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喪女のわたしにどうしろと?~前世の記憶が戻ったのは結婚式の直前でした~  作者: Alicia Y. Norn


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5. 初夜のこと忘れてました...




 結婚式を終えて、披露宴のパーティーを終了すれば、当然その先に待っているのは’新婚初夜’だ。その事実に、今の今まで気づかなかったことを頼子は激しく後悔していた。


 「この、いかにもって格好…恥ずか死ぬ。」


 披露宴が終わりに近づいたころに、侍女に促されて私はパーティー会場から拉致…いえ、退席となった。そしてすぐに湯あみをさせられ、丁寧に髪も爪も身体もピカピカにされた。そして全身に香油を塗られて着せられたのが、’いかにも初夜です!’というエロかわいいナイトドレス。


 「中身はアラサー…この格好はさすがに痛いです。」


 自分の姿を見ることができればもう少し落ち着けるかもしれない。鏡に映る姿はあの淑女であるオリビア・ウェールズ…改めオリビア・エスコバルなのだ。でも、鏡がなければ頼子の感覚のままなのだから仕方ない。ごまかしてはいても、‘初夜’という言葉がぐるぐる回り、緊張が隠せない。


 ”あの辺境伯と初夜って...ジオさまとなんて...”


 オリビアは18歳だったはず。淑女教育の一環で‘初夜のなんたるか’は知っているかもしれないが、おそらく’旦那さまとなる方にお任せして’あたりで、知識としては止まっているだろう。しかし、くどいようだがオリビアの中身はアラサー女子。知らないというには年齢が行き過ぎている。くどいようですが、わたしは喪女アラサー…知識だけはあるの!知識だ・け・は!!!


 「拒否るって絶対無理よね。開き直る?ジオさまの気が変わることを祈ろうかしら...カタチだけの夜...とか?白い結婚だったりとかしないの?」


 たしか、白い結婚ならば寝所は別のハズ。そして’そういう営み’は契約上ないはずなのだ。一縷の望みをかけて自分を叱咤激励する。だって、中身別人のわたしが’そういうこと’しちゃダメな気がするのよ。ダメ…じゃないの?


 「随分と、表情が豊かだなオリビア。」


 突然、聞き覚えのある声が降ってきた。はじかれるように見上げると、すぐそばにジオのキレイな瞳があった。


 「君には残念なニュースになるだろうが、白い結婚ではないよ。」


 ナイトガウン姿に隠し切れない色香が漂う。


 「どこから、聞いていらしたのですか?」


 独り言を聞かれていたと知って、全身が熱くなる。


 「よくわからない言葉もあったが、わたしの気が変わることを祈るとか、カタチだけの夜とかあたりかな?」


 「申し訳ありません。」


 穴があったら入りたい...というか、自分で穴を掘るので埋めてくださいとでも言いたい心境だった。さいわい、拒否るは言語として認識されなかったらしい...よかった。理解できていたら不敬すぎてここから追い出されてしまうかもしれない。


 「君はこの結婚に納得できていないのかな?」


 「納得していないわけではありません。でも、どうしてエスコバル辺境伯さまとご縁があったのかわからなくて戸惑っているのは事実です。わたしは婚約破棄されたキズモノです。だからその事実が申し訳なくて...。」


 貴族社会において、婚約破棄された令嬢はたとえどんな理由があろうとキズモノなのだ。醜聞にさらされるのは女性だ。トーマスとの婚約破棄はスムーズにすべて終わった。侯爵家からの正式な謝罪も慰謝料でさえ驚くほどのスピードで届いた。謝罪に至っては侯爵夫妻が揃って伯爵家を訪れるという例外さえ作った。けれど、それでもこの手の醜聞は悪い噂として一人歩きしやすい。面白おかしく、社交の場で脚色されて、どこかで誰かの悪意を拾って大きくなっていく。そんなキズモノがエスコバル辺境伯と婚姻を結んだ。オリビアの記憶の中だけでも自分とジオが釣り合わないことがわかる。そのうえ、頼子の記憶の中には圧倒的人気の隠れキャラとしてのジオも存在するのだ。愛される、選ばれる自信など…あるはずがない。


 「君との結婚は、わたしが望んだんだ。」


 「えっ?」


 意外な言葉に驚いてジオを見つめる。


 「わたしは君がこの地に、わたしの伴侶にふさわしいと思ったんだ。」


 静かな落ち着いた声が心に直接響いてくる。安心させるような優しいまなざしは自分の戸惑いをゆっくりと溶かしてくれるようだった。


 「まずは呼び名を改めようか。わたしたちは今日、夫婦になった。わたしは君の夫なんだ、ジオと呼んでくれ。わたしも君をオリーと呼ぶよ。」


 ジオの優しい微笑みがもやを晴らしてくれた気がした。はっきりと自分を望んだと告げてくれた言葉を信じたいと思った。オリーと呼んだ声に自信のない小さな自分が包まれてそっと抱きしめられた感覚があった。


 「ジオさま?」


 「あぁ、わたしは君を望んで伴侶とした。それを忘れないでいてほしい。」


 艶やかな銀の髪がハラリと落ちてその美しさにくぎ付けになる。銀髪が流れ落ちたのは、ジオがそっと顔を近づけているからだということに一歩遅れて気がつくと、そっとあごを持ち上げらてジオの唇が重なる。


 ”あたたかい...。”


 重なるあたたかさに戸惑いが消えていく。ぐるぐると考えていたことは、すべてキレイに消えてしまった。そして淑女教育の’旦那さまとなる方にお任せして’という言葉は、確かに一理あるものだということをその夜、頼子は実体験したのだった。


>>>>>>>>>>>>>>><<<<<<<<<<<<<<<


 ‘オトセカ’はあくまで全年齢のゲームだ。だから知らなかったが、この世界では初夜は3日間続くんだそうだ。翌朝...と言っても、昼頃まで起きることができなかったオリビアは、目覚めてすぐにジオに湯あみに抱えていかれて話を聞かされた。正直に言えば、浴室にジオがいると言うだけでキャパオーバー...昨夜のことを思い出しては気を失いそうになっている...話など半分くらいが理解できていれば上等だろう。目のやり場に困っていると、ジオの身体の傷が目に入って無意識にその傷をなぞっていた。


 「気になるか?」


 「すみません。」


 「いや、かまわないよ。でも、見苦しいだろ。」


 「いえ。これはジオさまが大切な人たちを守った証です。見苦しいなどと思うはずがありません。」


 「君の言葉には、本当に救われる。」


 意外な言葉だった。


 「披露宴の時にも、オリーは中傷に真っ向から立ち向かってくれた。自分が周囲にどういわれているか知らないわけではなかったし、それに対して訂正や反論をすることをしてこなかったのは自分だ。そのしわ寄せをあなたが受けなければいけないことにあの瞬間まで気づくことができなかった。そんな不甲斐ない夫をあなたはちゃんと見てくれていた。嬉しかった。」


 「わたしは真実を告げただけですわ。ジオさまが優しいのも、自分がそれを知っていればいいというのもすべて本当のことですもの。」


 「わたしは本当に無口で無愛想なんだよ。結婚式当日まで君に会う機会もないまま、ろくに挨拶もしていなかった。なのに、出会ったばかりの君に’優しい’と言われて正直に言えば戸惑った。」


 「だって、キスが...」


 うつむいて小さな声で告げる。聞こえなかったようで、ジオが耳を寄せてくる。


 「ジオさまのキスはとても優しかった...から。」


 「昨夜もちゃんと優しくできていればよかったんだが。」


 思いがけない言葉だったのか、ジオの耳が赤くなった。


 「昨夜も、優しかったです。」

 

 「無理をさせた自覚はあるんだ。」


 互いになんだか照れくさくなってそれぞれ違う方へと顔をうつむける。


 「優しさは届いてました。気遣ってくれている言葉も仕草も...わたしは本当にあなたと結婚出来て良かったと思いました。」


 気持ちを届けたくてジオの顔を見て告げる。しあわせが身体中を埋め尽くすという感覚を昨夜、初めて知った。痛みも苦しさもあったけれど、それ以上の幸福感だった。あれほどのあたたかさをわたしは知らない。結婚式で涙を流した時もしあわせだと思った。でも、それ以上のしあわせをジオが教えてくれた。夢や妄想かもしれないなんて考えられないほどの現実で、このしあわせこそが本物であってほしいとそう思った。


 「わたしは、ジオさまにしあわせを教えていただきました。わたしがジオさまにできることは少ないかもしれないですが、わたしもジオさまにしあわせを届けたいと思っています。」


 「オリー。」


 そっと後ろから抱きしめられた。たくましい腕の中で、やはりあたたかなぬくもりにしあわせを胸いっぱい感じるのだった。


>>>>>>>>>>>>>>><<<<<<<<<<<<<<<


 辺境の領地は広大だ。ジオの仕事はその領地の管理と魔獣制圧。同時に隣国との外交および牽制も担っている。初夜の3日間が過ぎても二人の蜜月は続いていたが、頼子がオリビアとして生きる覚悟を決めて最初にしたことが、辺境伯夫人としての教育を受けることだった。領地業務のすべては無理だとしても、前世の経験を生かして、いくつかの実務をこなせる自信はあったからだ。


 「奥さま、すばらしいです。」


 家令のギルバートが満足そうに微笑む。


 「ギルバートの教え方が上手だからですわ。」


 エスコバル領の軍事の歴史と領地経営の収支の講義を終えた家令の反応に頼子はホッとしていた。あの初夜のあと、現時点でのオリビアの世界を現世とし、高瀬頼子としての世界を前世と認識することを決め、この数週間で、できる限り領地のことを学んだ。そうしてわかったことは、思考や好みはすべて頼子としての感覚に作用され、実務能力も前世の頼子のスキルがそのまま残っているようだということだった。所作と言葉遣いはどうやらオリビアであったころの淑女教育に基づいて身体が動いているようで、辺境伯夫人としてのマナーはジオからお墨付きをもらった。


 ”ある意味、いいとこどりなのよね。”


 まだまだ慣れないことだらけではあるが、ジオの役に立ちたいと思って努力するのは苦にならなかった。でも、精力的に領地経営に関わり、実務を覚えて夢中で仕事をしていた頼子は、肝心なことを忘れていた。身体は元・伯爵令嬢オリビアのものなのだ。見えない疲労を重ね、思う以上に負担をかけていた身体は、突然機能することをやめた。


 「オリビア!」


 ジオの慌てて呼ぶ声が聞こえる。それでもその声が遠くなり頼子は意識を手放した。限界を超えたオリビアの身体は高熱を出して倒れてしまったのだ。

 

もう少し甘い内容にしたかったのですが...力不足としか言いようがありません。

表現力の限界を感じました...

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