疲労
その後も数人のナースだったりなんだったりのお姉さんたちから話を聞き、俺たちは退店した。
「ふぅ……なんだかいつも以上に疲れた気がするな」
「そうかな? 私は楽しかったよ」
「私も同感です。予想以上に楽しめました」
「そりゃあ二人は褒められてばっかりだったからな……」
俺は社交辞令で褒められはしたが、そこには上辺だけの冷たさがあった。
一方で七緒と紫の二人に関してはめちゃくちゃ自己肯定感が上がったはずだ。
最後の方とか「うちで働きませんか!?」とか言われてたし。
二人ともガワだけなら芸能人顔負けと言った感じだし、店に引き入れたい気持ちもわからないでもないけどな。
「んで、肝心の売れる方法だけど……これがまたなんとも言えなかったなぁ」
「十人十色っていうか三者三様っていうか蓼食う虫も好き好きっていうか、とにかく全員言ってること違ってましたからね」
十人が三人になって最後は虫になっちゃったよというツッコミはおいておいて、結果としては彼女のいう通りだ。
最強の守りは何かという質問に対して「攻撃こそ最強の防御」「何者にも貫かれない防具」「そもそも誰もと戦わないように引きこもる」なんて言われたような感覚。
どのアドバイスも正しそうだし、どのアドバイスも間違っていそうなあやふやさ。
つまり、何もわからなかったのだ。
知り得た情報といえば……。
「二人とも、意外と褒められると顔に出るタイプなんだな」
「なっ、そんなことありませんよ。先輩の目が腐ってるだけです。私のと交換しますか?」
「七緒の瞳は綺麗だけど遠慮しておくよ」
「きれ……そうですか、ありがとうございます」
ほら、やっぱり突然褒められると弱いみたいだ。
メガネを掛け直して動揺を取り繕っている。
日本以外の血が入っているせいか、彼女の瞳は澄んだ海の色をしている。
最初はカラーコンタクトを入れているのかと思ったが、裸眼でこの美しさらしい。
「私は全然喜んでないよ。残念だけど見当違いだね」
「そう言ってる割には足取りが軽いな」
「…………よく見てるね」
顔周りの髪の揺れ具合とかでわかってしまった。
というか、あれだけ盛大に何度も褒められれば誰だって浮ついてしまう。
「……私は褒めてくれないの? ねぇ」
「あーそういう気分じゃなやめてやめてつねらないで」
そんなに力は入っていなかったが、それでも脇腹の肉を摘まれるのは痛い。
「褒めるのはともかく、加賀美さんにどうアドバイスするか……。紫ちゃんはどう思う?」
「一回どういう接客してるか見せてもらうのはどう? それで今日ついてくれた子に近いスタイルを探すとか」
「いいな、そうするか」
今日出会った子であんまりだと思う接客は無かったし、加賀美の特徴に合わせて近づけていくのが良さそうだ。
「私が今日中に加賀美さんに連絡しておくね。他に必要なものがあったら用意しておくから後でメッセージ送ってほしいな」
「了解。七緒はどうする?」
彼女は今回は極力手伝わないスタンスのようだし、というか手伝ってしまうと紫の加入が決定的になるからな。
「私は様子だけ見に行きます。面白そうなことやってたら参加もします」
「面白そうなことって……」
別にレクリエーションをする気はないのだが。
でもまぁ、本当に行き詰まった時は意見をくれるだろうし、いてくれることに越したことはない。
「ってことで今日は解散するか。次は加賀美さんと客役を呼んで実際にやってみるってことで」
二人の予想はできているだろうが、客として相応しい奴が数人思い浮かんでいる。
ただ、そのメンバーが客観的で鋭い意見を出してくれるかというと……少々首を傾げてしまう。
「あ、ちょっといいですか?」
七緒が小さく手を上げる。
何か気になる点があるのかもしれない。
「あの、ラジ館でウェアヒーローのコラボがやってるみたいだから行ってもいいです?」
「マジか、俺も行こうかな」
実はこの間カフェに行ってからウェアヒーロー熱が再燃してきている。
新しいグッズとかちょっと欲しいんだよな。
「紫ちゃんは? 多分知らないだろうし、面倒だったら帰ってもらっても――」
「古庵くんがいくなら行くよ。そのウェアヒーローっていうのが何かは知らないけど」
ラジオ会館に向かいながら、簡単にウェアヒーローについて彼女に説明する。
「二人とも好きなんだ。私も見てみようかな」
「毎週日曜の朝7時からやってますよ。今なら私が特別にあらすじを解説してあげます」
「じゃあお願いしようかな」
自分の浸かっている沼に新規を引き込めるのが嬉しいのか、七緒はライバル視しているはずの紫に嬉々として説明している。
場合によって敵になったり味方になったり女子はややこしいな。
思わず俺も聞き入ってしまいそうなアツい解説が佳境に入る頃、ラジオ会館の上階にあるコラボスペースに到着する。
「み、見てください! このショップ限定のメダルが売ってますよ!」
「おいおい特別カラーのネックレスまで売ってるぞ!」
若干紫が引いていた気がするが、俺たち二人はそんなことも気にせず少年のように楽しんでいた。




