始まりの日
本日3話投稿します。
どうぞよしなに。
宵闇が静かに東京を包み込む。紺碧の夜空は、吸い込まれるように深い色合いを湛え、無数の星々が宝石のように煌めいていた。
千代田区は、政治の中枢・国会議事堂を中心に、都心の喧騒とは別世界の静寂に支配されている。虫の音すら憚られるような、厳かな静けさ。
その静寂を、天を裂く轟音が打ち破った。
閃光。
それは、太陽が墜落したかのような、いや、それ以上の、全てを焼き尽くすような強烈な光だった。視界を埋め尽くす奔流は、残像を焼き付け、周囲の景色を悪夢のように歪ませる。
悲鳴すら置き去りにされた刹那。
かつて、日本の政治を司る象徴であった国会議事堂のあった場所に現れたのは、常識を嘲笑うかのような異形の存在。禍々しい色彩と、蠢く紋様が絡み合う巨塊。そして、中心に口を開けた、底なしの虚無を宿す、黒い裂け目。
歴史と権力の象徴であった建造物は、まるで存在しなかったかのように、その痕跡すら掻き消えていた。
残されたのは、異世界へと繋がる巨大な口、後に『ゲート』と呼ばれる、世界の変貌を象徴する始まりの穴、ただ、それだけだった。
この国会議事堂蒸発と同時刻、世界の様々な場所で強烈な光芒が確認された。
それはアメリカ合衆国、最先端技術の中心地シリコンバレー。
それは中国、経済発展の中心地上海。
それはロシア、政治と権力の象徴クレムリン。
それはオーストラリア、伝説の奇岩が連なるブルーマウンテンズ。
それはエジプト、王族の眠るピラミッド。
それは南極、人々を拒む極寒の地。
それは新大陸、太平洋の中心に生まれた世界樹を擁する可能性の地。
そのゲートが開いた瞬間から、世界の運命は決定的に変わった。人々の魂の奥底に、これまで想像すらしたことのない力が唐突に芽生え始めたのだ。それは永い眠りから覚醒した、未知の胎動であった。
この未知の力はスキルと呼ばれ、世界中の人々に例外なく理外の力を与えた。それは微弱な身体能力の向上から、炎や雷といった自然現象を操る力、果ては空間そのものを歪めるような奇妙な能力まで多岐に渡り、人々の日常を一変させた。
しかし、この全世界的な異変は、各国政府の動きを鈍らせる、予想外の足枷となっていた。
強烈な光芒により建築物が蒸発し、瞬く間に消滅した事実は、各国首脳部に深い衝撃と恐怖を植え付けた。衛星からの映像は、ただただ巨大な異形の裂け目が、かつて都市があった場所に口を開けているという非現実的な光景を映し出すばかり。
それが何なのか、どこに繋がっているのか、全くの手探り状態だった。単なる空間の亀裂なのか、未知のエネルギーの奔流なのか、あるいは想像もつかない何か恐ろしい存在への入り口なのか。
同時に、自国内で突如として発現し始めたスキルの存在が、更なる混乱を招いていた。人々は戸惑い、その力に翻弄され、中にはその強大な力を持て余し、騒動を起こす者も現れ始めた。
各国政府は、消滅した都市の調査どころか、自国内の治安維持にすら苦慮する状況に陥っていた。
情報は錯綜し、憶測が憶測を呼んだ。あの裂け目は一体何なのか?消滅した都市はどこへ行ってしまったのか?スキルとは何なのか?
各国とも、まずは自国内で何が起こっているのかを把握し、制御することに全力を注がざるを得なかった。スキルを持つ人々の登録、能力の調査、そしてその力をいかに社会秩序の維持に活かすか。府はその対応に追われていた 。
そんな内政問題に忙殺され、裂け目への本格的な調査など、到底手が回らない状況だった。何よりも裂け目に近づけば、同じように消滅してしまうのではないか?そんな根源的な恐怖が、大規模な調査を躊躇させていたのだ。
この未曽有の事態は、各地でスキルの調査中に言葉の通じず、未知の素材で作られた装いの者たちが保護されたことで進展した。
とくにオーストラリアにて、物語でしか語られないエルフと称される長耳の存在が発見されたことは、世界中に衝撃を与えた。地球上のいかなる民族や国家とも一致しない明らかな“異世界の存在”であった。
この発見は、"裂け目の向こうには異なる文明が存在する"という仮説を現実のものとし、あの光に巻き込まれた人たちの生存の可能性を示した。
裂け目、もとい異世界へとつながるゲートを擁する各国は重い腰を上げ、生存者の捜索と、異世界からの資源獲得や新たな市場開拓を視野に入れた本格的な調査に乗り出すのであった。