#013 翠玉の瞳
「英乃、起きろ」
甘いバリトンボイスで名を呼ばれて、軽く身体を揺さぶられる。
誰だろう。
人が気持ちよく寝てるのに鬱陶しいなぁ。
目覚まし鳴る前に起こすとか、非常識にも程があるんだけど。
「俺の呼びかけを無視するのか。生意気な奴め。さっさと目を開けろ」
「恐れながらクリス様。あれだけの人数に圧し掛かられたのです。英乃は本当に気を失っているのではないかと……」
「――少々悪ふざけが過ぎたか。おい、英乃。しっかりしろ」
ぺちぺち頬を叩かれて、わたしは不機嫌に唸りつつ枕から顔を上げた。
寝ぼけ眼で見回すと、ボンヤリ視界に浮かんできたのは鈍い輝きを放つ瀟洒な黄金の支柱に、艶やかな薄絹の天蓋。
優にキングサイズを超えるであろう巨大なベッドには、美しい刺繍の施された絹のクッションが所狭しと置かれている。
そして――ここからが問題なのだけれど。
夢か現か幻か。
わたしの寝ているベッドのすぐ脇で、大勢の男達が片膝を付いてズラリと整列しているではないか!
何コレ、怖いんですけど!?
(あっ。コイツらって、さっき襲い掛かってきたイケメンの群れじゃん!!)
そう気付くなり、一気に覚醒したわたしは、慌ててベッドから起き上がろうとしたのだけれど。
不思議な事に体が思うように動かない。
おまけに、今まで枕だとばかり思っていたものは、どうやらそうではないらしく……。
(ど、どういうこと?)
嫌な予感を覚えながらも、恐る恐る顔を上げる。
そして、その刹那、目に飛び込んできたあり得ない光景に、わたしは意表を突かれて固まってしまった。
なぜなら、鼻がくっつきそうなほどの至近距離から、エメラルドの眼差しがこちらを見下ろしていたのだ。
その双眸の美しさに、ハッと息を呑むと同時に馬鹿みたいに口を開ける。
間近で見るその瞳は、単なるエメラルドグリーンではなくて、濃淡様々な緑が入り混じった、とても深い色合いであることに気付く。
そして、その瞳の奥では虹彩に散った金色の斑点が木漏れ日のように煌いて、更に不思議な彩りを添えていた。
こうして不覚にも、わたしはその瞳に見入ってしまったのだけれど……
ハタと我にかえるや、自分の置かれた状況に気が付いて、頭の中がたちまち真っ白になってしまった。
な、なにこれ。
なんでわたし、クリスに抱きかかえられてんの!?
「な……!」
「“な”がどうした。忌憚なく言ってみろ」
ビックリしすぎて口をパクパクさせていたら、クリスは眉を顰めると、卵を抱く母鳥のように、わたしをそっと抱えなおした。
その拍子に、あろうことか彼の唇が頬に触れたのを感じて、完全にパニック状態に陥る。
「な、な、な……!」
「どうした、英乃。しっかりしろ」
「恐れながらクリス様。英乃は目覚めたばかりで、混乱しているのかと……」
アルベールの言葉に、クリスは眉間の皺を深めると、又してもわたしの頬をぺちぺちと叩き始めた。
「おい、英乃。気をしっかり持て」
「英乃、痛むところはありませんか? あるのなら、どうか遠慮なく言って下さい。軽い怪我でしたら、私が魔法で治して差し上げますから」
「いや、それには及ばぬぞアルベール。今回はスルタンたる俺が直々におまえを治してやろう。光栄に思え」
口々に言いながら、ビックリしすぎて何も言えないわたしの鼻をつまんだり、額に手を当てたりする。
そして、そんな二人の向こうには、きっとわたしと同じ気持ちなのだろう、呆気に取られた顔をしたイケメンの群れが、大人しく片膝を立てたままで控えていた。
ていうか。
だから何なんだ、このイケメンの群れは。
スルタン付きの小姓だかなんだか知らないけど、揃いも揃って綺麗な顔しやがって。
そんな珍獣を見るみたいに、わたしのこと凝視しなくたっていいじゃん!
「――何この状況っ!?」
いきなり爆発したわたしに、動揺の小波がイケメン達の間に広がってゆく。
そして、次の瞬間。
わたしに突き飛ばされたクリスが彼らの中に転がり込む事によって、その小波は巨大な津波へと変化したのであった。