#008 統べるもの
「クミンシード建国の由来は、王家に伝わる縁起文によって知ることができます。それによると、“魔術師クミンシード”の召喚に応じて現われし“偉大なる魔女”が、異界より砂漠に水をもたらし、その豊かなる水源を持って建国が相成ったとあります」
「ふうん」
「因みに魔女がもたらした水源――それはつまり異世界との“リンク”でもあるわけですが、一度成った“リンク”はその後も絶えることなく、数千年経った今もクミンシードをオアシス都市たらしめているのです」
「へー……」
とうとうと語るアルベールを前に、わたしは言葉少なにワインを啜っていた。
本日の晩餐のメニューは鶏肉の串焼きに牛肉のパイ包み。
豆のサラダの横では、見慣れぬ形の鍋がほかほかと美味しそうな湯気を立てている。
これらの料理は、言うまでも無く、全てアルベールが魔法で出現させたものだ。
彼が指を鳴らせば次から次へと皿数が増えてゆくし、グラスが空になればワインボトルがふわふわやってきてお酌をしてくれる。
あれも魔法。
これも魔法。
なんて便利なんだろう。
もう、うんざりだ。
(わたしにどうしろって言うんだろ……)
ずらりと並んだ料理に手をつけるでもなく、わたしは鬱々と考えていた。
奇跡を起こせだの、魔力があるだの、好き勝手言ってるけど、結局のところ彼らはわたしに何を求めているんだろうか?
今日なんて、アルベールから限りなく脅しに近いプレッシャーまでかけられたし。
(かと言って、こっちから聞くのもなぁ……)
そう。
ハッキリ問いただしてしまうのも、薮蛇のような気がするのだ。
どうも自分で自分の首を絞めそうな予感がするっていうか、なんていうか……。
それに彼らの願いを聞いたところで、わたしには叶えられそうもないし。
(そもそも、わたしなんかアテにしないで、アルベールがなんとかすりゃいい話じゃん……)
だって、わたしとは違ってアルベールは魔法が使えるわけだし。
ていうか、この国一番の魔術師なわけだし。
(大体さ、わたしが望んだからこの世界に来たってどーゆーこと?)
これも大きな謎だ。
そりゃ確かにココってゴハン美味しいし、おまけに大浴場とかもあるらしいから、仕事の疲れを癒すのには持って来いな場所だとは思うけど。
でも、『ちょっくら温泉へ』的なノリで異世界に召喚されちゃうとか、そんなのおかしくない?
(しかも世界から望まれた、とかさぁ)
一体わたしのどこを?
この世界がわたしに何を望むわけ?
ていうか、わたしフツーのOLだし。
魔法とか無理だし。
望まれたところで、そのご期待に応えられる自信なんて無いんですけど……。
「はぁー……」
わたしが思わずため息を吐いたら、食事をしていた二人の手がピタリと止まった。
「どうした英乃。今夜はやけに静かではないか」
「……別に……」
「何だその反応は。気味が悪いな」
その言葉に、ムッとしながら顔を上げたら、面白そうにこちらを見つめるエメラルドの瞳に行き当たる。
肩で切りそろえられた艶のある漆黒の髪。
形の良い唇が、意地悪い笑みを浮かべている。
今夜くらいはゆっくり物思いに耽りたかったのに。
少しは空気くらい読め、このバカ男!
「ちょっと。気味が悪いってどーゆー意味よ?」
「どうもこうもない。昨日は目覚めるなり、こちらが呆れるくらいベラベラと喋り続けたではないか」
「今日はそういう気分じゃないの」
「極端すぎるだろう。何か話せ」
「何それ。頭ごなしに命令するなんて何様って感じなんですけど」
「自己紹介は昨日すませただろう? 俺はクリスティアン・ビン・アズィーズ・アール=クミンシード、この国のスルタンだが?」
革張りの椅子に踏ん反り返ったクリスを見て、わたしは相当イラッときた。
何なの、この傲慢な態度。
スルタンですが何か?みたいな。
馬鹿じゃないの、偉そうに!
「ていうか、昨日からスルタンスルタンうるさいけど、スルタンって一体何なわけ? まあ、この暮らし振りからして結構なお金持ちなんだろうけど、だからって威張り散らすとかどうなのって感じだし。大体さ、わたしはそっちの勝手で呼び出されたわけ。良識ある人間だったら、ちょっとは失礼だとか思わないの?」
キレたわたしが一息に言ったら、クリスは唖然とした表情になった。
見れば、大きな身体が椅子からズリ落ちそうになっている。
面と向かって痛い所を突かれたのがよほど応えたに違いない。
いい気味だ、ざまあみろ。
そう思いながら、わたしがフフンと鼻で笑ったら、ようやく気を取り直したのだろう、クリスが不快そうに口を開いて。
「おまえの質問に答えよう。スルタンとは、この国の統治者……つまり王の事だ」
その言葉に……
今度はわたしが椅子からズリ落ちそうになる番だった。
英乃、ようやくスルタンの意味を知るの巻。