6. 魂の召喚
ムチャぶりしてます...
「疲労が蓄積していたのでしょう。」
辺境伯邸に呼ばれた医師が心配そうに見つめるジオを安心させるように微笑んだ。
「ゆっくり休ませてあげてください。大丈夫ですよ。」
ジオはしっかりと頷き静かに眠るオリビアの頬にかかる髪をなでた。家令からオリビアが優秀だという報告を受けている。努力する姿も見てきた。
「やはり、わたしは言葉足らずだな。もっとゆっくりでいいと伝えるべきだった。」
貴族間の結婚は政略的なものが多い。ウェールズ伯爵家との婚姻は辺境伯家にとって大きな利益あるのものではなかったが、王都で過ごす時間が少ない自分にとって、中立の立場を守りながらも幅広い交流がある伯爵家の社交力はジオにとって、また辺境伯領にとってこの上ない重要なものだった。中央とのつながりは簡単に築けるものではないし、この辺境伯家にとって中立であることは絶対に譲れないことでもあった。だからこそ、ジオはバスケス家の嫡男との婚約を破棄したばかりのオリビアとの結婚を急いだ。打算…政略…決してそれだけで結婚を決めたわけではないが、圧倒的にお互いを知る時間がないまま、早急に結婚したことは事実だ。
”随分と心労をかけさせてしまった”
妻の頬をなでながら、結婚披露宴で悪意のあるうわさ話を面白がって口にしていた貴族たちに真正面から向き合ったオリビアを思い出した。取り乱すわけでもなく、声を荒げるわけでもなく、背筋を伸ばし凛とした佇まいで真っ向から向き合った姿を美しいと思った。そしてその夜、悩ましい姿でベットに座り何やらいろいろとつぶやいているギャップがかわいらしくて声をかけるタイミングを逃してしまった。何よりも、あの夜、戸惑いながら自分に身をゆだねたオリビアの姿はとても愛らしく自分でも驚くほど夢中にさせられた。
「君が目覚めたら、ちゃんと伝えるよ。無口だと不愛想だと言い訳をしていてはいけないな。」
ジオに少し自虐的な笑みが浮かぶ。しかし、その瞳にはオリビアへの愛おしさが溢れていた。
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オリビアが高熱を出したあと変わったことは二つ。一つ目は、目覚めてからのジオが三倍増しくらいで自分に甘くなったこと。忙しい政務の合間にオリビアとの時間をつくってくれるようになって、遠征がある以外は必ず一日のどこかで一緒に食事をとる時間を作ってくれた。食事の間も、伯爵邸での生活の様子や日々の他愛ない出来事を嬉しそうに聞き、領地業務に関してはオリビアの意見に真摯に向き合ってくれた。そして、夫婦としての営みもジオは積極的に、けれど優しく求めてくれた。脱・喪女!と浮かれる暇がないくらい‘愛されていること’を実感する毎日のなかで必然的にオリビアのジオに対する思いは強くなっていった。
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それよりも重大なこと…いや、ジオのことも大事なんだけれど、それより大事件だったのは’オリビアの中にオリビアが存在していた’ということだ。言い換えると、頼子がこの世界へやって来たのが異世界転生ではなかったという事実がわかり、頼子とオリビアが交流できるようになったことだ。
「オリビア、何があったのか話してくれる?」
オリビアとして生きていた頼子が生死を彷徨っている時間に、精神世界と繋がったらしく、高熱で寝込んだ頼子はその曖昧な意識の中でオリビア本人に会った。
「わたしがオリビアだと知っているのですね。」
やわらかく微笑んだオリビアは頼子があらわれても動揺することはなかった。何らかの形でこの現状を把握できているんだろうと想像できた。一方で、この状況を全く理解できていないのは頼子だ。身体の所有者であるオリビアが目の前に現れたのだから、余計に混乱してしまった。ゲームの世界に転生したのだと思い、頼子としての記憶は前世のものと位置づけた。ジオを支えて生きていく覚悟をして、この世界で生きていくことを決めた...のに、オリビアが目の前に存在するのだ。何があったのかを聞く権利くらいあるだろうと頼子は思った。
「まずは、自己紹介するわね。わたしの名前は高瀬頼子。あなたとして目覚める前は、日本で会社員をしていたの。こちらの世界へ呼ばれたときの年齢はあなたよりも10歳年上だったわ。」
高瀬頼子として向き合うと、オリビアに対して堂々とふるまえている自分に驚く。目の前に立つ美しい女性はお貴族さま…伯爵令嬢だ。もう少し遠慮があってもいいのかもしれない。でも正直に言えば少しだけ苛立ちがあったのも事実だ。
「えっ?」
思ったよりも強い口調だったのか、オリビアが少し驚いた声をあげた。
「最初はここが自分の生きていた世界にあった‘オトセカ’というゲームの中なのかと思ってた。登場人物が何人か存在したし、記憶にある世界観にとても良く似ていたから...。」
ゲームだとか登場人物だとか、オリビアのわからない言葉だらけの説明しかできないのに、まくしたてるように言葉を続けた。
「あなたのことも少しだけ知ってた。すくなくとも、名前と年齢くらいは知っていたわ。」
半分は理解できない説明だったのだから、オリビアから質問を返される覚悟はあったが、オリビアはやはり貴族だった。
「ご存じでいらっしゃるようですが、わたくしの名は、オリビア・ウェールズです。」
伯爵令嬢として、辺境伯夫人として問題のない所作でふるまえることはよく知っていたが、こうして相対して...第三者として見るオリビアの立ち居振る舞いは、本当に美しかった。優雅なカーテシーに見惚れていると、オリビアは落ち着いた声で話を始めた。
「わたしは本来、別の人と婚約をしておりました。事情があってその方との婚約は破棄され、その結果わたしの婚姻はとても難しくなってしまったと認識しておりました。あまりに突然の婚約破棄でしたし、いくら秘匿しようとわたしがキズモノになったことは社交界で隠すことはできない事実となってしまいましたから...。」
うつむいたオリビアは思い出した事実に心を痛めているようだった。
「けれど、エスコバル辺境伯さまとの結婚がすぐに決まり、周囲はわたしを置き去りにして準備を始めました。驚くほどの速度で決まっていく自分の将来が怖くなっていた時に、図書室で偶然にも魔術書を見つけたのです。」
うつむいたまま冷静に話をするオリビアが、スカートの裾を握りしめ少し唇をかんだ。迷ったように、戸惑ったように見えたのは一瞬だった...と思う。意を決したように顔をあげ、頼子を見つめるとオリビアがゆっくりと自分の所見を告げた。
「わたしがその魔術書にあった’召喚の呪文’をと唱えたことで...’召喚術’...‘魂の召喚’をおこなってしまったんだと思います。」
「’魂の召喚’?」
なじみのない言葉にどう理解すればいいのかわからず立ち尽くす。
「‘魂の召喚’は、古の魔法です。わたしには発動条件はわからないのですが、あの時たしかに呪文を唱えてしまった。あの時は呪文だなんて思わず、ただ文字を声にして...つぶやいただけ...というか音を出しただけというか...すみません…私自身が理解できていないために説明ができないのです。」
オリビアは説明しながらうつむいてしまったけれど、聞き取れるくらいの声で知る限りのことを告げてくれていることはわかった。
「わたしが唱えたのがおそらく召喚術の呪文でしょう、それが引き金となってあなたの魂が召喚されてしまったのだと思います。」
感情が高ぶったのか、少し大きな声になったオリビアを頼子は思わず責めたてそうになった。けれどその言葉をぐっと飲み込んだ。仕方ない…スカートを握り込むオリビアの手が震えているのに気づいてしまったのだ。
「それじゃぁ、あなたは今どういう状態なの?」
オリビアに自分を巻き込んでしまった後悔がとって見えた。同時に、彼女の現状が心配になってしまった。必死に状況を説明する姿を見ていたら、このままじゃダメだって思っちゃった。わたしとオリビアが向き合っているこの状況は普通じゃない…それくらいはわかる。責めるより、怒りをぶつけるより、まずは話を聞かなきゃでしょって思っちゃったんだもん。お人好しで悪かったわね!
「わたしはあなたが結婚式の日にあらわれた瞬間からずっと、あなたと共にこの身体に存在していました。」
この世界に転生した...と思っていたあの時から、オリビアとは身体を共有していたということらしい。
「存在自体はかなり希薄で、ほとんどの時間を睡眠にとられていましたが、わたしの意識があるときはあなたのこころも声も行動もすべて共有していたと認識しております。」
”...???”
上品に告げられた真実に絶句した。
「えっ?それって知らない間に思いっきり私生活を除かれてたってこと?」
ここはパニックになったことに感謝しておこう。だって、どのあたりまでオリビアに認識されてるかなんて考えたくも、想像だってしたくない。なんか...だ丈夫だよね?お嬢さまを気絶させちゃうような案件、ないよね?なんて思ったのに本音はポロリとこぼれた。
「プライバシーなんてあったもんじゃないじゃない。」
「プライバシー?」
小声でつぶやいた言葉だったけれどオリビアは敏感に聞き取った。
「いいの、いいの、それはこっちの話。」
「はい。」
思わず飛び出した言葉に自分で苦笑いしてしまう。まさかこんな状況に陥って、おまけにプライバシーが皆無だったことに驚きすぎて、怒りたいんだか泣きたいんだかわからない。それでもオリビアもこの状況で自分と同じくらい困っているのはわかる。こうなったら面倒みるしかなくない?助けてあげたいじゃない?このままじゃダメだもん。わかってるわよ、もう一回言うわ。お人好しで悪かったわねっ!
「オリビア、あなたはどうしたいの?」
自然と質問が口をついて出た。頼子のストレートな質問にオリビアがうつむく。突然結婚が決まって、どうしようもなくて、逃げられないけど怖くて…葛藤したんだろうな...この世界では成人しているのかもしれないけど、まだ18歳だもの。
’なんとか...してあげたいよね。’
どこまで行ってもお人よしの自分に呆れながらも、人生最大のピンチに人のために動ける自分を、ちょっとだけ”やるじゃん”って思ったりした。
投稿ピッチをあげられればいいなと思っています。
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次回...一人の身体に二つの魂のムチャぶりはなんとかなるんでしょうか
↑他人事のように発言...してる場合じゃないですね...お楽しみにしていただければさいわいです。




