演技派
「というか、客役の面々がまだ揃っておりませんね?」
「あぁ、それならもう到着すると思うぞ」
坊主にそう言ってから数分後、橋上の扉を控えめに叩く音がした。
「あのぉ〜……二人なんですけど、今って空いてますかねぇ……? いやちょっとお腹が空いちゃってですね、決してメイドさんに萌え萌えしたいとかではなく……」
「そこまで役に入り込まなくていいから」
「あ、そう?」
ある意味で予想を超える登場をしたのは楽人だ。
こういう時に呼べる人材としてこれほどの適任はいない。
きっと気持ち悪いながらも的確なアドバイスをくれるはずだ。
「……お前、なんか失礼な事考えてない?」
「まぁな。んで、もう一人は?」
「ここにいるぞ」
少し遅れて蓮が入ってくる。
以前の依頼で知り合って以降、彼には時々サークル活動を手伝ってもらっている。
「急に呼び出しちゃって悪いな」
「気にしないでくれよ。楽人と楽しみだなって話してたくらいだ」
照れくさそうに笑う蓮。
「それにしても……」
メイド服の面々をまじまじと見つめて楽人は言う。
「…………レベル高すぎません?」
「いやそれな。俺は行った事ないから分からないんだけど、メイドカフェってこんなにレベル高いのか?」
「言っちゃ悪いけどここよりレベル高い店なんてそうそうないぞ。都内どころか日本でもトップの店を目指せると思う。あと二人くらいいれば……」
「うちのサークルで一儲けしようとするな」
「悪かったよ瑠凪。まぁ、店の良さは顔だけで決まるわけじゃないしな。今日は誰の接客が一番良かったのか決めるんだろ?」
磯部から提案があったあと、彼らには先んじてメッセージで概要を伝えておいた。
「……んで、接客スタイルはどうするんだ? 一人にそれぞれメイドさんをつけるのか、それとも全員をまとめて面倒見るのか」
「今回は1対3でやってもらう事になってる。っていうか……」
「あぁ、そうだよな……」
楽人も蓮も察したように苦笑する。
「「少なくとも俺たち相手にあの二人はやる気出してくれないだろうからな」」
あの二人というのは七緒と紫のことだ。
前に行った飲み会でも、二人は終始俺以外の男と話そうとしていなかった。
賞品はあるにはあるが、それでも二人がまともなパフォーマンスを見せてくれるとは限らない。
無駄な時間を減らすためにもこの方式が良いのだ。
「それじゃあ、二人が到着した事だし……やるか」
「まずは私からですね。ナナで〜す! よろしくお願いしま〜す!」
七緒……もといナナを正面に捉えて左から順に俺、楽人、蓮の順番で座っている。
彼女は今日はテンション高めの猫被りモードのようで、声も綿あめくらいふわふわに作り込んでいた。
「……おい、七緒ちゃんってあんな感じだったか?」
「萌え声って言うんだぞあれ。前にネットで見たことある」
「それにしたって別人じゃねぇか。うちのサークルにあんな愛想良さそうな子はいなかったぞ」
隣でヒソヒソと話している。
「まずはぁご注文からお願いしますね〜! あ、お兄さんとってもかっこいいですね! ナナのタイプかもぉ〜!」
ナナが俺をロックオンした音が聞こえた気がした。
身を屈めて俺の耳元に近づいてくる。
「あとでぇ〜連・絡・先……教えてくださいね?」
「あ、大丈夫です。とりあえずコーラください」
「もう〜素直じゃないんだからぁ。そういうところもかっこいいですけどねっ!」
完全に役に入り込んでいて俺の言葉がしっかり届いていない。
だが、これなら残りの二人に対しても甘々な対応をしてくれるんじゃないだろうか。
勝ち目が出てきて良かったなナナ――。
「そこの二人は早く決めてください」
雑に置かれるメニュー表。
二人とも楽園に来たと思っていたら南極だった……みたいな顔をしている。
「ま、まぁ……わかってた……けどな?」
「……………………」
蓮は震えながら涙をこぼさないように上を向いて耐え、楽人に至っては白目をむいて気絶していた。
「…………ふむ。あれが飴と鞭というやつか?」
遠巻きに眺めながら凛が何か言っている。
「いや、多分違うと思いますよ。古庵君にだけ飴をあげて二人に鞭を振るうのは」
「そうなのか? でも、特徴的な髪の彼は涙を流さんばかりに喜んでいるではないか」
「どっちも特徴的な髪型ですよ。あと、あれは喜んでるんじゃなくて恐怖です」
確かにアシンメトリーと団子、どっちも珍しい髪型だよな。
それでいうなら白髪もレアだと思うが。
「…………座長」
「どうした?」
今度は磯……磯なんとかが上司に意見を述べるようだ。
「どうやら日向様は敵じゃなさそうですね。今回の戦いは恐らく後に順番が回ってくるほど有利」
「……というと?」
「先の順番での失敗を避け、反応の良い行動をなぞれば高得点は約束されているかと」
「つまり、今の小娘のような飴と鞭と鞭作戦は良くないと?」
静かに頷く坊主。
しかし、彼のいう作戦にも一つ弱点があるのに俺は気がついていた。
「……確かにお前の言う戦法は強いだろう。だがまだ甘いようだ」
「甘い……。よろしければ教えていただけますか?」
「減点を減らし、確実に得点を得ることは大切だ。しかし、先にやられたのと同じことをすれば印象は薄い」
「た、確かに……!」
お笑いの賞レースではトップバッターは不利だとされている。
その理由として最も挙げられる理由が、場が温まっていないということだ。
幾度となく笑い、口を横に開くことへの抵抗が薄れてきた頃にパフォーマンスをする芸人は実力以上に面白く感じる。
それに対して最初に客前に出てきた芸人は、空気を読み兼ねている人々から過小評価されてしまうのだ。
ならば、序盤になった時点で勝ち目はないのか?
否である。
流れが決まっていないからこそ使える手段というのがあるのだ。
それが、場を破壊するほどの衝撃を与えるというもの。
暴れに暴れまくれば、かえって最高の印象を残し、後続に負担をかけてやがて勝利することができる。
凛がどういう攻め方をしてくるのか楽しみだ。




