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#009 絶体絶命?

 

 

 

 目の前に座った男を、わたしは信じられない思いでしげしげと見つめた。


 精悍な顔が不機嫌そうに歪んでいる。

 気難しく引き結ばれた口元。

 こめかみに浮き出た血管。

 翠玉の瞳には、怒りの火が灯っている。

 こんな表情の彼を見るのは、この世界へやってきてから一体何度目だろうか?


(いつかストレスで禿げるね、あれは)

 

 クリスの頭髪の行く末を憂う一方で、わたしは忙しなく考えを巡らせていた。

 

 クリスはスルタン。

 スルタンは王様。

 王様は支配者。

 支配者は絶対。

 絶対はクリス。


 そんなクリスが、この国一番の魔法使いであるアルベールの協力を得て召喚したのが、このわたしだ。

 そして、彼らがわたしに告げたのは、たった二つだけ。


 奇跡を起こせ。

 さもなくば元の世界へは帰さない。

 

 以上、おしまい。

 なんてシンプルで分かりやすい脅迫だろう。

 マジ最悪だ。


(ていうか、こんなの反則じゃん!)


 よりにもよって、この国の最高権力者から直々に脅さるハメになるなんて。

 そりゃクリスのことは初対面からして傲慢で高飛車で偉そうな奴だとは思ったけど、せいぜい世間知らずで我侭な金持ちのボンボンなんだろう位にしか考えていなかったのに。


(甘かった……)


 どうしよう。

 国家レベルの奇跡を起こすとか、どう考えたって無理に決まってる。

 かといって、王様の命令じゃ逆らうわけにもいかないし。

 ていうか、もし逆らったらどうなっちゃうわけ?

 想像するのも怖いんですけど!


(まさか……反逆罪で、市中引き回しのうえ打ち首獄門とかっ!?)


 ヤバイ。

 超ヤバイ。

 わたし、マジで死んじゃうかもしれないじゃん。

 今まで飯が美味いの大浴場だのと、のほほんと構えていた自分を後ろから蹴り飛ばしてやりたい。

 もう少し早くから危機感を持とうよ!

 アホすぎだろ、わたし!!


(どうしよう。もう生きて日本に帰れないかもしれない……!)


 目の前が真っ暗になる思いで、わたしはしおしおとテーブルに突っ伏した。

 すると、クリスが不快感も露に口を開いて。


「真性の阿呆だな、おまえは」


 投げつけられた言葉に、わたしは思わず涙目になった。

 だけど、何も言い返せない。

 あまりに酷い言われようだけど、こればかりはクリスの言うとおりだ。

 反論の余地も無い。

 もとの世界にはいつでも帰れるとはいえ、あまりにも呑気に構えすぎた。

 自分で自分が情けない。

 ホント、こんなの恥ずかしすぎる。

 穴があったら入りたいくらいだ……。


(ううん。穴に入るくらいなら、いっそのこと潔く謝ってしまおう)


 騙した訳じゃないけれど、出来ないものは出来ないし。

 無理なものは無理な訳だし。

 真摯な気持ちで話せばクリスだってきっと分かってくれるはずだ。

 たとえ話の途中でクリスがキレても、アルベールなら最後まで聞いてくれるだろうし。


(誠心誠意説明すれば、二人ともきっと分かってくれるはずだ)


 そう考えて気を取り直したわたしは、どう話し合いを進めようかとアレコレ策を練り始めたのだけれど……。


「ふん。いまさら俺にひれ伏して媚でも売るつもりか、おまえは」


 頭ごなしに吐き捨てるように言われて、脳内スイッチがカチッと音を立てて切り替わった。

 人の気持ちを逆立てるような、冷笑を含んだ声音。

 ゆっくりと顔を上げれば、こちらを見つめる冷ややかな眼差しに行き当たる。


「だが、その程度のことで今までおまえが犯した数々の無礼が帳消しになる訳もない。そんな事も分からんのか、この阿呆が」


 その言葉に、わたしは体中の血が怒りで煮えたぎるのを感じていた。

 阿呆だけならまだしも……ひれ伏すって?

 いつ?

 どこで?

 誰が?

 誰に!?


「……何勘違いしてんだか知らないけど、わたしはあんたの馬鹿さ加減に頭を抱えてただけなんですけど?」


 口を開くなり挑むようにわたしが言ったら、場の空気がピシリと凍りついた。

 見れば、クリスのこめかみに浮かんだ青筋が幾本かに増えている。

 彼は目を眇めると、額にかかった黒髪を長い指でゆっくりと掻きあげた。

 その様子はまるで凶悪なオーラを身に纏ったラスボス級の魔王といったところだろうか。

 

「俺の聞き違いでないのなら――おまえは今、この俺を馬鹿だと言ったのか」

「言ったけど? だって、事実じゃない」

「ほう? ならば、その理由を聞かせてもらおうか!」


 語気も荒く、クリスが手にした金杯をテーブルに叩きつける。

 でも、すっかり頭に血の上ったわたしは、それに怯むどころかフンと鼻で笑ってみせた。


「じゃあ、遠慮なく言わせてもらうけど。ご存知の通り、わたしは魔法が使えないわけだけど、そんな人間を召喚しちゃうなんて、要は儀式に失敗したってことでしょ? なのに、その責任をわたしみたいな小娘一人に押し付けようとか、馬鹿以外の何者でも無いし」


 わたしの言葉に、今度はクリスがお行儀悪く鼻を鳴らす。


「無論その事に関しては、俺とアルベールとで協議した。召喚するにあたって使われた魔法陣の文言は古来より伝わるもので、偉大なる魔女を呼び出す為の特別なものだ。さらに、今回実際に使った魔法陣を再度確認したところ、文言は勿論スペルにもミスが無いことが分かった。よっておまえが現れたのはこちらのミスではない。全面的におまえのミスであることは明白だ」

「なっ……!」

「俺とておまえに全てを押し付けたくはないが、事実は事実だろう? まあ、スルタンたる俺の寛大な心を持って許してやらん事もないが、それにはお前の口から詫びの一つも聞きたいものだな」


 あまりにも身勝手な言い草に、わたしが唖然としていたら、クリスは人を小馬鹿にするように首を振った。

 その憐れむような眼差しが、わたしの気持ちをますます逆撫でする。


「こちらだっておまえには多大なる迷惑を被っているのだ。この国では幼子でさえ魔法を使うというのに、それに比べておまえは……話にならん。こちらの呼び出しに応じたにしてはお粗末すぎる。お子様以下ではないか」

「……は?」

「いや、待てよ。そういえば以前、魔法を使う猿の見世物があったな。ということは、おまえは猿以下ということだ」

「はぁぁ!?」


 怒りに任せてテーブルを叩くと、わたしは椅子を蹴って立ち上がった。

 勝手に呼び出しといて、勝手にわたしのせいにして、おまけに猿以下とか……

 ふざけんな!!


「猿以下って、何よ! どこまで人の事を馬鹿にすれば気が済むわけ!?」

「ほう? では、おまえは猿よりはましだ、と?」

「当たり前じゃない! っていうか、言っておきますけどね、わたし、アルベールから魔力があるって太鼓判押してもらったんだから!」


 興奮して言い放った直後、わたしはハッと我に返った。

 あれ?

 もしかして……わたし今とんでも無いこと言っちゃったんじゃないの?


「あ、あの……」


 背中に嫌な汗が吹き出るのを感じながら、わたしはへなへなと椅子に腰を下ろした。

 すると、今まで怒っていたはずのクリスがニヤリと笑って。


「かかったな、馬鹿め」


 ――今更逃げられると思うなよ、と。

 満足そうに言うと、彼は優雅に足を組みなおして、こちらへ見せ付けるようにゆっくりと金杯を呷ったのであった。



まんまとクリスはめられた英乃なのでした。

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