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1. 喪女の目覚め: ウエディングドレスを着たこの人は誰?

ようやく新しいお話を書き始めることができました。

前回とは違った作品にしたいとは思っていますが、どうなることやら...

お付き合いいただければ幸いです。



 突然覚醒したような不思議な感覚。目の前の霧が晴れて視界がくっきりしたその先にきれいに磨かれた全身鏡があった。


「あの…どちら様ですか?」


などと問いただしてその口の動きが声に重なる。


 ”ちょっと待って”


そっと鏡を触ってみるのと同時に、もう一方の手のひらで自分の頬をさわってみる。


 「これ、わたし?」


 鏡の中の女性が、まったく同じ動きをしている。頬をさわる手は確かに自分に触れている。


 ”現状整理!”


 習性ってこわい。社会人としてある程度生きてきたアラサー女子。パニックする前に現状を把握することは会社勤めをしてきた大人としてはあたりまえの反応だ。

 鏡を見つめて可能な限り冷静にその姿を観察する。上品なマーメイドスタイルの純白のドレス。華奢な首に飾られた上品なデザインかつ大ぶりのネックレスはその価値を考えたくないほど高級そうだ。両手にはめられたシルクの長い手袋はすらりと伸びた腕をきれいに包み、肘の少し手前あたりから職人技と思われる美しいレース編みがされて肘上あたりまで伸びている。


 「美人だなぁ」

 

 などと他人事のように感心してつぶやいてしまったが、まじまじと見つめた鏡の中の女性はやっぱり自分のようだ。肩と胸元は大胆にカットされているけれどやはり美しいレースが品格を保ち、女性らしさが強調されている。


 ”完全に別人ですよ、コレ。”


 鏡に映る淑女に驚きながらも、こんな素敵なドレスを着ているのですから当然しないわけにはまいりませんと、くるりと優雅にターンを決めてみる...が、さすがに優雅にとはいかない。フラフラっとバランスを崩しながらもなんとかその場にとどまって、そのまま鏡で後姿も確認してみる。


 ”うわっ、背中…背中が…”


 あまりに大胆なカットに赤面するが、素肌は織り込まれたレースの奥に隠されている。こんな素肌が見え隠れするデザインは絶対に自分が選んだものではないとそこは自信をもって断定できた。


 ”でもこの背中…キレイ”


 どこまでも他人事のように自分の姿を認識して苦笑いがこみ上げる。


 「どうしよう。わたしが誰なのか、まったく思い出せないんだけど…」


 美しい淑女の姿をしている女性の中には、アラサー喪女がおさまっている。着ぐるみにしたってたちが悪い。外見と中身がこれほど伴っていない人間が存在していいものなのかと天を仰ぎたくなる。現時点で最大の問題点は自分の名前すらわからず、どこにいるのかも把握できなかったことだ。



 コンコン。



 誰かがドアをノックした。


 「はい。」


 条件反射って怖い!ノックされたから思わず返事をしてしまったけれど、どう考えてもダメなやつ。


 "あっ待って…心、心の準備がまだだから"


 なんて思ったって返事がかえってこれば、ドアは開くのよ。そうなれば当然、ノックをしたであろう誰かが入ってくるわけで…。


 "終った…。"


 カチャリと静かに音を立ててドアが開く音と、耳元で自分の心音がドクドク自己主張しているのが聞こえる。その二つの音が気持ち悪くなりそうなほど不気味なハーモニーを完成させている。人間って困ると現実は直視したくないモノなのよね...反射的に目を閉じる。


 「オリビア、とってもキレイよ。」


 柔らかな声が聞こえてきて、軽く息をついて目をあける。入ってきたのは鏡の中の自分と同じネイビーブルーの髪にアメジストの瞳をした女性だった。声の主人はわたしと目を合わせ微笑むと、ゆっくりと侍女らしき女性二人と共に部屋へと入ってきた。とてもきれいな人だ。その女性にオリビアと呼ばれて、ぶわっと向かい風を浴びたように脳裏に一瞬でオリビアの記憶がよみがえる。

 その衝撃に耐えられずフラリと体が揺れて軽いめまいを感じふらりと身体が傾いた。


 「オリビア様。」


 侍女らしき女性が素早く駆け寄って体を支え、近くにあった長椅子に座らせてくれる。


 「大丈夫?」


 心配そうに見つめる優しいアメジストの瞳を見つめ返して微笑む。


 「大丈夫ですわ、お母さま。」


 そう、今入室してここにいるこの女性は自分の母、クリスティーナ・ウェールズ伯爵夫人だ。たった今よみがえった...思い出した記憶によると、自分はウェールズ家の長女、オリビア・ウェールズ、伯爵令嬢だ。


 "緊急事態だわ。”


 ウエディングドレス姿で記憶喪失というだけでもたちが悪いのに、自分が格式ある伯爵家の令嬢だなんて理解の範疇を超えている。


 ”何が起こってるの?"


 超特急で思考が動いている。コレが淑女教育の賜物なのかしら。怖いくらい焦っているはずなのに、そんな気持ちは一切顔に出ない。もう一度少し遠くなった鏡を見つめてその冷静さに感心する。


 ”アレっ?今思い出したオリビア・ウエールズって、伯爵令嬢のオリビアよね?ってことは、あのオリビア???”


 ゆっくり名前を反芻して気づいた。どうやら私は、前世の自分の記憶にある大人気の乙女ゲーム‘聖なる乙女と光の世界’、通称‘オトセカ’の嫌われキャラ、悪役令嬢のオリビアに転生してしまったようだ。


 ”いやいや...ちょっと待って。よくある転生ものってこと?それじゃぁここはゲームの世界なの??”


 夢じゃないだろうということは、なんとなく想像ができた。だって、こんな願望ないし。ましてや、自分がオリビアになれるなんて夢にも思わないもの。喪女アラサー、現実を理解する女。って、変なボケしてる余裕はないのよ。


 ”オリビアは断罪されて国外追放がバットエンドでしょ?よくても修道院行きじゃなかった?"


 冷静な顔を装って頭の中の混乱を落ち着けようとゲームのエンディングを思い出そうとする。けれど、どれだけ考えてもウエディングドレス姿は思い出せない。


 "ナニコレ...わたし今、ウエディングドレス着てるよね?ってことは結婚式でしょ??誰と結婚?なんで結婚???”


 さすがにパニック…大パニック!もう、パニックしても許されるよね。だって情報が少なすぎて何もわからないままなんだもの。優雅に長椅子に腰掛けて憂いているようにも見える淑女の中で、アラサー喪女がパニックの限界を超えようとしていた。


 ”結婚式ってことは、攻略者の一人でわたしの婚約者、トーマスとは婚約破棄にならなかったってこと?”


 トーマスはバスケス侯爵家の嫡男で内務大臣の息子だ。ゲームでは王太子ルーカス殿下の側近の一人で主人公に攻略されればオリビアは国外追放となったはず。ルーカス殿下が攻略されても婚約破棄は避けられず修道院に送られることになっていた。


 ”ゲームの内容が変わった?それとも私の知らないバージョンってこと??”


 「お嬢様、大丈夫ですか?」


 侍女の言葉にハッとする。


 ”待って!結婚式なのはわかった。でも相手は誰なの???お願い、誰かお願い、とりあえずわたしの旦那さまが誰だか教えて”


 自分の夫が誰だかわからないまま結婚式にむかう花嫁なんて、私以外いないでしょう。


 ”どうする?コレ、どうするのが正解??”


 迷っていても、時間は無情に過ぎていく…


 「さぁ、オリビア、お父さまがお待ちよ。行きましょう。」


 侍女がベールをかぶせて手を添えてくれた。ゆっくりと静やかに立ちあがると、もう一人の侍女がさり気なくベールの裾を持ち上げ歩きやすいようにサポートをしてくれる。


 "お母さま、どうせならココは、祭壇で待つ旦那さまとなる方のお名前が知りたかったです。"


 泣きそうになる気持ちを隠して悠然と微笑む。


 「はい、参りましょう。」


 ”オリビアってすごいわ。どんなに動揺していても所作が乱れない。表情も変わらない。これが淑女というものなのね。”

 

 すっかり二重人格が板についてきたかもしれない。


 ”だから、旦那さまは旦那さまは誰なんですか〜”


 淑女の中の人(つまり私ね)は、さっきからずっとそう叫び続けているというのに、身体の主である淑女殿オリビアのことねは、緊張する様子も、不安な様子も一切なく、一歩ずつ結婚式場へ向かっている。


 ”どんなにパニックになったって、状況改善はなされないし記憶も戻りそうにない。オリビアが歩みを止める様子もないということは、この結婚からは逃げられない。祭壇には誰かが待っている。もう、行くしかないよね。”


 私も一生に一度の晴れ舞台と言われる結婚式へと向かう覚悟を決めた。



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― 新着の感想 ―
まだ逃げられるようで、もう逃げられない……。絶妙なタイミングで前世の記憶がよみがえっちゃいましたね。 夫となる人がどんな男性なのか気になります!
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