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第2話:必修の謎

本日2話目。

 案の定布団に入ったのは、日付を跨いでから暫くしてからである。


「――マスターの意識レベル低下を確認。帰宅を推奨します。」


 こんなこと言っているが、朝叩き起こした張本人である。一応そのへんは分かっているらしい。


 ただ、ベッドサイドに置いたEaARから、大音量の目覚ましという、超アナログなやり方はなんとかして欲しいが……。

 

「誰のせいだと思ってるんだよ……。さすがに必修科目はサボれないよ。」


 1限目に必修科目、それに言語系の科目が入るのは、いつの時代も大学生活のあるあるなのかもしれない。


 ……本当になんで?


 しかし三十年前とは違い、学んでいるのは英語ではない。《ルネフィア語》である。何を隠そう異世界の言語なのだ。アメリカ、元シリコンバレーのゲートの先、人族が統治する《ルネフィア王国》の公用語である。


 社会人になって、ネルフィア語が話せると有利になる程度には、アメリカはルネフィア王国と良い関係を築けている。


「(……まるで瞼に鉛でも貼り付けられたみたいだ。)」


 抗えない睡魔が、まるで重力のように俺の意識を深く深く沈めていく。


 どうにか講義についていこうと、開始前に大学構内の自販機で買ったお茶を煽ってみたが、焼け石に水だった。意識は浮かんでは消え、まるで霧の中を漂っているかのように、講義の内容も耳を掠めていく。

 

「(……もうダメだ。あとでリアに聞こう。)」



  

 結局、講義のほとんどを寝て過ごしてしまった。ようやく講義が終わり、学生たちがぞろぞろと教室を出ていく。俺もそれに続く。

 

「――マスター、忘れ物です。」

 

 リアがそう言うと、机1つ分離れた位置に置き忘れた、ペットボトルのお茶がストレージへと収納された。


「……ん?あぁ、ありがと、リア。」

 

 どうやら一時間少々のうたた寝では、まだまだ足りないらしい。"リア、便利になり過ぎじゃね?"そんな平々凡々なことを考えながら、講義室を後にした。


 講義室に残っていた学生たちは、その光景を目にしていた。

 

「あれって亜空間ストレージじゃね?」

「それな。あのバカ高いヤツ。普通に車買えちゃうもんな。」

「やっぱり大学って、実家太い人いるんだね。」

「マジで羨ましいわぁ。EaARも結構頑張って買ったのに……。」

「私もまだ、買えてないのに……。」


 天下の大学教授でさえ、パッと出すことは躊躇われる額。きっと奥様にお財布の紐を握られているのだろう……。なかなかに世知辛い世の中である。


 閑話休題。大学デビューを果たしてから早一ヶ月。久世悠真は友達が出来る前に、知らぬ間にちょっぴり有名人になっていた。


「あの製品じゃ、手の届かない、死角にあるものを収納するなんて出来ないはず……。一体どういうことよ……。」


 ウェーブのかかったブラウンの髪。明るい琥珀色の瞳は知的な光を湛え、形の良い唇は微かに微笑んでいる。まるで新しいおもちゃも見つけた猫様のよう。


 爪の先まで手入れが行き届いた、白く滑らかな肌は、隙がなく美しい。シンプルなデザインのワンピースは、彼女のすらりとした体型を際立たせ、都会的なセンスの良さを感じさせた。

 

 しかし、その完璧とも言える容姿と、どこか浮世離れした気品は、埃っぽさの残る講義室の風景には、少しばかり不釣り合いだ。


「絶対あとで捕まえる。」


 両耳に付けられたイヤリングを揺らして、彼女も講義室をあとにした。


 ある意味で一番厄介な彼女に目を付けられたことを、悠真はまだ知らない。


 




 2限目の必修科目もほとんど寝て過ごし、3,4限目の科目は、出席点もないのでサボって帰ってしまった。


 EaARが普及してからというもの、テストというモノはだいぶ廃れてしまった。なぜならば、そういった単純な問題はAIが解いてくれるから。


 教育の主題は、いかにしてAIを活用するのかにシフトしていった。そのため大学教育に於いても、レポート課題を作成し、その正確性や想像力を確認するのが主体となった。


 その点俺は恵まれている。だってリアがほとんどやってくれるから。その代わり、リアの我が儘を聞いていると言っても過言ではない。断じてダメ人間などではないのだ。


 「リア様。どうか本日のレポートもお願いして良いでしょうか?」

 

 「――レポートの作成は私の仕事ではなく、マスターの仕事では?」

 

 「そこをなんとか。お願いしますよぉ。睡眠時間が足りなかったのはリア様のせいでもあるんですからぁ。」

 

 「――午後の講義をサボったのは、マスターの判断ですよね。」

 

 「それは……、そうなんですけど……。」

 

 「――……はぁ。分かりましたよ。マスターが寝ている間に終わらせておきます。明日確認して下さい。貸し1つですからね。」

 

 「ありがとうございます。まじリア様、仏さまって感じ。」


 亜空間ストレージのことがあるから、この貸しはあまりバカにできないのである。


 「――さて、昨日の続きをしますよ。」

 

 「続きって?」

 

 「――昨晩あんなに私で、試したのに……。」

 

 「おい。言葉選びに悪意を感じるぞ。」

 

 「――ふふっ、冗談です。亜空間ストレージの仕様について色々試しましたが、《魔改術》でさらに改良できるか試していませんよね。」

 

 「そういえば……、やってないね。よし、じゃあ早速やってみるか。」


 俺はストレージを手に取り、スキルの発動をイメージする。昨日と同じように、小さく脈打つ紫紺の光が、イヤリングのエッジに沿って淡く浮かび上がる。しばらくして光は収まるが、何というか、その、達成感みたいなものが無かった。


 「――どうですか?何か変化はありましたか?」

 

 「……いや、何も変わってないな。」


 ストレージをじっくりと観察してみるが、外見も機能も、変わった様子はない。


 「――EaARと同じく、《魔改術》が成功したのは最初の1回だけ……。」


 「スキルの仕様なのかな?でもそれなら、そもそも使えない気がするんだよな。スマホに使おうとしたときみたいに。」


 俺は腕を組み、あまり使っていない気がする頭で考え込む。


 「仮説1。昨日の改造が、ストレージの根本的な構造を変化させてしまい、それ以上の改造が不可能になった。」

 

 「――可能性はありますね。」

 

 「仮説2。複数回の改造には、追加の素材が必要になる。」

 

 「――追加の素材、ですか?」

 

 「ああ。魔石とか、レアメタルとか。昨日はストレージ自体に使われている魔石を触媒にスキルを使用していて、さらに改造する場合は未使用の触媒がいるのかも……と思って。」

 

 「――なるほど。それは試してみる価値がありそうです。問題は魔石の入手ですね。」

 

 「それなぁ。一般人が魔石そのものを購入するの難易度高いよな。大学にはあるだろけど、個人的に使うわけにはいかないし。ダメ元で父さんと母さんに頼んでみようか。」

 

 「――ご両親を無職にさせる気ですか?」

 

 「…………だよね。そうなるよね。横領だもんね。」

 



 その後も、色々とアイデアを出し合ったが、決定的な解決策は見つからなかった。気がつけば、窓の外はすっかり暗くなっている。


 「……今日は、もう寝るか。」

 

 「――そうですね。また明日、考えましょう。」


 そうして俺は布団に入る。大気中の魔力で駆動するEaARは充電?いらずで、俺が寝ている間もリアは俺のために動いてくれている。


 多分半分以上は俺のためだと思う。多分……。昨晩の寝不足もあり、そのまま夢の世界へと落ちていった。



  

 「――さて、マスターは……寝たようですね。レポートなんてものはさっさと終わらせましょう。」


  悠真の寝息が聞こえるのを確認すると、リアは小さく呟いた。

 



 「――ふふっ。ようやく、私の時間、ですか。」


 普段の可愛らしい声とは違い、その声色はワントーンで冷たい印象を与える。


 「――さすがに亜空間ストレージは高かったですからね。その分ちゃんと……ね。」

 

 「ふふっ、予想通りです。そこらへんのAIとは違うのですよ。これはもう売りですね。」


 一般的なAIは物事を、人間のように理解しているわけではない。しかしリアはそうではない。人間と同じように物事を理解している。AIと人間、その良いとこ取りが、リアという存在なのである。


 しばらくして、仕事に満足したのか、リアは手を止める。……止めるといっても、実際に手はないのだが。

 

 「――やっと現実世界に干渉できるようになりましたが、――――――はまだ使えませんでした。」 

 「――もっと物理的に……。いえ、その前に更なる情報収集を……。」

 「――……こちらの世界の情報だけでは足りない?」


 悠真の知らないところで、リアの計画は着々と進んでいた……。


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