#003 いけ好かない男
オアシス都市国家、クミンシード。
人口約6万人。
ケバブ砂漠のほぼ中央に位置するこの国は、キャラバンの重要な貿易拠点として古くから栄えている。
特産物は綿花、麻、ナツメヤシなど。また良質なワインの産地としても知られている。
「そして繰り返すが、この国のスルタンはこの俺だ」
椅子にもたれて優雅に足を組み、金盃からワインを啜るこの男――クリスティアン・ビン・アズィーズ・アール=クミンシード、略してクリスは、まるで値踏みするかのようにわたしを見つめた。
その権高な態度にムカつきつつも、こちらも負けじと見つめ返せば、まず目に付くのは深みのある翠玉の瞳。
肩まで伸びた艶やかな黒髪に、ブロンズ色の滑らかな肌と引き締まった体躯が、どことなく黒豹を連想させる。
精悍な顔立ちは品よく整っていて、男の色気が漂う、なかなかの美丈夫と言っていいだろう。
だが、しかし。
繰り返すが、コイツやっぱり目つきが悪い。
スルタンだかスカタンだか知らないけど、どんだけ性格捻くれてんだって感じの目つきだし!
(てか、実際捻くれてるけどね……)
今朝の一件を思い出すだに、わたしは胸がムカつくのを感じた。
そう、それは……わたしが“この世界”で目覚めた直後のこと。
イキナリ突拍子もない状況に置かれて恐慌状態に陥ったわたしに、こいつは思いやりの欠片も示さないどころか、心底鬱陶しそうな視線を向けてきたのだ!
(しかも、この時は知らなかったけど……)
後で聞いたところによれば、いわゆる“召喚魔法”とでもいうのだろうか。
とにかく、こいつがおかしな儀式をしたせいで、わたしがココに来るハメになったらしいし。
なのに何なのあの態度!?
めちゃくちゃ感じ悪いんですけど!
(自分の都合で呼び出したくせして、ほんっとムカつく……!)
それでもあの時、何の事情も知らなかったわたしは、不可解な状況を必死になって理解しようとしたのだ。
ここはどこで、彼らは一体何者なのか。
そもそも自分はなぜここに居るのか。
もしやドッキリカメラなのではあるまいか。
ならばカメラはどこに仕込んであるのか。
いや、それはいいけどあの砂漠は何なのか。
てゆーか何? 何サバク?
やっぱ鳥取なんじゃ!?
……などなど。
そしてアレコレ考えた結果、救護室で眠っている間に拉致られて鳥取にあるハレムの出張所にでもに連れて来られたんだろうって線で落ち着いたんだけど……。
考えを纏めたところで、わたしはクリスに詰め寄った。
わたしがいくら魅力的であったとはいえ、いきなり攫ってハレムにつれて来るなんて非常識にも程がある。しかしながら、今回の出来事は双方の文化の違いから来るものだろうし、そちらがきちんと謝罪した上で、わたしをイベント会場まで送り届けてくれるのであれば許してあげることもやぶさかではない……と。
すると、彼は暫くあっけに取られたような表情をした後、“確かに我が宮殿にも後宮はあるが”と、ため息混じりに前置いて。
『生憎おまえは趣味じゃない』
……そう、一言。
涙目のわたしに向かって、キッパリバッサリ超失礼にも冷たく言いやがったのだ、この男は!
しかも、馬鹿にしたみたいな目つきで鼻で軽く笑いながら!
今思い出しても、ほんっとに腹が立つ……!
(ま、速攻ピンヒールで足を踏みつけてやったけどね!!)
普段はそんな事しないけど、この時ばかりは自然と身体が動いたというかなんというか。
ヒールが足の甲に沈んだ瞬間、奴は凄い形相で絶叫してたけど、今考えても後悔するどころか、正直もっと強く踏んでやれば良かったと思う。
日々満員電車と戦う通勤女子の脚力なめんなよ!
「おい、ちゃんと聞いてるのか?」
ムカムカの原因が偉そうに話しかけてきたので、威嚇するようにピンヒールで床をノックする。
すると、その音を聞くなり、クリスはさっと顔色を変えたのだった。