11. やらかした:暴かれる秘密
頼子さんの’やらかし’の告白です。
秘密がバレたのはなぜなのか…ジオに気づかれた理由…頼子さんの分析です。
名前を間違えていたので、一部訂正しました。
秘密というのは、たいてい暴かれるものだ。どんなに隠していても、どんなに守ろうとしても、認知されることを求めて秘密そのものが公に出たがるかのように、ある日突然目の前に突き付けられる。
予定外...予想外...どんな言い方をしたって一緒。
ジオにバレたんだから。
「オリー、どういうことだ?」
ジオの戸惑いが伝わってくる。いくら同じように振舞ったとしても、もともとの性格はどうしても隠せないのだろう。本来のオリビアがジオと生活する時間が増えれば、違和感があっても仕方がない。
”どこで失敗したんだろう?”
ことの経緯を思い返してみる。
王宮の舞踏会に招待された。夫婦として公式に王宮を訪れるいい機会だということで、ジオと参加することにした。不運だったのは、馬車の長旅でオリビアが体調を崩し、舞踏会ではわたしの臨時参加が必須になってしまった。
ブルーノ王太子殿下への辺境伯夫人としてのあいさつは問題なかったと思う。’オトセカ’攻略者としては、人気ナンバーワンの殿下を実際に見ることができたのは眼福だった。黄金の緩やかなカールヘアーに、これまた定番の碧眼。思っていたより腹黒そうな笑みだったことは前世の年の功で気づいてしまったということにして、そのマイナスを差し引いたって頼子にはお得感しかなった。浮かれる気持ちはちゃんと抑え込み、怪しげな微笑みに気づかないフリをしてカーテシーもきれいにできたと思っていたのだが…違ったのだろうか。
それとも、元婚約者のトーマスへの対応を間違えたのだろうか。トーマスは、オリビアのアドバイスを受けてサリーを伯爵家の養女にした。サリーは立派に淑女教育をこなし、侯爵夫妻に婚約を認められたと聞いた。そのことで、トーマスはオリビアにとても感謝をしているため、ジオとの交流を深めることになった。ここも抜かりはなかったはず。話がうますぎたのか?いや、トーマスの反応を見る限り、あの対応が間違いだったとは思えない。
だとすると、可能性があるのは外務補佐をするアンドリューを助けたときだろうか?それとも、国境防衛案で騎士団副団長に就任したばかりのプレスタンと議論したのがまずかったのだろうか?どっちも攻略キャラだったから、つい話に熱が入ってしまった。
と、ここまで思い立って頼子は気づいた…”やっぱり、わたしは少々やらかしたかもしれない…”
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舞踏会の会場でもめていた紳士たちの仲裁に入り、頼子は隣国の外交官夫妻を伴ってバルコニーへ向かった。侍女たちのうわさ話というのは、本当に有益なものが多い。
「今夜の舞踏会の会場はバルコニーから見る庭園の素晴らしさも定評があるんですよ。」
マッサージをしながら楽しそうに情報を提供してくれた侍女の言葉を思い出し、この危機を救ってくれた
’おしゃべり’にどんなお礼をしようか考えて思わず微笑みがもれる。何気ない世間話が頼子を…この国の外交問題を救ってくれた。
「この庭園は王家専用で王族の許可がないと入場はできないんだそうです。でも、こうして夜はその美しさをゲストに楽しんでもらえるようにとナイトアップされ、その姿までもを計算した庭造りがされているんだそうですよ。」
「素敵なお庭だわ。」
緊張が解けたのか、ご夫人が優しく微笑む。
「先ほどの発言ですが、あの紳士の反応を見る限り学習不足からくる言葉選びの間違い故の誤解であったと思われます。お許しいただけませんか?」
ご夫人の笑顔に穏やかな表情を取り戻した外交官に本題を切り出す。
「我が国では’美しい人’と発音するのですが、あなた様の国ではアクセントが変わるとそれは侮蔑を含む形容になってしまう。おそらくそれを知らずに発言したものだと…浅慮であったことは否めません。お許しください。」
礼節をもって深々と頭を下げたところへ外交補佐官のアンドリューが慌てた様子でバルコニーに出てきた。
「申し訳ない。」
開口一番、深々と頭を下げてアンドリューが謝罪をする。
「誤解は解けたよ。言葉のわからない妻を気遣い、彼女がわかる言語で会話し、慰めるために素晴らしい夜の庭園を案内してくれた。そのうえ、外国語ゆえの誤解があったことを説明して誠意をもって謝罪までされてしまったら、腹を立てているほうが失礼と言えましょう。わたしのほうこそ、苛立って噛みついてしまった。」
もともと穏やかで紳士的な男性なのだろう。隣国の外交官は優しくそう微笑んでアンドリューの謝罪を受け入れた。せっかくならば大切な話をしようと男性陣が席を外してしまい、残されたご夫人相手に頼子はバルコニーでの交流を楽しんだ。そして、ご夫人が退席される際には、隣国に招待されてしまうほど打ち解けていた。
どうやら、頼子がきっかけを作った大切な話というのは、国レベルでの交易交渉だったようで、頼子の対応をいたく気に入った外交官は好条件で条約を結んでくれたらしい。アンドリューは交渉直後に興奮した様子でジオに経緯を説明し、オリビアに感謝をと言っていたというのだ。紳士のもめごとの仲裁…外国語でのあいさつ…やりすぎ…だったのかも?後悔さきに立たず…という日本人らしい言葉が頼子の頭に浮かんだ。
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次に思い当たったのはそのバルコニーでの出来事のすぐ後に起こったことだった。
ご夫人が退席されたのを機にバルコニーから会場に戻ると、騎士団副団長に就任したばかりのプレスタンが国境防衛案について議論しているのが聞こえてきた。
「エスコバル辺境伯の国境防衛は、東でも応用できるはずだ。」
「いや、ウルル山脈の存在自体が特殊なのだから、一般での国境防衛とはやはり異なるものだろう。」
頼子が白熱する会話に聞き入っていると、プレスタンと目が合った。さすがに国境防衛の議論を女性が聞き入っているのは不自然だったのかもしれない。目が合った気まずさをごまかすようにニッコリと微笑んで、自己紹介をした。
「エスコバル辺境伯が妻、オリビア・エスコバルでございます。わたしくしどもの名が聞こえてまいりましたので、思わず聞き入ってしまいました。申し訳ありません。」
不自然さを隠すにはちょうどいいと思ったのだ。ましてや、男性の会話…しかも国境防衛の話に耳を傾けていたことは淑女としてはマイナスにしかならない。どうやって挽回すべきか考えていると
「辺境伯夫人は国境防衛案にも詳しいのか?」
プレスタンの真っ直ぐな人柄がうかがえる、率直な質問を受けた。
「主人ほどではございませんが、概要であれば存じ上げております。」
知らないフリをするよりも、この場の有益な情報を共有したほうが利になると判断し、頼子は彼らの会話に加わることにした。
恐らく、会話に加わったことは間違ってなかったのだと思う。辺境伯夫人として国境防衛案を熟知していることに違和感はないはずだったし、それを説明することも不自然ではなかったはずなのだ。だが、今更気づいても遅いけれど、やりすぎたのは”本気の議論”の部分だろう。
プレスタンが国境東に応用したいと言っていた辺境伯領の国境防衛案は、結論から言えば有効なものだったが、気候や指摘されていた特殊環境を考えれば、変更を余儀なくされる部分も大きかったのだ。概要ならば知っていると言った辺境伯夫人が、会話をはじめたら、防衛案のみならず、領地の天候から地形、軍勢の配置、その人数に至るまでを把握していただけでなく、東の国境のアキレス腱になりかねない弱点まで補強する提案までしたものだから、議論が白熱し、気が付けば頼子が中心となって、周辺領主たちも交えての本気の会議のようになってしまっていた。プレスタンは議論の直後にジオを見つけると、興奮気味に防衛案の見直しに協力してほしいと持ち掛け、夫人の見識の深さと豊富な知識に感謝していることを告げたらしい。男性に混ざって国家防衛案を議論する淑女…は存在しないだろう。つまりここでも、頼子は大いにやらかしてしまっていたことになる。覆水盆に返らずとはこのことだ…今更気づいた事実に頼子は頭を抱えたくなった。
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「私の知るオリーは聡明だが、隣国の言葉を話し、男性と議論するほどの胆力は持ち合わせていない。なにより受ける印象が全く違うのだ。」
切羽詰まったジオの瞳がまっすぐにオリビアである頼子を見据える。
「こうした違和感は何度か感じたことはあった。それでも確証がないのだから打ち消してきた。今夜はそれが明るみに出たように思える。オリー、どういうことか説明してくれないか。」
頼子はジオの真剣な瞳に覚悟を決めるしかないと思った。ジオの眼差しに、重ねてきた嘘がゆっくりとはがされて、隠し続けてきた秘密が丸裸にされていく感覚を覚えた。オリビアを守ると言いながら、失態を犯したのは自分だ。’オトセカのシナリオ’に振り回される必要はないと思いながら、攻略キャラを前に舞い上がっていたのかもしれない。でも、理由なんてどうでもいい。ここが”限界”なんだろう。そして今夜が”その時だった”というだけだ。
「信じてもらえないかもしれないような、おかしな話なの。」
頼子の声が震える。ギュっと手を握りしめて心を落ち着かせる。どうしようもないくらい心臓がバクバクして気が遠くなる。ものすごい速度で思考が回り、さまざまな感情が押し寄せてきたのに、潮が引くように静かになる。その時間は長く感じたけれど、たぶん実際にはほんの数秒だったかもしれない。カチッと何かがはまるような感覚があってオリビアの令嬢モードが解ける。
「真実を知る勇気...ジオにある?」
頼子はあえて、’自分らしく’発言してみた。オリビアのように振舞うのではなく、今夜だけは…今だけは、高瀬頼子としてジオに会わなければいけない…いや、最後だからこそ高瀬頼子として会いたい…そう思ったのだ。
「オリーのことならば、どんなことだろうと知りたい。」
無口で無表情と言われているジオの表情に戸惑いが隠しきれていない。当然と言えば当然だ。目の前にいる妻が別人かもしれないなんて、誰が想像できただろう。ゆっくりと視線をあげると、大好きなジオの瞳に覚悟が宿ったのが見えた。
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こんな夜が来ることを覚悟していなかったわけじゃない。一度目を伏せて大きく息をはくとゆっくりと顔をあげてジオを見る。おそらくジオにはもう、わたしはオリビアではない別人に見えているだろう。
「ごめんね...ジオ。わたしはあなたのオリー、オリビア・ウェールズじゃないの。」
意を決してジオにそう告げた。
ジオにとって長く残酷な夜がこうして始まってしまった。
頼子にとって真実を告げる=別れの時なんですよね。
とうとうジオに気づかれてはいけないはずの秘密がバレました。
頼子はどうなるか、オリビアとジオの関係は…次回につづきます。
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