第5話:リアの野望
本日2話目。
「天音さんのスキルも見せて貰ったし、早速その亜空間アタッチメントに《魔改術》を試してみるよ。」
レガリア・テックの開発中製品を、天音さんが作ったと聞いて、少し同様してしまったが、約束はキチンと守ろうと思う。
あれ貰えなかったらリアが拗ねそうだし……。
「それじゃ、お願いするわ。離れていた方がいい?」
ポケットから彼女の愛車が収納?されたカプセルを取り出し、俺に渡してくる。
「離れなくて大丈夫。ちょっと眩しいだけ。」
カプセルを受け取った、俺の直感は、《魔改術》なら可能。
早速スキルの使用を意識する。彼女に驚かされた意趣返しだ。
小さく脈打つ紫紺の光が、カプセルのエッジに沿って淡く浮かび上がる。この光を見るのは3度目になる。いつ見ても綺麗な光だ。
俺の手元で、カプセルは微かに揺らめいた。
金属の質感も、収納?された車も、何ひとつ変わっていない。だけど"それ"は、今までとは違う"それ"になった。
「はい。これで大丈夫なはず……。これで3回目だから一応確認してみて。」
改造されたカプセルを彼女に差し出す。
「急にやらないでよ。ビックリしたじゃない。でも、ありがとう。スキル綺麗だった。」
はにかみながら彼女は、カプセルをストレージへと収納した。
「大丈夫だった……、良かった。」「凄いわ。理論上あり得ないのに、本当に収納出来た。」「――流石です、マスター。」
三人の呟きは、二人きりの工房に消えていった。
しっかりと、車にも問題が無いことを確認した俺等は、再び《名匠の隠れ家》へと戻った。
「スキル見せてくれて本当にありがとう。期待以上だったわ。」
「ありがとう。そう言ってくれると素直に嬉しいよ。」
「それじゃ、約束通り亜空間アタッチメントを渡したいのだけれど、久世くん、使いたい魔導製品ある?」
「あぁー、EaARとストレージ以外、魔導製品持って無いかも。」「――盲点でした。使い道がありません……。」
リアの言う通りである。魔導のレンジや冷蔵庫なども世の中には存在するが、如何せん高いのである。その価格は亜空間ストレージと大差ない。
EaARが安すぎるのだ。社会インフラとして政府から補助金が出ているから……。
閑話休題。
「そうよね。ユグドラシルならつゆ知らず、日本の一般家庭に魔導製品は普及していないよね。どうしようか……。」
二人で悩み始めてから暫くして、天音さんがふと思いついた顔をした。
「あの試作品ならEaARと同じ魔導回路を積んでいたはず……。でもまともに動かないものだし、不良品を押し付けるみたいになってしまうわ。なにより私の……。」
彼女はブツブツと独り言を呟く。聞こえる限りでは、何か当てがありそうなのだが、何か問題のあるモノなのだろうか?
「天音さん?何か危険なものじゃないなら、一旦聞かせて貰えませんか?」
リアが拗ねるのは回避せねばならない。彼女の機嫌次第で、俺の苦労度合いに、天と地ほどの違いがある。
「そうね……、悩んでいても仕方ないか。今持ってくるわ。少し待ってて。」
そう言うと彼女は、工房の奥へと引っ込んでいった。チラッと見えた扉の先は、モノが沢山積み上がっているように見えた。
「――マスターの《魔改術》があれば、どんな不良品でもイチコロですね。」
「ゴキジェットみたいな謳い文句やめてね。」
そんな軽口を言い合いながら、5分程経過した。
奥の部屋から、天音さんともう1人。
腰まで伸びた艷やかな黒髪。
大きくてハッキリとした黒い瞳。
透き通るかのような白い肌。
黒と白を基調とした、クラシカルなメイド服。フリルやレースが、可愛らしさを強調しつつも、その姿は凛とした雰囲気を纏っている。
だがしかし、その歩き方にどこか違和感を覚える。
「お待たせ。一応試作品の自動人形を持ってきたのだけれど……。」
椅子に座った天音さんは、後ろに立ったままのメイドを横目で見ながら説明を始めた。
「今のAIなら人間みたいに動けるかもと思って作ったんだけれど、人間の動きを模倣するのにとても時間がかかるの。それに精度も……ね、ちょっとぎこちないでしょ?」
「――マスター!これはとんでもないですよ!」
「――今すぐに《魔改術》で私とパスを繋いで下さい!」
これはどうやら、リアの琴線に触れたらしい。過去一番テンションが高い気がする。
「それにね、1番の問題として、能動的に動くことが出来ないのよ。」
「それってEaARのサポートAIと一緒ってこと?」
「まさにその通り。言われたことしか出来ないし、やらないの。どんなに技術が発展しても、ここだけはどうにもならなかった……。難儀なものだわ。」
「――マスター。彼女に《幻識生成》について話すべきです。」
ここにきて急に冷静なリアのコメント。
「(なんだよ急に。このスキルはバレたら面倒くさいだろ。)」
「――いいえ。彼女ほどマスターのスキルと相性が良い方はいらっしゃいません。隠し事はせず対等な関係を築いた方がマスターの為です。」
そんなことは俺が1番実感している。だが《幻識生成》は人に使えば、その心を消し去ってしまいかねない、超危険なスキルだ。
出来ることなら墓まで持って行きたい代物だ。
「(そんなこと言ったって……、)」
難しい顔をしてリアと話しすぎたようだ。意を決した表情で天音さんが口を開く。
「久世くん。私ね、父親にも伝えていないスキルがあるの。」
「それはね、《名匠の眼》。モノの選定だけではなく、他人の言葉が、どれくらい真実かが視えるスキル。」
突然のカミングアウトに、俺は言葉も出ない。
「ねぇ、久世くん。何か隠しているスキルあるんじゃない?私のスキルも話したし、私に教えてくれない?」
その琥珀色の瞳に、上目遣いは反則級である。
(「久世くん。あなたにスキルを見せて貰うのだから、私のスキルも見せないとフェアじゃないと思わない?」)
(「私、彼方とは良い関係を築きたいと思っているの。だから私が先ね。」)
数刻前の彼女のセリフがフラッシュバックする。
俺は覚悟を決めた。
「《幻識生成》、俺のもう1つのスキル。個性のある意識を生み出すことが出来るんだ。」
緊張で声が震える。このことを話すのはリアを除けば、天音さんが初めてだ。
「そして、EaARにも《魔改術》を施している。EaARのサポートAIの代わりに、その幻識を定着させた。俺は彼女をリアって呼んでる。」
なんとか噛まずに伝えきることが出来た。俺の心臓は今までにない程、鼓動を伝えてくる。
「ありがとう、教えてくれて。」
その笑顔が、俺にはとても眩しく感じた。
「俺を天音さんとはフェアでいきたいから。良い関係を築けるように努力するよ。」
「ふふっ、こちらこそ。それにしても久世くん、手震えてるよ。お茶入れてくるから待ってて。」
暫くして差し出されたのは、ベルガモットの香りが鼻に抜ける、上品なアールグレイティーであった。
「ありがとう。すこし落ち着いたよ。」
「アールグレイティーにはリラックス効果があるらしいから、効いたようようで良かった。」
ホッとした様子で自身のカップに口をつける様子に、少しだけドキッとしてしまう。
俺は再びアールグレイティーを口に運び、落ち着きを取り戻す。
しばしのティータイムを二人で楽しんだ。
一段落着いたところで、俺は本題を切り出す。
「その、さっき言ってた幻識のリアが、彼女?そのメイド?を欲しいって言っていて、その、幾らなら譲って頂けますか?」
真剣な表情で天音さんに問う。
「いやいや、《魔改術》見せてくれたお礼なんですから、お金なんて要らないですよ。」
きょとんとした表情も可愛らしい……、じゃなくて。
「流石にこのクオリティのモノを、無償で譲って貰うのは、良くないと思うんだよ。」
顎に手を当てて考え込む彼女。
「そうねぇ。それなら私のお願い事、1つ聞いて貰おうかな。本当だったらこの後に、別で頼む予定だったのだけれど、しょうがないわね。これで手を打ってくれない?」
なんだか、最初からそのつもりだったような……。ニコリと笑っている彼女の底が知れないなぁ。
「そういうことなら喜んで。先にお願い事の内容を聞いても?」
「うーん。リアさんにも直接お話したいし、先に《魔改術》済ませちゃってよ。多分リアさんがこの自動人形を使うんでしょ?」
リアに続いて天音さんにも、言い合いで勝てない気がする。諦めて……もといお言葉に甘えて、自動人形に《魔改術》を掛けさせて貰おう。
「――それでこそマスターです!」
鬱陶しい声を無視して、早速自動人形の肩に手をかける。
「それじゃ、遠慮なく《魔改術》掛けさせて貰いますね。」
先程と同様に、小さく脈打つ紫紺の光が、自動人形を包み込む。今まで1番大きな光。
俺の目の前で、自動人形は微かに揺らめいた。
「あぁ、マスター……。やっと、やっとこの手で触れることが出来ます……。」
感極まった声が、ここ2年間で幾度となく聞いてきた声が、目の前のから聞こえる。
俺に飛びついてきた彼女の動きには、先程までの違和感は全くもって無くなっていた。