#012 内廷へ
一陣の風が吹き、むら雲が太陽を覆い隠した。
辺りが急に暗くなると同時に、小鳥たちのさえずりが止み、パティオ中の木々がざわめき始める。
クリスの言葉に呆然となりながらも、わたしは本能的に席を立ち上がった。
「わ、わたし……帰る」
そして、蚊の鳴くような声で言うと、そろそろと後ずさる。
だって何なのこの状況。
いくらなんでも、不条理すぎる!
「まだ大浴場に行ってないし、食べ歩きもしてないけど、もうここに居たくない。だって、そっちの都合で呼び出しといて、いきなり死刑とかオカシイでしょ?」
「運命だと思って諦めろ」
「簡単に言わないでよ。そんなの無理に決まってるじゃん! お願いだから今すぐ元の世界に帰して。ていうか、わたしじゃなくたって、もう一度召喚し直してちゃんとした魔女を呼べばいいだけの話でしょ!?」
涙目で訴えたら、クリスはピクリと片眉を上げた。
そして、ゆっくりとこちらへ向き直ると、その端整な顔に悪魔のような笑みを浮かべる。
「残念ながら、それこそ無理というものだ」
そっけなく言うと、クリスはアルベールに目配せした。
すると――次の瞬間。
いきなり目の前が暗くなったかと思ったら、まるでTV画面が切り替わるみたいに視界がカチリと一転した。
真っ先に目に飛び込んできたのは、鮮やかな青と黄金のアラベスク。
そして、わたしをぐるりと取り囲む大勢の人間の顔・顔・顔――。
気が付けば、わたしは宝石箱みたいな部屋に佇んでいて、何故か大勢の人間に囲まれていた。
その人々は年齢も肌の色も様々だったけれど、共通点を挙げるとすれば、全員が男性で押しなべて容姿端麗、そして皆一様に驚いた表情でこちらを見て固まっているというところだろうか。
それにしても、なんなんだ、このイケメンの群れは。
そんな風に、穴の空くほど凝視されても困るんだけど。
ていうか、むしろわたしの方がビックリだし!
「ちょ、どういうこと? ていうか、ココどこなのよ!?」
眼福ながらも訳の分からぬ状況に、思わずクリスに噛み付いたら、わたしを囲むイケメンの輪が一回り遠のいた。
そして、彼らの間に動揺したような声がさわさわと広がってゆく。
「うるさい、喚くな。この者達は俺の小姓で、ここは内廷だ」
「何それ!? 本人の承諾も無しに無理矢理連れて来るとか、あり得ないんだけど!」
「無理矢理ではないだろう」
「これが無理矢理でなくてなんだっていうの? わたしがまだ話してたのに、こんな強引に――」
「黙れ」
「黙れって何よ? 命令されたくらいで簡単に引き下がると思ったら大間違いなんだから。なんせこっちは命が掛かってる――」
「黙れ! 内廷に連れて来る事に関しては、先程きちんと説明したではないか! それをもう忘れてしまうとは、おまえの頭は鳥頭か!?」
「なっ……鳥頭!?」
カッとなって睨みつけたら、クリスは勝ち誇ったような笑みを浮かべた。
馬鹿にしたように鼻で笑われて、カーッと頭に血が上る。
「ちょっと。それ、どういう意味よ?」
「どうもこうも無い。鳥は三歩進む間に忘れてしまうというではないか。いや、待てよ……おまえは三歩も歩いていないな。ということは、おまえの記憶力は鳥以下という事になるな!」
「ちょ、何ソレ!!」
あまりにも失礼な言い草に、わたしが唖然としていたら、クリスは人を小馬鹿にするように首を振った。
ていうか……この男はっ。
人の命を勝手に危険に晒しておいて、そのうえ了承も無しに勝手にこんな所に連れて来て、おまけに人の頭を鳥以下とか……!
「ふ・ざ・け・ん・なーっ!!」
完全にブチ切れたわたしは、怒りに任せてクリスに飛びかかった。
しかし、無念にも、今一歩というところで、怒りの鉄拳をヤツにお見舞いすることは叶わずに。
「暴力はいけませんねぇ」
――野蛮です、と。
アルベールにするりと手首を掴まれたかと思ったら、今まで遠巻きにしていたイケメン達が、こちらへ向かって一斉に飛び掛ってきて。
その結果、わたしは悲鳴を上げる暇も無く、あっという間に取り押さえられてしまったのだった……。
イケメンに囲まれたかと思いきや、いきなり取り押さえられてしまう英乃なのでした。