番外編:クリスマスの奇跡・後編――しあわせのカタチ
同じ女性を愛した二人の男――
異世界の元・旦那さまと現世の現・旦那さまがついに対面する。
クリスマスの奇跡はいったい何を運んでくれるのだろうか……。
「オリ。」
扉にあらわれた彼に、ゆっくりと焦点が合う。
ジオの瞳が、ゆっくりとわたしをとらえる。
まるで、あの時の時間を巻き戻しているかのように、戸惑いと驚きが混ざった視線で――でも、その奥には忘れることのできなかった、確かな温かさが残っていた。
「頼子……」
別れの時に、初めて名前を呼ばれた――あの時と同じ、優しい声だ。
「久しぶりね、ジオ。」
上手く笑えただろうか……最後に交わしたのが『最高にかっこ悪い告白』しかも『言い逃げ』だったのだから、気まずさもある。
多分、笑顔というよりは苦笑いだったかもしれない。
それでも、もう一度会えた――これこそが奇跡だと思った。
***
頼子が過ごした異世界を、初めてこの目で見ることができたことに、彰は少なからず興奮していた。
話でしか知らなかった、オリビアという女性……伯爵家出身の、辺境伯夫人。
そして、思考が現実に追いつけていない絶妙なタイミングで、彼――ジオヴァン二・エスコバル辺境伯――頼子の異世界の夫、いや、元・夫が現れた。
どこか夢物語のような異世界の話が、確固たる現実として目の前に突き付けられる。
ずきっ
鈍い痛みには気づかないフリをする。
「二人がどうなったかは、やっぱり気になる……かな。」
この言葉は、頼子の本音だろう。
エスコバル夫妻が寄り添う姿を見つめる頼子の瞳には、安堵の色がうかがえる。
それは彰にとっても喜ばしいことだった。
それでも、「ジオ」と呼ぶ声に優しさが滲むのが気に入らない。
いや、俺は夫だぞ!現役バリバリ、現在進行形だ!!
誰にも悟られないように、負の感情を振り落とす。
けれど――目の前で笑っているのは、長身、イケメンのハイスペックお貴族さま。
二人は、自分が想像していたよりずっと、頼子を大切に思い感謝している。
その姿に、心の底から喜びを感じた。
でも同時に、この元・夫の視線に、瞳に、笑顔に、どうしようもなくモヤッとする。
***
「久しぶりね、ジオ。」
信じられない気持ちのまま、光の中に失った黒髪の女性――高瀬頼子が今、目の前で笑っている。
「わたしを認めてくれて嬉しかった。たくさんの思い出をありがとう。そして、ごめんなさい。わたし...あなたを愛してた。」
彼女が消えた後、最後に聞いた言葉を、何度思い返しただろう。
信じられない告白に、戸惑っているうちに消えてしまった女性は、確かに自分の心に存在した。
「元気そうで何よりだ。」
ごめんね……ごめんなさい。そんな言葉ばかりを繰り返させたあの夜、自分は彼女を傷つけただけだった気がした。もう一度、会うことができるなんて想像もしていなかった。まして、笑ってもらえるなんて……。
オリビアと二人、何度も語り合った頼子との思い出のおかげで、自分の中の彼女は、鮮やかなままだ。
凛とした姿、そして……自分だけが知っているはずの扇情的な姿。
その頼子の側に、頼子と同じ髪色の男性を見つけたのは、すぐ後だった。
「こちら、わたしの夫の河野彰です。彰が名前ね。」
当然、貴族ではないその男性は、腰を折って礼をする。
それにならって、こちらも略式の礼をとる。
「初めまして、ジオヴァン二・エスコバルです。」
握手する彰の手に力が入っている。その事実に、僅かな優越感を感じ握手を返した。
けれど、それは自分が気づいていないだけで、頼子とオリビアの目には互いにけん制し合う、なんとも滑稽な姿に見えたと、あとでオリビアから聞かされることになった。
***
頼子にとっては数年ぶり、オリビアとジオにしてみれば十年ぶりの再会。
話に花が咲いているのは当然だ。身の置き場がなくて、彰は少し疎外感を感じていた。
そんな彰の手に、そっと頼子の手のひらが重なる。
「どうした?」
自分を想って重ねてくれたとわかっていながら、二人の姿を見るのは、やはり辛いのかもと思う。
「なんか、二人にあてられちゃって。」
嘘のない笑顔が返ってくる。
「お二人も仲が良いのですね。」
手をつないだ二人に気づいたオリビアが彰に話しかける。
「オリ、二人はまだ新婚だろ?」
「そうでしたね。」
見つめ合い、微笑み合う二人は、十年経っても変わらず仲のいい夫婦のようだ。
「頼子は、ずっとお二人を気にかけていたのですよ。」
彰の言葉に、なぜかオリビアが頬を染める。
「頼子姉さまには、本当にお世話になりました。」
「そうだな、頼子が……いや、彰殿の妻がいてくれたからこそ、わたしたちが本物の夫婦になれた。」
一瞬、意味が分からず困惑する。けれど、頼子の赤い顔を見て思い出したくない事実を思い出す。
ジオは頼子の夫だったのだ――身体はオリビアであっても、結婚式の夜にジオと共に過ごしたのは、頼子なのだ。
「ずっと、伝えたかったことがあるんだ。」
銀髪のイケメンが、真顔で頼子に向き合う。
「わたしはあの時、確かに君を愛していたよ。」
「なっ!」
飛び掛かりそうになる彰の手をぎゅっと握って、頼子がそれを制止する。
「あなたの気持ちが聞けるとは思っていなかった。」
頼子が儚げに笑う。
「ありがとう。」
答えのわからない『もしも……』を繰り返すのは、心を疲弊させる。頼子の感謝の言葉に、彰は少し安心した。
***
面白いもので、ここ辺境伯領にも雪は降るらしい。
美しい銀世界の中で、ヨリとニコラスの剣術稽古を見つけた彰が、好奇心に負けて参加する。
「彰さま、違います。こうですよ。」
ヨリは彰の剣の持ち方を指導している。
「いや、俺はこっちの方が慣れてるから、こんな感じで……ダメか?」
「かまいませんが、面白いですね。」
「ま、俺の知ってる剣術ってことで。」
「彰さまも、剣術をなさっているのですか?」
ヨリの声が弾む。
彰は剣道三段だったはず。
嬉しそうに剣を突き合わせて向き合う二人に苦笑いする。
「彰殿は剣の心得が?」
ジオがそっと横に立つ。
「わたしたちの国の剣術をやっていたと聞いたことはあるけれど、強いのかしら?」
ジオに笑いかける。彰が弱いとは思わない。でも、辺境の地でならう剣術は、実践を意識したものだ。その剣技の筋がいいというなら、当然実力はあるだろう。
勝負なんか始めっちゃって、大丈夫なのかな?
剣を打ち合う音が庭に響き渡る。当たり前ではあるけれど、間合いだけを見れば彰の方が断然有利だ。でも、ヨリは身軽なことを利用して、彰の太刀筋をうまくよけている。
「やぁ!」
ヨリの大きな声が響き、彰の剣が弾き飛ばされた。
「兄さま、流石です。」
ニコラスが嬉しそうにヨリに抱き着く。
「お兄さま、今のは勝負には勝っても、試合ならば、お兄さまの負けですわ。」
ソフィアが彰の前に立ち、ヨリを睨んでいる。
ニコラスは、兄と姉の顔を交互に見ながら、言葉の意味を理解しようとしている。
「すみません……試合の禁じ手を使いました。」
ヨリが素直に頭を下げる。
「いや、気迫もスピードも俺とは段違いだ。毎日欠かさず稽古をしているんだな。」
彰の言葉に、ヨリが少し頬を赤らめる。
「ソフィア嬢、ありがとう。」
彰が学んだばかりの貴族式の礼を尽くす。
ソフィアもそれに頬を赤らめた。
「人心を掌握するのに、長けている人のようだな。」
子供たち二人の心をあっという間につかんだ彰に、ジオが嬉しそうに微笑む。
「素敵な殿方だ。」
「あれがあの人の自然体なの。負けず嫌いだけど、負けることを恐れないし抗わない。どんな結果も受け入れて未来を見つめてる。」
「幸せなんだな。」
「……あの人がいてくれて、良かったって……心からそう思ってるの。」
ジオの温かい視線を感じる。
「君が幸せで良かった。」
わたしたちの間に、それ以上の言葉はいらなかった。
目の前は、いつの間にか雪合戦の戦場と化していた。ヨリとニコラスは彰を標的にしているようだ。
「ここは、二対二で勝負よ!」
ジオの隣に立つのが、なんだか少し照れくさくて、雪合戦のど真ん中に立つ。
「ちょっ、子供相手に本気でやるのか!?」
焦ったように笑う彰に堂々と忠告する。
「何言ってるの。ここは辺境の地。ヨリはいずれこの地の領主になる辺境伯の嫡男よ。わたしたちが頑張ったって、勝てる見込みの方が少ないんだから。」
「よし、それなら。」
彰が手を取って、突然木陰まで走り出す。
「作戦、たてなきゃだろ。」
にやりと彰が笑うと同時にヨリの声がする。
「ニコラス、今です。」
いつの間にか、隠れたはずの木の近くまで来ていたニコラスが、満面の笑みで雪玉を真上に投げる。
どさっ
木の枝に積もっていた雪が、投げられた雪玉に弾かれて一気に落ちてきた。
「うわっ!」
「つめたっ!!」
わたしと彰が同時に声をあげる。
「彰さま、分が悪いですわ。お兄さまは、戦術の座学が剣術よりも得意ですの。」
雪まみれになったわたしたちの近くまで歩いてきたソフィアが、そう教えてくれた。
「辺境伯家、恐るべし……。」
彰のつぶやきに、わたしは思わず大笑いした。
***
静かな夜に、暖炉の中で小枝が弾ける音がする。
すっかり日は落ちて、窓の外は静寂な深い闇に包まれている。
子供たちと挨拶を済ませ、ダイニングに足を運んだ。
夕食に招待されたからだ。
「頼子姉さまは、本当にこの領地に多くの功績を残してくれました。」
オリビアが穏やかに告げる。
「とても彼女らしい。俺はこの世界で前を向いた、そんな頼子を誇らしく思います。」
彰が頼子を見て胸を張る。
「あなたが、彼女を選んでくれたことに、感謝します。」
ジオの言葉に、彰の表情が曇る。
「あら、違うわよジオ。わたしが彼を選んだの。」
彰が驚いたようにわたしを見る。
「誰よりも優しくて、真っすぐで……わたしを丸ごと受け入れてくれた。わたしが笑っていられるのは、彰がそばにいてくれるからなの。」
彰を見つめる。
「……俺にも、お前だけだからな。」
真っ赤になって、わたしにだけ聞こえるようにつぶやいたその声は、とても嬉しそうだった。
***
クリスマス。
神さまが言ったように、わたしたちは日付をまたぐことなく現世に帰ってきた。
今度はちゃんと別れを告げて――
わざとこたつに横並びになって、彰の腕をギュッと抱きしめる。
その手をほどいて、彰がそっとわたしの肩を抱く。
「頼子、俺はお前を幸せにできてるか?」
「彰といられることが幸せなんだよ。」
ふと耳元で囁いた彰に、笑いかける。
「ジオといるよりも?」
冗談交じりの、でも少しだけ本気の声。
「どうかなぁ」
「えっ?」
しんみりと、なんて似合わない。
「嘘だよ。彰じゃなきゃ、こんなふうに幸せだなって思えない。」
ちゃんと実感してほしくて、彰を真正面から見つめる。
「異世界の生活があって、彰を愛してたことも、彰とだからほしい未来が分かったの。」
そこまで告げて、どうしても引っかかっていたことを聞いた。
「でも……そういうのって、やっぱり卑怯だったりする?」
いつだって、わたしは彰の優しさに甘えてきた。
彰はどんなわたしでも許してくれる。だけど、彰にとって本当にいい選択だったのか不安になる。
「いや、俺が嫉妬してるだけ。」
何でもないことのように、彰が笑う。
「ジオに?」
「あぁ、相手は勝ち組貴族様だぜ?」
やっぱり気づかれてしまったようだ。彰がわたしの不安を押し流すように笑い飛ばす。
「だから何?彰はここにしかいないでしょ?」
その笑顔に、唯一無二の存在を感じる。
「幸せになろうな。」
それ以上は言葉にならなくて、彰の頬にそっと口づけた。
わたしたちも、きっとあの二人みたいに……うん、あの二人以上に幸せになれる。
閉めきった暖かい部屋に、僅かに風が流れた気がした。
――おかえり。楽しめて良かったね。
そんな声が聞こえてきそうだった。
お読みいただきありがとうございました。
この物語が完結してからしばらく経ちますが、
こうして番外編を書くことができて、とても嬉しく思います。
頼子をめぐり、複雑な関係が勃発するのかと思いきや――
男性陣、いい男過ぎますw
しあわせのカタチは人それぞれですが、
その根底には、『自分と大切な人の幸せを願う真っ直ぐな気持ち』がある。
そんな思いを込めて書きました。
ブクマ・感想・リアクション、どれもとても励みになっています。
いつもありがとうございます。
実は今回、最新作の方もクリスマスに合わせて番外編を公開しています。
「この恋が叶わないなら、消えてしまえばいい~そう願ったら、イケオジ王弟の過保護マックス溺愛攻撃が始まりました~」
興味がある方は、ぜひそちらの方も覗いていただけたら嬉しいです。
そして、もう一つ(ワクワクの予告もw)
次回作ですが――
少し作風を変え、初のR15になる予定です。
戦闘シーンに、三角関係……これまでとは少し違う作品になりそうです。
まだ、公開予定までには時間がかかりそうですが、読んでいただければ嬉しく思います。
みなさまと、またご縁がありますように……
メリークリスマス!




