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愛が重いだけじゃ信用できませんか?  作者: 歩く魚
第3章

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運命の相手

 ドラマを観たり漫画を読んでいると、「運命の出会い」というイベントが出てくる。

 二人には示し合わせたかのような共通点があり、川が海に繋がっているかのように恋に落ち、一生分の甘さを含んだハッピーエンドを迎える。

 全ての人間がこう在れと願いたくなるような、勝者の裏には敗者がいるということを忘れてしまいそうな幸せの奔流。

 そんな運命の相手が、私にはいる。

 

 大学生になってしばらく経った。

 いや、実際には一月ほどしか経過していないが、私の人生は大きく変わることはなく、多少なりとも持っていた期待が埃を被るには十分な期間だった。

 高校生に自己責任という名の自由をプラスしただけの毎日を送っている。

 そんな毎日に、というかこれからも同じように過ぎていく時間に焦りを感じていたからか、私は新歓に行ってみようと思い立った。

 大学では軽音サークルに所属しようと考えていたが、数が多すぎてどれに入ればいいかわからない。

 SNSで調べてみると「あそこは不埒なことばかりしている」とか「音楽をやっている自分に酔っているだけ」とか、ひどい書かれようのサークルばかりだった。

 百聞は一見にしかずというし、新歓を利用して良いサークルに巡り合えるかもしれない。

 私は染めたばかりの自慢の髪を鏡の前で撫でながら、胸の高鳴りを感じていた。

 

「へぇ、紫ちゃんっていうんだ。マジ可愛いけど彼氏とかいるの?」


 身体中を満たしていた軽い気持ちは、すぐに質量を増した。

 近くの公園に集合して親交を深めるという、いわゆる「お花見」。

 敷かれていたシートに座った瞬間、俺の獲物だと言わんばかりに上級生らしき男が声をかけてきたのだ。

 私にサークルを見る目がないのがいけないのだろうか?

 それとも、大学生はみんなこんな感じかなの?

 失望のような疑問が浮かんでいたが、目の前の男を無視する不快感で思考がまとまらない。


「ってかさ、すげぇエロい格好してるよね。やっぱ大学では遊びたい感じなん?」


 メラメラと怒りが湧き上がる。

 確かに、私は他の女の子に比べて少し特徴的な服装かもしれない。

 でも、それはボディラインが出やすいくらいで、肌の露出は極めて少ないのだ。

 なんでもかんでも性的な方向に持っていこうとする上級生に心底軽蔑する。


「なんで黙ってるわけ? 俺の声聞こえてるよね?」


 私の反応がないことに腹を立てたようだ。

 男は苛立った口調で私の顔を覗き込む。


「……いや、特になんにもないです」


 他の席に逃げたかったが、私たち以外の参加者は和気藹々と会話している。

 そこに割って入る度胸もなければ、ここから逃げ出そうという勇気もない。

 ただ、ここで吐き気のしそうな時間を耐えるだけ。


「あのさぁ、俺このサークルの幹部なのよ。そんなことしててこの先やっていけると思ってる? あ、新入生だから分からないかもしれないけど、軽音の中で最大手なのよ、うち。ここであぶれたら誰も一緒にバンドやってくんないよ」


 男の手が、私の手首を掴む。

 怖くて少し身体が跳ねてしまったが、悟られないよう必死に無表情を貫く。


「どうせ楽器も上手くないんでしょ? だったら俺が教えてあげるよ。善は急げって言うし、今から新歓抜け出して俺の部屋でさ」


 グッと自分の身体が引かれる。

 このまま無理矢理にでも私を連れて行こうとしているのだ。

 私は必死に抵抗するが、男の力には敵わない。

 周りの人間も見て見ぬふりをしているのか、誰も助けてくれない。


「あぁ、もっとエロい服持ってるなら家で着替えてきてもいいよ。なんなら紫ちゃんの家でもいいし、処理とかしてないなら全然――」

「おい」


 突然、私の腕を掴む手錠が外れた。

 新たに聞こえた声の主が助けてくれたのだ。

 私はそちらへ視線を向けると、その容姿を確認する。

 何ものにも染まらないような、逆に全てを使い果たして燃え尽きてしまったかのような美しい白髪。

 大きく鋭い目、高い鼻、薄い唇。

 中性的な彼の性別が男だと分かったのは、その声だけが氷のように冷たく、そして低かったからだ。

  

「い、いてぇよ! ……なんだよお前、新入生なの?」

「そうだよ」

「だったら敬語使えよ。義務教育で習わなかった?」


 先程まで掴まれていた手首を撫でながら、上級生が嘲笑う。


「敬語って社会的に自分より立場が上の相手に使うんだよ。お前は今、犯罪者予備軍なわけ。ってことは俺よりも立場が低いよな? お前が敬語使えよ」

「はぁっ? な、何言ってんのお前、意味わかんねぇし。ちょっと飲み物とってくるから、紫ちゃんはそこにいて」


 白髪の彼の論はさておき、上級生は勢いでは完全に負けていた。

 彼はそのまま小走りで他のメンバーのところへ去っていく。


「大丈夫だった?」


 一息ついて、彼は私に声をかける。


「うん。あの、ありがと……」

「気にしないでいいよ。怖いねああいう先輩って。今のうちに抜け出した方がいいんじゃない? 駅まででいいなら送ってくよ」


 行動は上級生と同じでも、彼の言葉はなぜか不快ではなかった。


「ありがとう。でも、安心したら腰抜けちゃった……」

「だったら立てるようになったら抜けるか。それまで暇つぶしに話でもしよ」


 私の心のうちに残っている恐怖心をなくすためか、彼はそれからいくつか自分のことを話してくれた。

 お互いの名前や学部、この大学で何をしたいか。

 他愛もない情報のやり取りが続き、安心する。


「お、まだ紫ちゃんいてくれてるじゃ〜ん!」


 だが、その平穏を壊す存在が再び現れた。

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