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15. そして未来はつながっていく

頼子が去ったあとのオリビアとジオ…

そして、さつきが去ったあとの頼子と彰のお話です。

行ったり来たりします…。





 突然現れて突然消えていった頼子という女性のことを理解しきれずに茫然自失となっていたジオの前で、光を失ったオリビアが倒れこんだ。慌てて妻を支えると、彼女は安らかに眠っていた。


 頼子がこの世界から去ったあとしばらくの間、オリビアが目覚めることはなかった。周囲には”疲れから体調不良になり療養中だ”ということにした。眠り続けるオリビアを前に、ジオは頼子との会話を幾度となく思い返していた。そして三日後…目覚めたオリビアに、頼子から真実を告げられたことやオリビアと体を共有していたこと、頼子がそれらの事実を告白して光の中に消えていったことを知らせた。


 「お姉さまは行ってしまわれたのですね。」


 オリビアは少しだけ悲しそうな顔をしたがすぐに顔をあげた。


 「ジオ、わたしの話を聞いていただけますか?頼子お姉さまへのせめてもの贖罪にあなたにはわたしからも真実を告げなければなりません。」


 真っすぐにジオを見つめる強い瞳は、披露宴でジオが美しいと思った美しい姿に似ていた。その姿に、ジオは自分が愛していたのが本当は誰だったのか、自分が今も愛しているのが誰なのかを知る必要があると思った。


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 「あなたが話してくれた披露宴でのわたしは、頼子姉さまで間違いないわ。」


 まるで自分のことを褒められたかのように嬉しそうに笑いながら、オリビアがジオに告げる。ジオが初めてオリビアを見た…美しいと思った…あの結婚式の日の彼女は、頼子だった。悪意に対して真正面から向き合い、自分を褒め慕い、悪意から守ろうとしているとさえ感じたあの凛としたオリビアは、頼子の強さだったのだ。


 「けれど、先ほどの凛とした君の姿は、あの時のままだったよ。」


 ジオが苦笑いする。面影を重ねてしまうほど美しい姿を見せた妻は、あの時と同じ人物に思えてならなかったからだ。


 「わたしが今、強く見えるのであれば、それは頼子姉さまのおかげです。お姉さまが、わたしのあるべき姿を指し示してくれた。辺境伯夫人として何を優先すべきで、あなたとの関係を良好に築いていくために何をすべきなのか…すべてお姉さまが導いてくれたんです。」


 オリビアが優しく微笑んだ。

 

 「お姉さま、素敵な人だったでしょ?」


 そう言って月明りの中で笑ったオリビアはたとえようもなく美しかった。夫がほかの女性の話をしているにもかかわらず、冷静で、何もかもわかっているような微笑みだった。「素敵な人」その一言で、信じられないと思えたことすべてが現実であること、頼子が告げたようにオリビアも彼女の存在を認識していたことが本当であったと証明された。


 だからと言って、さすがにオリビアに確認はとれずにいたが、あの披露宴での見せた強さとは対照的に愛らしいと思ったあの初夜のオリビアも、頼子であったのだろうとジオは自然と理解した。そう告げた彼女の言葉を信じるだけの理由ができてしまったからだ。


 オリビアにとって頼子という女性は特別で、姉と慕うほどであったということは、もはや否定しようのない事実だが、頼子が残したのはそれだけではなかった。辺境伯領家のインフラ事業は、やはりほとんどが頼子の功績だったのだ。領地改革として行われた数々の提案は、頼子が去ってからも莫大な利益を上げ領民の生活を格段に向上させた。外交での功績、国境警備における防衛策の改定案も頼子の考えが大きく反映されている。頼子が去っても、領地や王都に残した数々の政策の中にその彼女の優しさや強さを垣間見ることができ、それは彼女自身の面影としてジオの心にも残っていった。


 自分が最も愛する妻オリビアは、時折、頼子と過ごした時間のこと、頼子の考え方、そして彼女自身の人となりを教えてくれた。あの日、目の前には確かに妻とは違う女性がいた。光の中に消えていく姿は、この世界とは違う場所へと帰っていくのだろうと思わせるには十分に神秘的な姿だった。二度と会うことができない女性…存在していたことさえ知らずにいたが、オリビアが語る…自分が思い出すそれぞれのシーンで気づかされる頼子という女性を、ジオは確かに愛おしいと思った。いまさら告げる術を持たないが、大切に感じていた気持ちに気づいてしまえばそれはもう、否定しようのない愛だった。


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 「ホント、さつきちゃんは相変わらずね。」


 軽くウインクして病室を去ったさつきの後姿を見送って、頼子がそうつぶやいた。その言葉を聞き取ったのか、わざと知らないフリをしたのか、彰が頼子にそっと近づくとベットのすぐ隣に立った。


 「毎日、来られなくてごめん。約束したのにな。」

 「そんな約束、してたっけ?」


 頼子は、深刻になりたくなくておどけてみせる。

 

「どうしても、やっておきたかったことがあったんだ。」


 せっかく、明るく茶化してみたのに、一瞬で空気が変わる。彰の真剣な表情に、これ以上、彼の言葉を遮ることはできないと思った。どんな言葉でも覚悟しよう。どんな結論でも受け入れよう。軽く瞬きをして、頼子も彰をまっすぐ見つめ返す。


 「高瀬に叱られて、動揺していたとはいえ自分がいかに無責任なことをしたのか痛感した。だから、この3日間で、迷惑をかけた取引先すべてに謝罪をしてきた。それができてからじゃなきゃ、高瀬に会う資格はないって思った。」

 「そんなこと...」

 「けじめが必要だったんだ。口実ともいうが...。」

 「ホント、真面目ね。」


 あっという間にいつもの二人の雰囲気になった。頼子はやはりこの空気感が好きだと思った。目の前でうつむく彰を好きだという気持ちを疑う理由はやっぱりなかった。


 「高瀬、俺の話を聞いてくれるか。腹を立ててるかもしれないし、あきれてるかもしれないが、もう一度、ちゃんと話したい。」


 窓から心地よい風が届く。


 「座って。私もちゃんと聞きたい。」


 椅子を勧めながら微笑む頼子に、彰は見惚れて返事が一瞬遅れた。


 「ありがとう。」


 彰は我に返って、付き添いでずっと座っていたベット脇の小さな椅子に腰かけた。ゆっくりと静かに息を吸うと頼子を見つめながら話を切り出した。


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 「高瀬の目が覚めた日、高瀬が俺に何があったかを教えてくれたあの日、俺は高瀬の話を聞いて驚いて、何も言えずに家に帰って、すぐにまた後悔したんだ。」


 何か思うところがあったのだろう…彰は最後まで頼子を見ながら言葉を紡げずにうつむいた。


 「友人でいられる心地よさに甘えて、高瀬との友人関係を壊したくなくて…でもそんな言い訳をして、高瀬に決定的にフラれるのが怖くて、冗談交じりな告白を続けてた。高瀬が時々困った顔をすることに気づいていても、拒絶されていないんだからと都合よく中途半端な態度を続けている自分から目を背けていたんだ。そんな心の隙に、渡辺さんがサッと入り込んできて逃げられない状況になった。俺は生涯を共にしたいと思う女性以外を抱くことはしないと決めていたから、渡辺さんとそういう関係なったと思って彼女に関係をはっきりさせたいと言われたとき、これが俺の人生なんだと覚悟を決めたんだ。」


 目を合わせることはなかったけれど、彰の声と口調から誠実に向き合った結果の答えだったと伺いとれた。所々、あとからわかった事実が混ざって少しだけ話が複雑になっていることもわかる。それでも、あの時の彰の決断は、勢いではなく熟考の結果だと…ある意味、彰らしい決断だったと頼子は思った。


 「高瀬の親友だという中塚さんから電話があった日、真っ先に俺の中に浮かんだのは後悔だった。高瀬を思っている以上、誰のアプローチにも動かないと言った自分の言動を裏切ってしまった後悔。高瀬に結婚のことを知られてしまったという後悔。告げられた言葉を鵜吞みにして、結婚を決めたことに対しての後悔。嘘かもしれないと知らされるだけで動揺するのに、抱いたという言葉だけを理由に別の女性(ひと)と結婚しようとしている後悔。いろんな後悔が一気に押し寄せて、大事な人生の岐路で俺は間違ったんだって思った。」


 悲痛な表情は見えなくても聞こえるものなんだな…と頼子は思った。後悔している彰の顔が浮かぶほど、一言一言に重みがあった。


 「同時に、そう考える自分を最低だとも思った。あの夜、渡辺さんには嘘は知らされなかったし、それよりも信じられないことを聞いた気がしてから、気持ちに整理をつけたくて高瀬に会いに行ったんだ。俺の都合で…俺の自分勝手な理由で高瀬を呼び出した。でも…そのせいで高瀬があんなことになるなんて思わなかったんだ。」


 ’あんなこと’とは、おそらく事故のことだろう。確かに呼び出した直後に事故にあって意識不明なんて、最悪だろうな…と頼子は苦笑いした。彰が責任を感じないはずがない。


 「でも、意識のない高瀬の無事を祈りながら、俺はアノ時の会話を何度も思い出したんだ。高瀬が俺のことを好きだと言ってくれた。本当は両思いだったんだって…。」

 「ごめんなさい。事故になんてあったから、余計に負担をかけちゃったよね。」

 「違う!」


 感極まった声でそう叫ぶと、彰が頼子を見つめた。


 「俺はセカンドチャンスが欲しいと思ったんだ。高瀬をあきらめないでいられる理由ができたとそう思った。自分に課した約束に囚われて自分の気持ちも高瀬の気持ちも、もちろん渡辺さんの気持ちもないがしろにしていた。それで誰かを幸せにできるなんて傲慢にも思っていた自分に腹がった。」


 食い入るような瞳というものが、こういうものなんだと頼子は初めて実感した。彰の瞳には確かな決意と覚悟が見えた。でも、ひょっとしたら…ジオに真実を告げたときの頼子と同じ力を持った眼差しだったかもしれない。


 「その真面目さも、河野くんの良さじゃない。」


 圧倒されながらも本音を告げた。自分の決意を曲げないところも、向き合うと決めたことにまっすぐなところも、頼子が彰を好ましいと思う長所だ。


 「高瀬に付き添いたくて会社を辞めたときに渡辺さんとちゃんと話した。そして、真実を知った。驚いたけれど、それが自分の甘さだとも思った。」


 告げようと思っていたことを言い切ったのか、彰が一度、大きく息をついた。緊張が少しほどけて頼子もホッとする。


 「なぁ、高瀬。」


 彰の優しい瞳につかまる。静かな風が彰の前髪を揺らして時間がゆっくり流れているような感覚に陥る。


 「俺はやっぱり高瀬が好きだ。俺と結婚、してくれないか。」

 

 

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 「お母さま。」


 オリビアのもとにジオよりは少し濃い、黒に近い瞳の色でオリビアと同じ髪の色をもつ小さな男の子がやってきた。


 「ヨリ、どうしたの?」


 オリビアの顔はすっかり母の顔だ。頼子が旅立ってすぐ、オリビアの懐妊がわかった。王都への道のりで体調を崩したのは、馬車酔いではなく、妊娠の初期症状だったのだ。3日間、目覚めることがなかったのも、あながち頼子が去ったためだけではなく、本当に疲労だったのだろう。体調が落ち着き安定期に入るとオリビアは通常業務をこなしながら出産に向けて準備をはじめた。里帰りできないオリビアのために、ウェールズ家からは伯爵夫人が出産サポートのために侍女を連れて滞在してくれた。それでも戸惑うときや、迷うとき、不安なときにオリビアは少し遠くを見つめる。自分の中の自分と対話...いや、おそらく記憶の中の頼子と対話しているのだろうとジオはわかっていた。


 「オリビア。」


 ジオが優しくオリビアとヨリを抱き寄せる。


 頼子が去ってからも、二人はよく頼子の思い出を語り合った。共通して存在するかけがえのない友人を思い出すその時間は、夫妻にとってとても特別だった。そうして二度と会うことのない大切な友人を慈しむように、どことなく頼子の面影のあるヨリを大切に育てた。家族が増え、時が過ぎようと、幻のような一年に満たないあの時間は、何年たっても色あせることなく、辺境伯領地に根付いた領地経営とともに、二人を支え続け王都でも評判になるほどのおしどり夫婦の原点となった。


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 事故から1年。思うより早く退院できた頼子は、会社と部内の人々に助けられながら、ゆっくりと仕事にも復帰した。鏡の中の自分を見つめながら思い出したのは、あの日、突然ウエディングドレスを着た別人になっていた自分の姿だった。


 「オリビアほどじゃないかもしれないけど、わたしも悪くないわね。」


 オリビアとして着たドレスとは少し違っているけれど、同じくらい刺繍が美しい真っ白なウエディングドレス…。二度目といえど、緊張はする。冗談交じりに自分の姿を見つめながら強がりをつぶやいて、大切な人たちのことを思い浮かべた。紆余曲折…いろいろあっても、彰は変わらぬ心をくれた。頼子は晴れ渡った空を控室の窓から見上げて微笑んだ。


 「オリビア、ジオ…わたしも幸せになるね。」



あちこちに話が飛んで、読みづらい最終話だったかもしれません。

幸せになってほしいという気持ちを込めていたらこんな形になりました。


早い段階で、ネタバレのような話になっていて

驚くことも大した急展開もなく終わってしまったのが反省点ですが、

楽しんでいただければ嬉しいです。


次回作

王命の婚姻に愛など望まないはずでした~すれ違い婚の果てに〜 も

よろしくお願いします。


また、皆さまとご縁がありますように…


ブックマークや評価、リアクションに励まされて最後まで頑張ることができました。

お付き合い、ありがとうごいました。

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― 新着の感想 ―
頼子姉さん……! 最後の「わたしも悪くないわね。」がすごく好き!! 素敵なハッピーエンドをありがとうございました。 楽しい読書時間になりましたー!
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