7. 共存
「わたしは、あなたがこの身体の主導権を握るべきだと思う。」
何とかしてあげたいと思ったら、自然と言葉が出ていた。
「えっ?」
さすがにこの提案にオリビアは驚きを隠せない。そりゃそうよね...提案した自分も驚いたんだもん。無茶いうなぁ~って...もう笑うしかないよね。思いっきり苦笑いだけど、ここは年の功でポーカーフェイスを決め込んで、年上の余裕をみせましょう。
「ジオとは夫婦になってしまっているし、領地業務も少しずつ担ってきているわ。でもここは、本来あなたの居場所で、あなたが生きている世界でしょう?この身体はあなたのものなんだし、これはあなたの人生だわ。だからわたしは、あなたがこの身体に戻るべきだと思う。」
言葉にしながら自覚する。大切にしてくれるジオに惹かれていないわけじゃない。正直に言えば、もうとっくにジオに惹かれている...たぶん愛している。今ここでの自分の役目も気に入っていたし、彼を支えて生きたいと思っていた。彼を支えて生きていくのが、転生した自分の生きる意味だとさえ思っていた。オリビア本人に会わなければ彼女の人生を生きる覚悟もあった。だけど、オリビアはここにいる。生きている…?だから、オリビアに人生を返してあげないといけない…返すべきだって思う。自分はこういう性分なんだから仕方がない。お人よしと言われても、かっこつけと言われても、偽善者って言われちゃうかもしれないけど、それでもオリビアの人生は奪えない。
「それでは、あなたの存在が...」
オリビアは瞬時にわたしに何が起こるのかってところまで考えてくれたようだ。優しい。やはり彼女は悪役令嬢なんかじゃない。ここはゲームの世界なんかじゃないんだ。目の前にいるオリビアはとても聡明で優しい女性だ。だったら、背中を押してあげなきゃ...優しい彼女は自分からは動けないだろう。
「まぁ、そこは覚悟してるから大丈夫よ。だけど、あなたが主導権を握ったら実際にどうなるかまでは、現段階ではわからないし、今は考えなくていいと思う。大事なことは、あなたをどう戻すかってことだと思うよ。」
やせ我慢はしてる。オリビアが戻ることで自分がどうなるかって考えたら怖い。すごく怖いけど、それよりもこの世界にいるはずのオリビアをいつまでも魂のままでいさせるわけにはいかない。だって、いつオリビアの魂が消えちゃうかわからないんだもの。そんなこと...あっちゃいけない。
「オリビア...一緒にどうすればいいか考えよ?」
「わたし...」
オリビアの瞳にわずかに涙が浮かんだのが見えた。
「頼子さま」
ここが’オトセカ’の世界ならば...この際‘オトセカ’の世界じゃなくてもオリビアは生粋のお嬢さまだ。儚げで思いやりがあって自分の行動の責任をどうとればいいか悩んでいる少女だ。少なくとも頼子にはそう見える。
「お願い...さまはヤメテ!頼子でいいから!!」
感情が膨れ上がって涙になりそうだった。オリビアの優しさも悲しみも伝染しちゃってるみたいで言葉にできない感情が溢れてくるのを感じた。涙腺に警報だ。それを隠すために照れたフリをして大きな声を出す。お嬢さまにとってわたしの名前を呼び捨てにするのは礼儀上よろしくないのだろうとわかる...けれどわたしは一般人。オリビアに頼子さまなどと呼ばれては身体中がむずがゆいってことにして、話題を変えたることにした。我ながらズルい...が、賢い!
「頼子姉さま...とお呼びしても?」
少し赤らんだ顔で、オリビアがわたしに呼びかける。
”何てこと!可愛すぎて、尊すぎて、意識が飛びそうよ。”
想定外のオリビアの返答に、感極まって溢れ出しそうだった涙はきれいに引いて行き本気で照れモードに入ってしまった。だって、可愛いんだもの!
「もちろんよ。わたしはあなたをオリビアって呼んでいい?」
「はい、頼子お姉さま。」
多分、真っ赤な顔になっているだろう。どうしようもなく気恥ずかしい...ここまで来たら引っ込みはつかない。オリビアのかわいさと、素直な反応と、強烈なお嬢さまパワーと、いろんなものにあてられて思考回路はショート寸前だ。仕方がないと思考を自分で中断させて言い切った。
「オリビア、二人でジオをしあわせにしましょ?そしてあなたはジオとしあわせにならなきゃ…ね?」
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頼子とオリビアの意識が交流を果たしたためなのか、理論づけはまったくできてない状態ではあるが、魂は頼子の意思でオリビアと入れ替わることができるようになった。ただ、オリビアの意識は維持することが難しく、頼子が限界を察知できなければ電池切れのように突然意識がなくなって倒れてしまう。さいわい、高熱で倒れたばかりだったため、執事も侍女も、もちろんジオもそんなオリビアを怪しむ様子はなかったが、二人で相談した結果、入れ替わりは要領を得るまでオリビアが一人の時に試すことにした。
「頼子お姉さま、わたし日記を残しておくことにしました。」
眠りの状態によっては、二人が同時に意識化の中で会話をすることができる。たぶん、最初に出会った状態に近いことが、できるようになったんじゃないかと、頼子は推測した。けれど、二人が自由に話すことができるこの状態を意識的に作り出すのは条件がわからないため難しい。偶然の産物に頼っていては心もとない。魂の交代が可能になってから幾日かが過ぎて、頼子が完全に熟睡の状態になっていれば、オリビアが身体の主導権を握れることもわかった。だからその間に、オリビアは疑問に思ったことや自分の意見を日記に残して頼子との意思疎通を図りたいと言うのだ。
「読んでいいの?」
日記と言われるとプライベートを除くみたいで抵抗がある。
「お姉さまに秘密にしなければいけないことなど、何一つありません。」
今後のことを考えれば、オリビアの気持ちや考えを知る必要がある。最終目的が頼子とオリビアの交代ならば、今後のことも考えて頼子がオリビアの考えに沿った行動をすべきだ。この召喚がどう成り立っているのかわからない以上、二人で手探りしながら今後の対策を立てて生活を維持していかなければならない。かたや平民、その本当の姿は生粋のお嬢さま。打ち合わせは必須...だ。
「わかったわ。あなたの考えや気持ちをできるだけ考慮して発言したり行動したりするわね。もしも、気がついたことがあったら、必ず書き残してくれる?」
特に一番の不安要素だった、ジオとオリビアに仕えている使用人たち、特に交流が深い執事や侍女に対しての言動や行動は、注意してオリビアに意見してもらうようにお願いした。それと、領地業務に関わっている時は、ジオとの意見交換や今後の政策などにオリビアの意見を積極的に反映できるように彼女の考えをできるだけ詳しく残してもらうようにした。
最初はあれだけ驚いたプライバシーゼロ生活も、オリビアの配慮の賜物なのか不快感を感じることはなかった。最初の印象どおり、オリビアはやはり聡明な淑女で、ジオに対しても領地業務に対しても誠実に真っすぐな意見を伝えてくれた。頼子は時々、その意見に対して自分の思うことを述べたりもしたけれど、基本的にはオリビアを優先し、彼女が振舞うであろう行動をとり、彼女が言うであろう意見を告げた。
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「あのね...オリビア、ずっと聞かなきゃって思ってて聞けなかったことがあるの。」
二重生活にも慣れたある日、久しぶりに夢の中でオリビアと対峙した頼子は、思い切って今まで避けてきた話題を口にすることにした。
「あのね...その...オリビアには、わたしとジオの...夜の記憶はあるの?」
うわっ!言葉にすると数百倍照れる!!でも可能性としてはあるわけでしょ?ジオと二人で寝所に入るときは、いつも自分なわけで...でもオリビアに意識があるかはわからないから、いつもどうしたらいいんだろうって戸惑う。でも、ジオが触れた瞬間に何もかもわからないくらいに溶けてしまうからプライバシーとか以前に何も考えてないんだよ...ってか考えられないのよ。だけど、ぐっすり眠ればオリビアの魂は身体に戻ってこられるわけで...よく考えたら、そういうときってどうしてたのかなって疑問に思ったんだよね。
「すみません…ジオさまと寝所に入ると、緊張でそのまま意識がなくなってしまうのです。」
「へっ?」
思わず間抜けな声が出た。
「いままで一度もその...夜のコト...知らないってこと?」
「申し訳ありません。」
オリビアは真っ赤になっている。正直に言えば、アノ様子を見られていないことにはホッとした。アノ様子ってドノ様子だよってくらい自分はわけわからない状態なんだけれども...でも…だけど、恥ずかしいじゃない。あの初夜から何度もジオとは身体を重ねていて、本当のところ、いつもジオの優しさにトロトロに溶かされているから、わたし自身にもあまり記憶ってなかったりする...?...から、ずっとスルーしてきた。だけどね...将来的にオリビアが妻となるならば、夜の営みだってオリビアが主体にならなきゃいけない...んじゃないかなって思ったんだよ…だからってずっと言えなかったんだケド。
「そ、そっか...知らないままなのね。」
思った以上に純粋な反応が返ってきて、こっちとしてもどう対応していいかわからなくなる。これ、最難関の課題かも...だって私がどうこうできることじゃないし、わたしがどうこうできそうもないし...詰んでる?これって詰んでるの??脱・喪女したって、長年の思考が一気にアップデートされて劇的に変わるわけじゃない。所詮、喪女は喪女なのよっ!このカワイイお嬢さまに、経験だけ積んでしまった身体のことと夜の夫婦生活をどう説明しろって言うのよ...
”神様、あなたが本当に存在するなら、お願い今スグ助けて!”
互いに真っ赤になったであろう顔を俯け、言葉も交わせないまま妙な沈黙だけが流れていた。
頼子さんの暴走は’お人よし’の枠を軽く超えてしまった気がするのは...私だけでしょうか。
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