間から、少しだけ遡る。


 留学する人たちに対する説明会が開かれた。そこに集まったのは計6人。


 俺と天音さん。


 飄々とした雰囲気の、掴み所のないイケメン。背も俺より高くて、羨ましい限りだ。


 彼の後ろに隠れている、ダボッとした洋服に身を包む、丸眼鏡の女性。正直美人なオーラが隠しきれていない。


 そして兄妹だと思われる二人。お兄さんの方はコレといった特徴はなく、良い人そうな雰囲気を感じる。


 妹さんの方は、ユルっとした雰囲気とは裏腹に、芯が強そうな方だ。緊張しているお兄さんに、肘鉄を喰らわせていた。

 

 天音さん、丸眼鏡の女性、モブのお兄さんが、首脳陣の協議の結果選ばれた人たち。


 彼女たちには、それぞれ1人の同行者が許された。俺を含む残りの3名が、その同行者である。


 れっきとした行政機関であるゲート管理局の職員さんの説明では、それぞれ留学先が違うらしい。


 丸眼鏡の女性たちは、王立図書館へ。

 モブのお兄さんと妹さんは、王立研究機関へ。


 そして天音さんと俺は……王城へ……。


 聞き間違いだろうか?


「留学というより、商談ね。」


 コソッと耳打ちされる。


 少しドキッとしたのは置いといて、聞き間違いでは無いようだ。


 胃が痛いなぁ……。


 向こうの人たち?との会話はEaARがサポートしてくれるらしく、言語の問題は無いようだ。言語系のスキル所有者が結構頑張ったらしい。


 心なしか天音さんが胸を張っていた気がする。もしかしたら、携わっているのかもしれない。



  

 一通りの説明が終わった後の顔合わせ。皆準備に忙しいようで、あまり長く話すことは出来なかったが、悪い人たちでは無さそうだ。


 なんでも彼らは休学をして1年間向こうで過ごすらしい。


 定期的に連絡を取り合うことを約束し、フレンドとなったあたりで、お開きとなった。


 この縁が何事にも代え難いと実感するのは、まだ先の話である。




 


 とまぁ、色々と思い出すくらいには、この隔離期間は暇なのである。俺にはリアという話相手がいるが、他の人たちは一体どうしているのだろうか……。


「――この留学に呼ばれている時点で、優秀なスキルを持っていることは確定です。マスターとは違いやることはいくらでもあるでしょう。」


 辛辣なセリフを吐くリアの身体は、現在収納されている。《幻識生成》を隠すためとはいえ、事前検査で精巧な自動人形を通すのは苦労した。職員の誤解を解くのは諦めた。


「お前なぁ、俺の苦労も知らずに、いけしゃあしゃあと……。」


「――感謝しています、異常なマスター。」


「お前ぇ、言って良いことと悪いことがあるぞ。」


「――ふふっ。それにしても楽しみですね。どんな料理が食べられるのでしょうか?」


 リアの食いしん坊が最近加速している気がする。止めるべきか悩んでいるのだが、自動人形に食べ過ぎという概念が無い為困っている。


「そうだね。あんまり食べ過ぎ無いようにね。」


「――分かっていますよ。そもそも私を出す予定が無いのですから、マスターが自室に持って帰ってくる分しか食べられません。」


「それもそうか……。龍ってバカでかい生物を想像してたけど、普段は人間みたいな姿をしてるって聞いて、なんだか意外だよな。料理もするし。」


「――そうですか?理に適っていると思いますけどね。アルカディアは日本と同じ島国です。何万匹の龍がそのままの姿で生息している方が不思議ではないですか?」


「ん~。何か引っかかるんだよな。」


「マスターの考え過ぎですよ。」


 



 

 長い、長い、長すぎる1週間を終えて、遂に俺たちはゲート前までやって来た。


 厳重な警備の自衛隊も離れた位置に待機している。


 禍々しい色彩と、蠢く紋様が絡み合う巨塊。そして、中心に口を開けた、底なしの虚無を宿す、黒い裂け目。


 これこそが地球と異世界をつなぐゲート。その異形の存在を見上げながら、6人は息を呑んだ。


 最初に動き出したのは丸眼鏡の女性。イケメンの後ろから、ふらふらっと前へ出て、ゲートをくぐってしまった。


 慌てて追いかけるイケメン。それでも画になるのは反則だと思う。


 それに続いたのが天音さん、俺の手を取りゲートへと走り出した。


 振り返って俺を確認する彼女の表情は、緊張と期待が入り混じった複雑な笑顔であった。


「マスター、遂に異世界ですね!」


 リアは期待で胸いっぱいという様子だ。俺も釣られて笑みが溢れる。その様子を見て天音さんの緊張も少しだけ解れたような気がする。


 そして最後は妹さん。走り出した俺等を見て、ボケっとしているお兄さんに肘鉄を喰らわせた。服の裾を引っ張り、半ば引き摺るようにゲートをくぐる。


 こうして我々6人は、異世界へと繋がるゲートを、龍の治める国、アルカディアへの一歩を、踏み出したのであった。

 

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