9. 旦那さまには絶対内緒
頼子はもともと面倒見がいいのでしょうね。
そしてオリビアはとても素直で優しい女性なのでしょう...ゲームの中とはいえ、そのオリビアの悪役令嬢設定...ムリがありすぎます。
物語はようやく、折り返し地点です。
”いま、わたしの倫理観は試されているんだろうか”
あの夜、決意をもってオリビアが無事にジオとの初夜を終えた。好奇心もとい老婆心からオリビアにあの夜のことを聞いてしまいそうになってそんな疑問が真っ先に浮かんだ。正直に言えば、聞く必要がないくらいオリビアを見ていれば幸せだったことは一目瞭然だ。
”...絶対そうだよ。わたしの知性と理性も試されているんだわ。”
オリビアが夫婦生活に参加...?...いや、夫婦生活に戻る...?...ともかく本当の意味で夫婦生活をするなら、その方面のわたしはお役御免だ。だって、わたしとオリビアは別人格なんだから...それにジオを共有してしまったことを再認識させるわけにはいかないでしょ?これからも共同生活はつづいていくんだから、気まずくなりそうな要素は徹底排除!だったら尚更”あの夜はどうだった?”なんて下世話な質問しちゃダメじゃない?どう言い訳したってジオを共有しちゃったのは事実なわけだし…うっ、結構これダメージある。
”だ・か・ら、倫理観が試されてるって言ったのよっ!”
とにかく、オリビアが心を決めて、ジオと本当の夫婦になれたんだから、わたしはアチラの役目からは解放...ちょっとちがうな...わたしのアノ方面の役目は終わった…完全廃業ってこと…あれ、なんか違う?まぁ、でも言いたいことはわかってもらえるよね?わたしはオリビアが眠っている時だけ、オリビアが必要としている時だけの臨時要員になるってこと。そこまで考えて心がズキリと痛んだ…けれどソレは気のせいだと自分を納得させる。
ともあれ、正式に夫婦となったオリビアとジオの関係が良好であることを証明するように、わたしがオリビアと交代できる時間は長くなって、オリビアができる業務も驚くほど増えた。かわいく優しいだけじゃなく、オリビアは本当に優秀だ。母親目線…?いえ、ここはあえて姉目線ということにしておこう。今や、わたしのオリビアは非の打ちどころがない素敵な辺境伯夫人だ。
「頼子姉さまの教え方がとても素晴らしいからですわ。」
臆面もなく笑顔でほめてくれるオリビアがまぶしい。業務能力はわたしの前世の記憶がベース…いわばチートスキル発動状態。その能力をわずか数か月でマスターできるあたり、オリビアが優秀であることを否定できる人間はいないだろう。それだけじゃなく、加えてオリビアは努力家なのだ。わからないことを放置することなく、疑問もすぐにクリアにする。必要であればメモをとり、確認も怠らない。これだけこなせれば、わたしが心配しなければいけないことはない…気がする。つまり、いつでも交代できるということだ。本当の意味での’お役御免’は目前になったのだと言える。
この二重人格状態を解除する方法さえわかればすぐにでも…そうじゃなくてもいずれはすべての役目をオリビアに任せることになる。ということは、遅かれ早かれわたしは…う~ん、まだどうなるかまでわからないけど、可能性としては…ね、覚悟…しないといけない。だったら心の準備くらいはしておきたい…と思ってる。
「でもそれより重大な問題は、この秘密をどこまで隠せるかってことかもしれないのよね…」
思わずひとりごとが出る。オリビアと交代する時間が増えたことでなんとなくどこかに歪ができてきている気がする。いままでは、控えめモードをオンにした自分がオリビアの所作のおかげてどうにかオリビアのフリをすることができたが、オリビアがメインになるとどうしても、自分の偽物感がぬぐえない。フリは所詮、真似事なのでどうしても違和感ができてしまうのだ。オリビアに彼女の人生の主導権が戻れば、自分は消えるんだろうと思っている。でもそれまでは、なにがなんでも一つの身体に二つの魂が入ってるなんて知られるわけにはいかない。ましてや、オリビアじゃない人間がジオと愛し合っていたなんて、絶対に知られちゃいけない事実なのだ。特にわたしたちの大切な人…ジオには知られてはいけない秘密だ。
しかし、ピンチなんて素知らぬ顔でやってくる。ピンチだなんて思わないときに、想像できない場所に訪れたりするのだ。
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もともと辺境の領地は王都から離れている国境沿いだということもあり、王都の行事に参加しなければいけないというのはよほどの有事だったりする。そんな理由も手伝って、ジオもずっと社交は避けてきた。そんな自分の短所を補ってくれる存在としてオリビアとの婚姻を決めたのだが、婚姻を機にジオの領地運営が明らかに向上したことが王太子の興味をひいたらしい。
「2週間後に王都で王太子主催の舞踏会が開かれるそうだ。ブルーノ殿下から招待状が届いた。」
ジオが戸惑った様子でオリビアに告げた。
「ブルーノ殿下の直筆で”エスコバル夫妻に会えることを楽しみにしている”と書かれていた。」
「それって…」
「不参加にはできないということだ。」
ジオが苦笑いする。王宮からの招待状は基本断ることはできない。しかし、ここ辺境領地の場合は状況によって不参加が許されている。国境の守りの要であること、ウルル山脈の魔物の発生状態や発生件数によっては、防衛前線指揮官の辺境伯が領地を離れることが難しいからだ。外交と魔獣征伐に領主である辺境伯が赴けば、領地の運営管理は辺境伯夫人の役目となる。こちらも、留守の期間によっては遠方に出るのは難しいのだから、’辺境伯夫妻が王都の舞踏会に参加する’というのがプレミアもののイベントだということは想像できるだろう。
「ジオさまが参加されるのでしたら、ついて行きますわ。」
オリビアはジオを安心させるように微笑んだ。王都はオリビアにとってあまりいい記憶のある場所ではない。王宮ともなれば、元婚約者であるトーマスもいるだろう。頼子のほうも心境としては複雑だった。’オトセカ’の攻略対象は王都で生活し、王宮に縁のある人物ばかりだ。もちろん王太子もその一人。いまさらゲームの世界だと臨戦態勢をとる必要はないだろうが、攻略対象者が存在するのでれば’ゲームの存在’を完全否定は難しいと警戒しておくべきだろう。いきなり’シナリオ強制力’なんてもんが働いたらたまったもんじゃない。ジオの様子から、王宮舞踏会への参加は決定のようだから、オリビアとして’誰が参加するか’は決めなくてはいけないだろう。頼子はなんとなくぬぐい切れない正体不明の不安を感じて、オリビアにも気づかれないようにそっとため息をついた。
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「舞踏会に参加するのは、オリビアよ。」
最近はオリビアがジオと過ごす時間が増えていたので王都訪問、舞踏会の招待状の話を聞いてすぐ、頼子は自分の思いを口にした。領地業務を問題なくこなせるようになったオリビアはもうすっかり辺境伯夫人だ。ジオについて行くと言ったオリビアの気持ちは説明されるまでもなくわかっている。でも、返事をしたときのわずかな躊躇いと、揺れ動いた感情は身体を共有している頼子に隠せるはずがない。ここはもう、ズルい大人戦法の行使で先手必勝。わたしが決めてしまえばいい。
「王都はやっぱり不安?」
少し戸惑う様子がうかがえて、頼子はオリビアに尋ねてみる。
「正直な気持ちを考えれば、不安なんだと思います。」
「元婚約者のこと…気にしてる?」
トーマスとの婚約破棄は一方的なものだったのだ。気にしないわけがないだろうと思っていた。それなのに、オリビアが口にした不安は全く違うものだった。
「頼子姉さまの記憶では、王都、特に王宮に関係する人物がわたしたちに強い影響を与えるのでしょう?わたしは姉さまにつらい思いも、嫌な思いもしてほしくありません。」
「オリビア…」
オトセカの話をしたとき、オリビアは上手く情報処理ができずに戸惑っていた。ゲームなんて話はしなかったけれど、わたしがオリビアを知っていたように、数人はわたしの中に攻略キャラとして記憶が残っている人物がいる。その誰もがわたし…この場合はオリビアなんだけど…にかかわると、オリビアは不幸になってしまうことは説明した。もちろん、この世界が歴史の通り…わたしの知っているシナリオ通りに動けばということなんだが。状況整理のためとはいえ、余計なことを教えすぎたかもしれない。オリビアを必要以上に不安にさせてしまった。
「あの時も言ったけれど、わたしの記憶の中の歴史と現在わたしたちに起こっている出来事は全く違うものだわ。だとすれば、わたしの知る人物がわたしの知る歴史を引き起こすとは考えづらいと思うの。」
「それでも、リスクは最小限にしたいです。」
「オリビアは優しいわね。でも、ジオを支えたい気持ちは本物でしょう?」
オリビアがうつむく。
「二人でいるんですもの、きっと大丈夫だわ。いつものように、オリビアがジオを支えて。そして、どうしても必要な時は、わたしを呼んで。」
いるはずのない自分がいる…できるならオリビアの身体を明け渡してあげたい。それが叶わないからこそ、せめてわたしはオリビアに笑って見せた。頼子は自分の中の不安はあえて見ないフリをした。それと同時に、この優しい子を全力で守ってあげようと決めた。それがまさか、自分の思いとは違う形で顕現するとは予想もしていなかった。
辺境伯領から王都までは馬車で5日ほどかかる、以前は最低でも1週間ほど要したらしいが、インフラが進み、道路整備がなされて旅の負担が大きく軽減された。それも頼子の領地改革に端を発している。ジオが叶えてくれた自分の理想のカタチを頼子は感慨深く見つめていた。オリビアもまた、辺境伯夫人として頼子から経営を引き継ぎ、領内の整備を進めてきた。王都への移動はその結果と功績を間近で見ることができる素敵なチャンスとなった。道中の懸念は、わたしが大人しく‘ねむる’ことで解消し、特に大きな問題もなく行程は遂行された...ハズだった。想定外だったのは、オリビアが馬車の旅に不慣れすぎたために体調を崩してしまったことだった。
そう...つまりはわたしの’オリビアの窮地を救う’という出番がやって来てしまったのだ。
隠しておくことが優しさの秘密もあれば、隠しておかなければいけない重大な案件というものもある。
頼子とオリビアの秘密は、どっちの要素が強いんでしょうね。
どちらにしても、彼女たちの嘘は隠し通せるものではないようです...
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