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第3話:学生の味方

本日3話目。

 翌朝、昨日よりは幾分かマシな時間に起きることができた俺は、リアに書いてもらったレポートの確認をしながら、キャンパスへと向かう電車に揺られていた。


 「――今日の講義は、午前中に2つです。午後からは自由時間ですよ、マスター。」

 

 「そうだね。午後は魔石の調達手段を調べるか……。」


 車窓に映るぼんやりした自分の顔を見つめながら、呟く。亜空間ストレージの追加改造には魔石が必要。その仮説を証明するには、試すしかない。


 「――魔石は研究所や企業用に輸出されていますからね。個人の入手は難しいですが、不可能ではありませんよ。」

 

 「だよな。オークションとか個人取引とか……。あとは、学内の研究室に忍び込むとか?」

 

 「――その場合、手元に残るのは前科だけですね。」


 どんなに技術が発展しても、通勤ラッシュはそう簡単に無くならない。そこそこ混んでいる車内で、俺は苦笑しながらイヤリングにそっと触れる。まだまだ、やりたいこと、やるべきことは山積みだ。


 



 

 午前の講義は、それなりに真面目に受けた……つもりだ。少なくともリアに帰宅を促されることは無かった。


 「さて、昼はどうするかな……、ひさびさにファミレスのドリアとかにしようかな。」


 焼け石に水かもしれないが、ストレージの分、節約しなきゃいけない気がする。


 講義室を出て、駅の方向へ歩き出すと、ふと後ろから肩を軽く叩かれた。


 「ねえ、ちょっといい?」


 ウェーブがかったブラウンの髪に、琥珀色の瞳。きっちりとした佇まいの中に、どこか掴みどころのない余裕と知性が漂っている。


 「あ、えっと……なにか用ですか?」


 俺の問いに、彼女はにっこりと微笑んで、こう答えた。


 「あなた、面白そうなことしてるでしょ? 少しだけ、話さない?」


 にっこりと微笑み、目線を合わせてくる彼女に、少し怪しさを感じないこともない。しかし、大学生活が始まってから1ヶ月経とうとしているのに、未だ友達0の俺には断るという選択肢は無かった。


「……じゃあ、飯でも食いながら、ってことでどう?」

 

「食事?」

 

「うん、今からちょうど昼飯。ちょっと歩いた先にファミレスがあるんだけど……。」

 

「――マスターって、こんなに大胆だったんですね。」

 

「いいわよ。むしろそういうの、久しぶりだから。」


 鬱陶しいボケは一先ず無視することにして、楽しげに歩き出した彼女に、俺もその後に続いた。



 

「あっ、そこ右。」


 俺が声をかけると、彼女は一瞬きょとんとした顔を浮かべてから、くるりと静かにUターンする。歩き出した彼女の横顔、その耳がほんのりと赤み掛かっていた気がする。



 

「いらっしゃいませー、二名様ですかー?」


 二人して頷くと、通されたのは窓際のテーブル席。ランチ時でそこそこ混雑している店内に、彼女の佇まいは不思議と浮いて見えた。無理もない。なんかこう、気品がにじみ出てる。


 「……こういう、ふぁみれす?って、初めて来たわ。」


 彼女はメニューをめくりながら、興味津々といった様子で目を走らせていた。


 「そっか。うん、安くてうまいよ。とくにこの“ドリア”は定番。学生の味方。」


 そう言って、俺が指差したメニューに、灯花はちらりと視線を落とす。


 「……じゃあ、それにしようかな。」


 結局、俺はドリアを、彼女はドリアとエスカルゴを注文した。ランチタイムでスープが着いてきて、少し得した気分だ。


 ドリンクバーの横にある、サーバーからスープを2人分持ってきて、片方を彼女に差し出す。


 「ありがとう。」


 手をヒラヒラさせながら、再度席につく。


 一呼吸置いてから彼女が切り出した。


「昨日の講義、最後にやってたアレって何なのか聞いてもいい?」


 その問いかけに、一瞬きょとんとしてしまう。


「――ストレージのことじゃないですか?マスターは気づいてないかもしれませんが、結構目立っていましたから。」


「えっ〜と、亜空間ストレージのこと?」


 俺は少しだけ苦笑いを浮かべながら、イヤリングを指先で軽く弾いた。


 「……ま、そりゃ目立つよな。高いもんな、あれ。車買えるくらいするし。正直、俺も使うときちょっとビビってるよ。」


 彼女の睫毛がふるりと揺れ、さらに一呼吸おいて、口を開く。


 「違うわよ。そこじゃないの。」


 「えっ、違うの?」「――えっ、違うのですか?」


 ぼっちの大学生とアホのAIの返事が見事にハモる。


 まぁ、アホの子の声は、ぼっちの耳にしか届かないのだが……。


 「あなた、見てなかった。死角にあったペットボトルを、手も触れずに収納していた。普通のストレージじゃ、あり得ない挙動よ。……一体何を使ったの?」


 落ち着いた声色で、丁寧に選ばれたその言葉と、彼女の眼差しは、明らかに俺の反応を探っていた。


 「それって、……普通じゃないの?」


 リアが勝手にやっているから、全然気にしていなかった。ひとまず申し訳なさそうに聞き返す。


 「……はぁ。」「――……はぁ。」


 彼女は毒気を抜かれたように、リアは呆れたようなため息。


 「お待たせしました。ミラノ風ドリアと、エスカルゴですね。…………ご注文以上でお揃いでしょうか?…………ごゆっくりどうぞ。」


 並べられた、熱々のドリアからは、チーズがとろける香ばしい香りが立ち昇っていた。彼女の前に置かれたエスカルゴは、小ぶりな陶器皿の中で香草バターがじゅうじゅうと音を立てている。


 「意外と本格的ね。」


 慎重にすくい取ったドリアを口に運ぶと、彼女の表情がふわっと和らぐ。頬の筋肉が少し緩んで、肩の力が抜けたように見えた。


 


 「……自己紹介がまだだったわね。」


 彼女が、スプーンを置いてこちらに向き直った。


 「私の名前は、天音 灯花。『レガリア・テック』の代表取締役の娘です。」


 「……は?」


 思わず、スプーンを手放してしまい、カランと音を立てた。


 レガリア・テック。EaARと亜空間ストレージを開発・製造している、世界でも屈指の魔導デバイス企業。その、娘?


 「……いや、あの、マジですか?」


 「ふふっ。大げさね。別に、会社の話をしたくて来たわけじゃないの。ただ……あなたの使っているストレージ、どう考えても、私の知っている仕様とは違っているのよ。」


 彼女の目が真っ直ぐに俺を射抜くように見つめてくる。そこにはさっきまでのふわふわした雰囲気はなく、知性と鋭さを湛えたまなざしがあった。

 

 「……あれが、どうやってあんな挙動をしたのか。少なくとも、市販品じゃあり得ないことを、あなたはやっていた。」


 「――マスター。彼女のEaAR、吸収している魔力の量が、明らかに多いです。プロトタイプ……、あるいは開発者用の端末と推測されます。」


 リアも珍しく慌てた様子だ。“やっぱり勝手に改造加えるのって、バレたらまずいよなぁ“、そんな思考が俺の中を巡る。


 「正直に言ってくれれば、私の父には……そうね、黙っていてあげる。」


 さらりと恐ろしいことを口にして、灯花はスープを口に運ぶ。表情は柔らかいままだが、その瞳は一切笑っていなかった。


 「私のお父さん、すっごく仕事熱心だから。あんなの見つかったら……たぶん面倒よ?根掘り葉掘り聞かれて、最悪逃げられないかも……。」


 「えっ、マジで……?」


 思わず背筋が伸びる。やばい、めっちゃ面倒そう。


 「だから。私にだけ教えて。何を、どうやったのか。」


 スープを置き、彼女は両手を軽く組んでこちらに顔を向けた。どうやら逃げ道は無さそうだ。


 「……はぁ。まずは、魔導電子工学科1年の久世 悠真っていいます。で、改造は……《魔改術》っていうスキルでカスタマイズを施しました。」


 《幻識生成》、リアのことは言わないほうが無難だろう。このスキルはあまりに異質だから……。


 ゲートの向こう側が異世界と繋がっていることが確認されてから、しばらくして、スキルという存在が徐々に受け入れられていった。


 それに伴って起きたのが、優秀なスキル保有者たちの囲い込みだ。国家や企業が、価値あるスキルを持つ個人を競い合うように取り込み始めたのだ。


 だが、その動きに待ったをかけたのが、ゲートを保有していないヨーロッパ諸国だった。


 ”スキルの開示は本人の自由意志によるものであり、国家によって強制されるべきものではない”と声明を発表。


 この声明は、各国首脳陣の意思とは裏腹に、世論として受け入れられていった。現在ではスキルリテラシーとして義務教育で、スキルの扱い方を学ぶこととなっている。


 異世界との交流を少しでも遅らせ、経済発展を妨げる狙いがヨーロッパ諸国にはあったようだが、スキルによって排斥される人間や、監禁されて使い潰される人間が、少なく済んでいるのは、彼らの功績だろう。


 俺は自由に生きたいのだ。使い潰されるのなんて以ての外だ。だから《幻識生成》について触れない。

 

 「ストレージ自体の仕組みはいじってない。たぶん、構造そのままに、使い勝手を調整しただけ、みたいな……。」


 天音さんは黙って俺の話を聞いていたが、やがてふうっと息を吐いた。


 「……スキル、ね。ふふ。なかなかに面白いじゃない。捕まえて良かったわ。」


 その声に敵意はなかった。でも、妙に底が読めないのは相変わらずだ。



 

 「ねぇ、久世くん。」


 突然、彼女は改まった口調でそう言った。


 「あなたに、お願いがあるの。」


 「お願い、ですか?」


 「ええ。あなたのその……《魔改術》、ぜひ私に見せてほしいの。」


 「見せる、と言いますと……?」


 俺が聞き返すと、灯花は少し身を乗り出して言った。


 「もちろん、タダとは言わないわ。うちの新製品、試してみたくない?」


 「新製品、ですか?」


 「ええ。まだ一般には発売されていない、開発中のものなんだけど……。もしあなたが《魔改術》を私に見せてくれるなら、その代わりに、あなたがそれを試用してみる権利をあげるわ。」


 レガリア・テックの新製品。それがどれほど貴重なものかは、想像に難くない。


 「――マスター!是が非でも引き受けるべきです!」


 興奮気味のリアの声が、俺の脳内に響く。どうやら、灯花の提案は、俺以上にリアの心を強く惹きつけたようだ。


 「(リア、落ち着けよ……。まだどんなものかも分からないんだから。)」


 普段ならば声に出して話しかけるが、リアのことがバレたら、もっと大変なことになる。仕方なく、あまり使わない思考入力を有効化した。


 なぜ普段から、思考入力を使わないのかって?


 単純にリアに思考が漏れたら、厄介なことになるのは想像に難くないからだ。

 

 「――何を言っているのですか!レガリア・テックの新製品ですよ!?それがどれほど貴重な機会か!」


 「(いや、だから……。)」


 「マスターの《魔改術》、詳しく知るいい機会だとおもいませんか?しかも合法です。」


 俺にリアを言い負かせる日はくるのだろうか。


 今までも合法だよ。多分……。


 「……どんな製品なんですか?」


 俺がそう尋ねると、灯花はいたずらっぽく微笑んだ。


 「それは、見てのお楽しみ、ね。」


 「予定とか聞きたいから、フレリク送っていいかしら?」


 フレンドリクエスト、略してフレリク。このリクエストを承認して、フレンドになれば、EaARで連絡を取れるようになったりする。メールアドレスも電話番号も必要ない、俺は全く縁が無かったが、EaARの凄いところの1つだ。


 「も、もちろん。」

 

 女性のフレンドは、理系大学生が欲しくても手に入らないものランキングで上位を取り続けるレジェンドだ。


 返事が上ずってしまい、俺を見る彼女の視線が生暖かい気がする。


 恥ずかしくなった俺は、視線を彼女から外しながら、視界の端に出た、フレリクの承認ボタンに触れた。

 

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