3. ついに対面: わたしの旦那さま
語り手の混乱が、そのまま文章の混乱になっているかもしれません...
読みづらかったらごめんなさい。
バージンロードを歩きながら考え事をする新婦など、聞いたことも見たこともない。とはいえ、結婚するのはオリビアであって、高瀬頼子ではない。言い訳すれば、別人格が考え事をしていたいただけなのだから、新婦本人が考え事をしていたわけではない。あぁ、ホントにただの言い訳だ…。ほんの少し前、扉の前でオリビアの父、ジェームス・ウェールズはウエディングドレス姿の娘を見て涙を浮かべていた。オリビアでないことに罪悪感を感じながらも、いまだに思い出せない旦那さまの名前と、オトセカの登場人物で可能性のありそうな旦那さま候補のことを考えていたら、不覚にも自分のあの出来事を思い出してしまったのだ。罰が当たったのかもしれない。
「オリビア。」
テノールの素敵な父の声がオリビアの名を呼んだ。どうやら考え事をしている間に祭壇の前に到着してしまったらしい。ベールの向こうに見えた長身の男性に見覚えは…ない。いよいよ本格的に焦る。
「エスコバル辺境伯、娘を頼みます。」
父にそっと手を取られ、ピシッとお辞儀をしたイケメンが、父から私の手を預り受ける。
”お父さま、さすがです!今、わたしが一番欲しい、いや今、わたしが一番必要な情報をありがとうございます。わたしの旦那さまになる方はエスコバル辺境伯って言うのね…エスコバル…エスコバル…エスコバル辺境伯…!!!”
頭のなかでカチャカチャとデータを分析する大きな音がする。
”ジオヴァンニ・エスコバル辺境伯。それって、オトセカの隠れキャラじゃない!”
このタイミングで効果音を鳴らしていいなら、間違いなく重要な事実を告げる特大のベル音がここで鳴り響いたに違いない。ベールでハッキリとは見えないが、長身にきれいな銀髪を一つに束ね、直視できないほどの端正な顔がすぐ近くにあるのはわかった。ハッキリ見えなくったって、イケメンオーラはわかるもの。これ、ベールがなければわたしの目は見えないくらい光っているに違いないのよ。
エスコバル辺境伯、通称ジオは、もともとモブキャラとして’オトセカ’のスチルに登場しただけの人物だった。あまりのビジュアルの良さに、ユーザーからの問い合わせが殺到したために脇役に出世。そして、脇役としてイベントストーリーでデビューするやいないや、瞬く間にファンを増やし、その多くの熱心なファンの強い要望にこたえる形で、運営に隠れキャラとして追加された攻略キャラだ。モブキャラから大出世街道をまっしぐらに突き進んだ超イケメン・クールキャラ...それがジオヴァン二・エスコバルなのだ。かく言うわたしも、配信日を心待ちにしていたファンの一人である。
「大丈夫か?」
幻の隠れキャラが目の前で動いていることに、驚きと戸惑いと変な興奮で動けずにいると、小さな声で話しかけられた。
”イケボ、いただきました~”
喪女には刺激が強すぎます。危うく変なテンションになりそうだったけれど、今わたしは伯爵令嬢オリビアなのだ。変なことは言えないしできない。
「すみません。緊張してしまって…」
などともっともらしい言い訳をしてその場をしのぐ。覗き込んできた夜の色をした瞳がとてもきれいで見とれてしまう。ホントにこの人と結婚しちゃっていいんでしょうか?断れないし、逃げられないから結婚するんだけど、この状況に流されていいの?やっぱり夢だったりする?圧倒的な顔面偏差値にもはや思考はまともに機能していない。
「君のペースでいい。今日の主役は君だからな。」
”あんなことがあったから、現実逃避してこんな夢見てるのかもしれないな..前世の記憶とか言っちゃって、痛いなぁ自分。”
ジオはどこまでも優しい…変なタイミングであんなことを思い出したから、この優しさがひどく痛い。自分のいる世界がどこなのかわからないけれど、ジオの手を軽く握り返して結婚式を取り仕切る司祭様の前までゆっくりと歩み寄る。転生だとか二重人格だとか記憶がないとか、ぶっちゃけこれは自分の妄想なのかもしれないんだけど、もろもろの問題はとりあえず考えないことにした。オリビア・ウェールズとして嫁ぐことは決定なのだ。中身がこんな喪女なのは申し訳ないけれど、ジオとの結婚は避けられないのだから受け入れるしかない。粛々と結婚式が進んでいくなかで、葛藤を静めてこれからのことを考えてみる。オリビアとして周囲に認識されている以上、オリビアであることをやめるのは無理だろう。だとすれば、彼女らしく振舞う努力をするのが自分にできる最低限の行動のような気がした。自信は皆無だけれど、努力ならできる。
「ジオヴァン二・エスコバル、あなたはオリビア・ウェールズを妻とし、病めるときも健やかなるときもこれを愛し慈しみ、生涯を共にすることを誓いますか?」
「はい、誓います。」
最大限の努力をすると決めたとき、導かれるようにジオの誓いの言葉が聞こえてきた。
「オリビア・ウェールズ、あなたはジオヴァン二・エスコバルの妻として、夫を支え病めるときも健やかなるときもこれを愛し慈しみ、生涯をかけてこの宣誓を守り抜くことを誓いますか?」
「はい、誓います。」
少なくともこの誓いの言葉は、自分の心からの宣言だ。嘘を言わずに済んだことに少しだけホッとした。
「神の祝福のもとに、これよりこの二人を夫婦と認め、この誓いを守る限り生涯の多幸を約束します。」
結婚式のクライマックス、誓いの言葉はジオに倣って告げただけだけれど、どうやらそれでよかったらしい。どうやら無事に結婚式を終えられそうだ。そう安堵したのもつかの間…司祭様の言葉が響いた。
「それではここで二人の誓いの口づけをもって誓約の儀を完結する。」
”クライマックスは誓いの言葉じゃなかった!結婚式=誓いの口づけ…忘れてた。どうするの?コレ、どうすればいいの?”
ひとりであたふたしている間に、ベールがあげられる。
”キス!キスなんて無理~”
再びパニックに陥るけれど、この場でジオの端正な顔がゆっくりと近づいてくることを止めるなんてできるはずはない。仕方がない。こうなれば未経験の喪女でもわかる口づけのルール第一項、’口づけの時は目を閉じるべし!’を実行するのだ。近くにいた大司教様と近づいてくるジオは驚いたんじゃないんだろうかと思えるくらい、わたしはギュッと固く目を閉じた。フッと少しだけ誰かが笑った気配を感じたけれど、そんな気配が瞬く間に空の彼方に飛んでいく衝撃的な口づけの感覚に、わたしはあっという間に支配されて何を考えているのかもわからなくなってしまった。
唇にふれたジオのぬくもりが、やっぱり痛い。唇がふれてあたりがゆっくりとまぶしくなった感覚があったけれど、固く閉じられた目は自然と緩み、息をすることさえ忘れてジオのぬくもりを感じていた。遠くに周囲のどよめきが聞こえた。永遠に思える口づけは、ジオの優しさそのものだった。
”ファーストキスがこの人で良かった。”
アラサーですが、こちとら筋金入りの喪女。頭でっかちでも未経験なのだ。そんなふうに毒づく余裕もなく、ゆっくりと触れてくる唇のぬくもりに胸が痛くなって、痛くて痛くてたまらなくなって、気がつくとなにか暖かいものが頬を伝った。永遠の一瞬を終えて、ジオが指で頬にこぼれた涙をぬぐう。
”そっか、わたし泣いたんだ。”
どんなにごまかして笑って見せても、好きな人と思いあうチャンスを逃した自分が、こうして別の女性の中に生きて結婚した。どんな人かは思い出せないけれど、気遣ってくれる優しさを持つこの人に触れて、その痛みが涙になってあふれたんだろう。そして、自覚したのだ。私はもう高瀬頼子じゃなく、オリビア・ウェールズなのだと…。
ジオが私の手を取り、そっと自分の肘に寄せると会場をゆっくりと見まわし、最後に私と目を合わせる。無表情だが見つめる瞳が暖かい。目は口ほどにものを言うのだ。わずかに肘を動かし、無言のまま移動することを知らせてくれる。
ジオが踏み出す一歩は少し浅め。ここでも私を気遣ってくれている。その歩幅に合わせて、私も一歩を踏み出す。こうして彼氏いない歴=年齢の筋金入り喪女アラサー高瀬頼子だった私は、異世界でオリビア・ウェールズとなり、イケメン辺境伯夫人となった。これが自分の夢や妄想じゃなければね...。




