秘密だよ
でも、次に彼を大学で見た時、自分考えが甘かったと知ることになった。
瑠凪くんを見つけるのは簡単だった。
髪を染めている生徒は多くいれど、あそこまで綺麗に、降り積もった直後の雪のような白髪は彼しかいなかったからだ。
教場の最後列で、気怠そうに頬杖をつく姿が目に入る。
胸がとくんと高鳴り、すぐにでも声をかけたかったが、最初は照れが勝ってしまって、瑠凪くんから話しかけてくれるのを待つことにした。
しかし、幾度となく視線の中に入っているはずなのに一向に声をかけてくれない。
業を煮やした私は手を振ってみた。
大ぶりじゃないけれど、気付いてもらえるように。
しかし、反応はない。視線が私を通り抜けてしまう。
この前のように会話するどころか、私の存在すら認識していないようだった。
無視をしているのではなく、元から関わりすらなかったように。
私は急に、自分のことがひどく滑稽に思えてきて教場を飛び出す。
化粧室に入り、鏡で自分の顔を見ると、期待と落胆が入り混じった顔が目に入った。
「……そりゃ……そうだよね……」
鏡に写る女が私を嗤っている。
新歓で上級生に絡まれていた時も、お酒を飲まされた時も彼は助けてくれた。
彼がいなければ、今頃私は心に大きな傷を負って、こうして大学に来ていなかったかもしれない。
でも、あれは私だからではなく、困ってる人がいたから行動してくれたのだ。
事実、私がお酒だと気付かずに上級生に渡された飲み物を口にした時、彼は呆れたような顔をしていた。
あの時は、また話すと了承してくれたが、きっと私みたいな考えの浅い女子は好きではないのだ。
……だけど、そうは分かっているのに、瑠凪くんを追う気持ちは日に日に増していった。
講義を受けている時も、のびのび音楽ができるサークルに入れた時も、いつも頭の片隅には彼がいる。
たまに気になって跡をつけてみるのだが、段々と彼の後ろを歩く時間も長くなっていって、気付けばストーカーのようになってしまっていた。
そうしていると、彼は一度も振り返って私を見てくれないけど、他の女子に対しても同様だということがわかった。
自分だけが嫌われているのではなく、彼は異性と一定の距離を置くようなのだ。
たとえ肉体関係を持ったとしても二度はなく、自らに危険が生じそうな場合はすぐに関わりを断つ。
ある意味で瑠凪くんは孤独だった。
そして、私の心にも変化が訪れた。
恩人であり、思いを寄せる相手でもある彼。
彼の隣を歩くことが叶わないなら、せめて私と同じ大学で過ごした四年間の思い出を美しいものにしてあげたい。
時が来たら彼のサークルに依頼を持ち込んで、その評価を上げ、順風満帆な生活を送ってほしい。
これが献身というやつだろうか。
なんであれ、私は私の方法で彼を幸せにしてみせる。
そう考えていたのに……。
2年生になって、瑠凪くんの孤独を脅かす存在が現れる。
彼女の名前は日向七緒といって、私の一つしたの学年の女の子だ。
最初はただ、彼の端正な顔立ちに一目惚れしただけの大したことのない子だと思っていた。
しかし、彼女はするりと瑠凪くんの懐に入り込み、私の持ちかけた依頼を利用してKLに加入しようとしていたのだ。
自分は呼び方を他人行儀に変え、より広まってしまった溝を埋めることを諦めていたのに、彼女は一息で私を飛び越してしまう。
思えば、その時に感じた恐怖が、彼に正体がバレるきっかけだったのかもしれない。
誤解も解け、私にとっては良い結末になったと言えるが。
彼に本当の気持ちを告げられた時は飛び上がるほど嬉しかった。
しばらくの間、夢を見ているんだと本気で思っていたほどだ。
だから現実だと気付いた時には思わず抱きついてしまい、それからのアプローチも過剰なものになってしまった。
自分でも理解しているが、もはや止められない。
一年分の気持ちと、ライバルに負けられないという対抗心。
瑠凪くんの隣に立つことを目指し始めたのだ。
そう、だから今日一日は夢のようだった。
瑠凪くんは朝早くから起きて、ちゃんと待ち合わせにも来てくれた。
どのアトラクションも彼となら何倍も楽しめるし、すぐに疲れてしまうことすら愛おしい。
時間があればマッサージをしてあげたいし、常に他にできることを探している。
彼に尽くしたいのだ。
「俺たちってどんな出会い方だったんだ?」
そう聞いてくれた時は心底嬉しかった。
思いつきだったとしても、自分に興味を持ってくれているからだ。
この話をしたら、瑠凪くんはどんな顔をするだろうか。
へぇとだけ言って終わるかもしれない。
悪かったと言って、呼び方を「紫」にしてくれるかもしれない。
それは魅力的だなと、心が揺れるのを感じる。
でも、あの日のことを覚えていなくても、私が好きになった彼は変わらずそのままだ。
困ってる人を助け、自分を見失わないように導いてくれる瑠凪くん。
だったら、知らないままでもいいんじゃないか。
自分だけの大切な思い出にしてもいいんじゃないか。
そんなことを考えてしまって、私は返事を待つ彼にこう言ってしまった。
とびきりの笑顔を添えて。
「……秘密だよ」
まだまだ続けたいのですが、まとまった量が書けるまでは完結にしておきます。
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