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#011 風前の灯火

 

 

 

 ――果たして、わたしの不安は的中した。

 翌朝パティオにやってきたクリスの一言によって、異世界での穏やかなる日々はあっけなく幕を閉じたのだ。


「おまえには、今日中に部屋を移ってもらう」

「へ? わたし引っ越すの?」


 戸惑うわたしに軽く肩をすくめると、クリスは向かいの席に腰掛けた。

 そして、アルベールが如才なく出現させたアイスティーに手を伸ばすと、そのまま一息に飲み干してしまう。


「もう暫くはここに置いておくつもりだったが、事情が変わった。これからおまえには内廷で暮らしてもらうことになる」

「内廷って?」

「スルタンの居住区……つまり、俺の私的生活の場だな」

「は? クリスの私的生活の場!?」

「おまえの為にわざわざ物置を一つ空けてやったんだ。光栄に思え」

「ちょ、物置!? 何ソレどういうことっ!?」


 あまりに失礼な提案に、ムカつきながら問いただそうとしたら、わたしよりも先にアルベールが口を開いた。


「恐れながらクリス様。私の記憶違いでなければ、英乃の部屋は魔法省の官舎に設けるというお話だったでは?」

「当初はな。だが、今言ったように事情が変わったんだ」

「それはどういうことでしょうか? まさか皇太后と関係が?」


 皇太后、とアルベールが口にした瞬間、クリスは苦虫を噛み潰したよう顔になった。


「察しがいいなアルベール。どんな手を使ったのかは定かではないが、あの女が英乃の存在を嗅ぎ付けたらしい。今朝、取り巻きの一人からやんわり探りを入れられた」

「もうですか? これはまた……想定していた事とはいえ随分と早かったですねぇ。ですが、一体どこから情報を手に入れたんでしょうか? 英乃の部屋には宦官すら近づけさせなかったというのに」

「知るか。こっちが聞きたいくらいだ」

「何にせよ後宮に張り巡らされた魔法防壁を破るとは、穏やかではありませんねぇ」


 そう言って呆れたように首を振るアルベールを見て、クリスは軽くため息を吐いた。


「ま、そういう訳で魔法省の官舎は却下だ。あそこは許可さえあれば誰でも出入りできる場所だからな。英乃を住まわせるにはリスクが高すぎる」

「それで内廷ですか。まあ英乃の身の安全を考えれば、一番適した場所ではあるのでしょうが……」

「言っておくが、これは決定事項だアルベール。あの女は躍起になって英乃を消しにかかるだろうが、皇太后とはいえ内廷までは手が出せまい」

「……これは失礼仕りました。御意にござります」


 スルタンたるクリスの一言に、アルベールが大人しく引き下がることによって、二人のやりとりは終了したのだけれど……

 一方で、わたしはたった今耳にした物騒な会話に目を大きく見開いていた。

 だって聞き違いじゃなければ、なんか今わたしが消されるとか言ってなかった!?


「今の話、ちょっと待った!!」


 掛け声とともにテーブルを叩くと、二人が同時にこちらを向いた。


「……どうかしましたか、英乃?」

「何だ。大声を出すな、やかましい」


 わたしの事なんてすっかり忘れていたような様子に、ちょっとムカついたけれど、ぐっと堪える。


「えーと、ごめん。ちょっと話が見えないから、聞きたい事があるんだけど」

「いちいち面倒な奴だな。質問なら手短にしろ。俺は忙しい」


 クリスはそう言って、ものすごく面倒くさそうな顔を向けてくるなり舌打ちまでしたけれど、わたしとしたら命に関わる問題だし、ここは引き下がれないわけで。


「じゃあ、手短に聞くけど。なんか今、わたしが消されるって言わなかった?」 

「ああ、確かに言ったが。それがどうした」

「それがどうしたって……消されるっていうのは、殺されるって意味でしょ? なんでクリスに召喚されたわたしが皇太后に狙われるわけ? だって皇太后ってことは、彼女クリスのお母さんなんでしょう?」


 わたしが矢継ぎ早に質問したら、クリスはうんざりしたようにため息をついた。


「いいだろう、おまえの質問に答えよう。まず一つ目。おまえの言うとおり、“消す”とは“殺す”の同義語だ。次に、二つ目は飛ばして三つ目の質問から答えるが。皇太后は俺の生母ではない。俺の母は別の女性だ」

「えっ。じゃあ、皇太后はクリスの継母なの……?」

「ああ。彼女は世継ぎに恵まれなかったからな。結果、彼女の子ではなく愛妾の子であるこの俺が、父の亡き後スルタンの座を継いだのだ」


 淡々と語りながらも、エメラルドの瞳に暗い影が差すのをみて、わたしはクリスにちょっぴり同情してしまった。

 きっと今に至るまで並々ならぬ苦労があったのだろう。


「もしかして……皇太后はクリスの事をあまり快く思っていないの?」

「それどころか、あの女は俺を憎んでいるだろうな。だが、それだけならまだ良い。執念深いことに、皇太后は未だスルタンの座を諦めてはいないのさ」

「えっ……。じゃあ、彼女はクリスの代わりにスルタンになりたいわけ?」

「それは不可能だ。スルタンの座を継ぐのは男と決まっている」

「でも、皇太后は世継ぎには恵まれなかったって……」

「ああ、世継ぎにはな。だが彼女には娘、つまり皇女がいる。恐らくは婿でも取って、そいつを無理やりスルタンの座に据えよういう腹積もりなのだろうが……愚かなことだ」

「うーん……それってつまり彼女が陰の権力の座を手に入れたいってことでしょう? でも、その問題とわたしが狙われる事と、どういう繫がりあるわけ?」


 わたしが質問を戻したら、クリスはキラリと目を光らせた。

 精悍な顔に浮かんだ不適な笑みに、思わず身構える。

 てか、なんなんだ、その笑顔は。

 ちょっと怖いんですけど!


「いいだろう、最後の質問に答えよう。今説明した通り、皇太后は俺をスルタンの座から引きずり降ろす機会を虎視眈々と狙っているわけだが……ここまでは理解したな?」

「は、はい」

「よろしい。では、もしも俺が、この三百年に一度きりのチャンス、つまり大きな国益をもたらすであろう偉大なる魔女の召喚に失敗したらどうなると思う?」

 

 クリスから投げ返された質問に、わたしは即座に答えをはじき出した。

 そして、自分の置かれた立場に愕然としつつ、椅子の背もたれにズルズルと倒れこむ。


「それは……もしもわたしが魔法を使えなかったら……わたしのせいでクリスが失脚しちゃうってこと?」


 背中に嫌な汗を感じながら、わたしは恐る恐る口を開いた。

 すると、クリスは嫌な感じでニヤリと笑って。


「それだけではない。俺の失脚に伴い、おまえは偽の魔女として死刑、良くて砂漠へ追放だろうな」


 ――その時は俺も一緒だから光栄に思え、と。

 残酷にもキッパリ言い放つと、撃沈するわたしを横目に、クリスは二杯目のアイスティーを一息に飲み干したのだった。

 


 

次回から英乃の宮廷生活がスタートします。場所はもちろん物置きです(´∀`*)ノシ

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