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その顔は思ってるな

「それじゃあ、さっそく行きましょうか。今日はそれっぽい人を探すんでしたよね?」


 二人はビル校舎を出て、二号校舎へと続く通路を歩いていた。


「いや、まだ一緒にやるって決めたわけじゃないからな?」


 唐突すぎる告白に呆気に取られた瑠凪は、その隙を突かれて手首にあった白い手を恋人のように繋がれ、気付けば校舎外まで連れ出されていた。


「え、完全に受け入れてくれる流れでしたよね…………私の告白」

「手伝いはともかく告白は完全に受け入れないよ!?」


 思わず素で反応してしまう瑠凪。

 日向は、上目遣いで彼の顔を覗き込む。


「私、容姿もスタイルもかなりいいと思うんですけど、そんな子に突然告白されてキュンと来ませんでした?」

「キュンと来たけど、『自分はとんでもなくやばいやつと話してたのか』って気付いちゃったキュンだな。走馬灯とか流れるタイプの、口から心臓でかけたよ」

「……ちっ」

「小さく舌打ちしたなおい」


 不機嫌そうにしながら、長い黒髪をヘアゴムでポニーテールにまとめ、準備万端と言いたげな日向。

 彼女に対し、未だに不信感を抱いている瑠凪は、もう一度その姿をじっくり見てみることにした。

 今はまとめているが、背中まである長い黒髪。

 前髪はもちろん、両サイドにウェーブのかかった二〜三束の髪があるせいで、ダウナーな雰囲気を感じる。

 黒縁の四角いメガネは、本来であれば知的さをアピールするものだろうが、彼女の目が気だるげなため、やる気のなさへの貢献度の方が大きい。

 しかし、鼻は高く、桜色の薄い唇と、顔立ち自体は整っていて、ヨーロッパあたりの血が少し入っているのではないかと思わせる。

 服装は黒いクロップド丈の襟付きシャツに、薄いグレーのデニムパンツ。

 全体的にスリムな体型だが、出るところはきちんと出ていて、彼女の言葉はあながち間違いではないと頷いた。

 だからと言って、それが信用できる材料にはならないのだが。


「そんなに熱心に見つめられたら、流石に照れちゃいますよ」

「真顔で言われても信じられないな」

「もしかして、私をそばに置いてくれる気になりました? 今日の服装が良かったんですかね。ちょっと普段とは違う大人っぽい感じが先輩に刺さりましね」

「いや、確かに嫌いじゃないけど刺さってないから。手伝わせる気も――」

「……?」


 言葉を詰まらせたことに、日向は疑問を抱く。

 瑠凪は、あれだけ言葉を交わしても一向に引く気配がなかったため、かえって近くで監視している方が安全かもしれないと考え直した。

 あざとさのある首の傾げ方に少しイラッとしたが、やがて大きくため息をつくと、苦々しい顔で口を開いた。


「……少しでも怪しかったら、今後、徹底的に距離を置くからな。教授だけじゃなく、ゼミのメンバーにも掛け合って、辞めさせる」

「わかりました。でも私、古庵先輩が思ってるような危ない女じゃないですよ? 先輩の害になるようなことはしないって誓えます」

「それが本当か決めるのは俺だ。あと、俺は『女』って言う女が好きじゃない」

「次からは女の子って言いますね。良いことを聞きました。先輩攻略が一歩進みました〜」


 ほんの少しだけ広角を上げる姿を見て、日向は感情表現が得意じゃないだけで、感受性自体は豊かなのかもしれないと、ぼんやり思った。


「っていうか、さっきの告白は嘘だろ? そろそろ本当のことを教えて欲しいんだけど」


 足を動かしつつ、もう一度、はぐらかされてしまった意図を探る。


「本当ですよ? 本当に古庵先輩のことが好きなんです。具体的に言うと、疲れた日に食べるチョコレートくらい。または、毎年夏のシーズンにしか提供されない抹茶のドリンクくらい好きです」

「それはまぁ、相当好きだな。でも、少なくとも俺の記憶では、約一時間前が俺たちのファーストコンタクトのはずだ」


 ゼミの懇親会より前に出会った覚えはない。


「そうですね」

「そうですねって……」


 本気にしては淡白すぎる反応に戸惑う。


「じゃあ、好きになった理由を教えてくれよ。人間は理不尽なことでも、納得できれば受け入れられるからな」

「それは……秘密ですね。ほら、ちょっとくらいミステリアスな方が気になりません?」


 口の前で指を立てる。


「君はほとんどが謎なんだよ。日向……っていう名前だって本当か怪しいもんだ」

「本当の名前はなんだと思います?」

「……伊集院ソフィア」

「アニメの見過ぎですよ。『片翼のシンデレラ』の見過ぎです」

「日向さんも知ってるよね!?」


 互いに歩を進めながらの会話。

 すれ違う生徒は、瑠凪の外見の派手さに、一度はその姿を目で追う。


「そういえば、君って呼ぶんじゃなくて名前で呼んでほしいですね」

「……日向さんでいい?」

「嫌です。そもそも私の名前、覚えてますか? さっきも怪しくなかったです?」

「もちろん覚えてるよ。あの…………うん、ね?」


 じとっとした視線が刺さる。


 とはいえ、瑠凪は申し訳ないと思っているような雰囲気ではない。

 数秒待ってみたが、微塵も思い出す素振りのないことに諦めたのか、日向は一度足を止め、瑠凪の瞳をまっすぐ見つめて口を開く。


「日向七緒です。覚えてください」

「日向七緒ね。覚えたよ、日向さん」


 手をひらひらと振りながら、耳に入る言葉をそのまま口から出す。


「……七緒です。覚えて、その上で呼んでください」

「……七緒ちゃんね。覚えたし、まぁ気が向いたら呼ぶよ」


 どちらもため息をつく。


「今日はその言葉だけで良しとします。校門を出たら手繋いで良いですか?」

「良いと思うか? あぁ、その顔は思ってるな」


 なにか?というすっとぼけた表情に全てを理解した瑠凪。

 宣言通り、校門を出た瞬間に迫ってくる手があったが、それをノールックでパチンとはたき落とす。


「デートDVって言うんですよ、これ」

「デートじゃないからセーフ。無理やり付いてこられてるだけだしな」

「果たして、世間はその言葉を信用してくれますかね。白髪の胡散臭い男性の言葉を」

「……マジで負けるからやめてね」


 突如降りかかる人生終了の危機に苦笑いする。

 その後も二人は同じようなやりとりを続け、大学の最寄り駅に到着した。

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