#004 怒れる女
こめかみに浮き出た青筋。
こちらへ向けられた、殺意あふれる鋭い眼光。
和やかであるはずの晩餐の席が、一瞬にして不穏なムードに包まれる。
しかし、そんな空気をものともせずに、わたしは金杯を手に取るとお行儀良くワインに口を付けた。
そして、すまし顔でスパイスの効いた肉の塊を小さく切り分ける作業に取り掛かる。
ピンヒール攻撃がよほど応えたのだろう。
いい気味だ、ざまあみろ。
そう思いながら、わたしがフフンと鼻で笑ったら、クリスティアン・ビン・アズィーズ・アール=クミンシード、略してクリスは不快そうに口を開いた。
「それは何とかならんのか」
「……何とかって?」
「おまえの、その凶暴な履物だ!!」
唸るように言うや、クリスは金杯を叩きつけるようにテーブルに置いた。
そして、わたしを憎々しげに睨みつける。
「大体おまえ、なんなのだその格好は!」
「スーツだけど。何か問題でも?」
「ああ、大問題だ。珍妙な装束ではあるが、まあそれは大目に見てやるとして……問題は、その腰巻きだ!」
「えっ……腰巻きっ!?」
衝撃の発言に声が裏返る。
とっておきの勝負スーツを珍妙&腰巻き呼ばわりされて、わたしは肉にフォークを突きたてた。
ていうか、このスーツ。
安月給の自分からしたら、結構値の張るシロモノなんですけど!
一応ブランドもので、三回ローンで買ったんですけど!
ふざけんな!!
「腰巻じゃありません。コレはスカートっていうんですっ!」
「呼び方の違いはこの際どうでもいい。問題は、その小さな布キレでは全てを覆いきれていないということだ。それでは足が丸出しではないか!」
「ちょっと。丸出しとか、わたしが変態みたいじゃん!」
「丸出しは丸出しだろうが! 大体、着る物はこちらで用意させたのに、なぜそれを身に着けない!」
そう言われて思い出したのは、ベッドの脇に“これを着ろ”と言わんばかりに掛けられていたエキゾチックな服だった。
胸繰りの深い緋色のカフタンに、裾が提灯みたいに膨らんだ絹地のパンツ。
それから、多分上から羽織るのであろう、足首まですっぽり隠れるほどの、ガウン風の長いドレス。
一応手に取って確かめてはみたものの、どれも馴染みの無い装束だったし、折角用意してくれたとはいえ、一人できちんと着られる自信が無かったので断念したのだ。
「わざわざ服を用意してくれたのは感謝するけど、どれも初めて見る服でイマイチ着方が分からなかったんだもの。それに、ああいうドレスみたいなのって普段着慣れてないから、裾が絡まって転んじゃいそうでちょっと怖いし」
「装束が怖いなぞ理解できんな。大体、転ぶのは馬鹿だけだ」
「は? 馬鹿?」
「とにかく、そのみっともない格好を今すぐどうにかしろ。とっとと着替えてこい。不愉快だ」
「なっ……! だから、さっきから着方が分からないって言ってるじゃん! なのにみっともないだの不愉快だのって何なの? 人の話もロクに聞けないあんたの方が余程不愉快なんだけど!?」
激怒したわたしが椅子を蹴って立ち上がったら、ヤツも負けじと立ち上がる。
すると、その刹那、わたし達の間に黒ずくめの男がスッと割って入ってきて。
「恐れながらクリス様。彼女は異界からの賓客にございますれば」
――どうかお怒りをお静め下さいますよう、と。
様子を見かねたのだろう、魔術師アルベールが宥めるようにクリスに言った。