七緒のターン
「最初は私ですね。よろしくお願いします」
時間がもったいないということで、早速三番勝負の二戦目がはじまった。
「お手柔らかに」
「私の手、柔らかいですよ」
「そういう意味じゃないです」
勘違いしたフリをしながら手を繋いでくる七緒。
行動に全く躊躇がない。
「んで、どこに行くんだ?」
「そうですね、一時間じゃあんまり遠くまで行けないですし、手頃なショッピングモールに行きましょうか」
そうして手を引かれるままに連れてこられた巨大なショッピングモール。
地下一階には人気店ばかりの飲食エリア、一階にはハイブランド、そこから上は各階ごとにメンズファッション、レディースファッション、雑貨屋、映画館などとんでもない数の店舗が入っている。
もはや闇鍋のようだな、というのが正直な感想だ。
「まずは飯食わないか? ちょっとお腹すいちゃったんだよな」
「……いいですよ。本音を言えば色々と回りたかったですけど、よく考えたらあんまり二人でご飯食べることはなかったですよね」
「同意の上で行くことはな」
勝手に俺の居場所を突き止めて、勝手に俺の前の席に座って飯を食べることはあったけど、二人きりでというのはほとんどなかったはずだ。
「先輩はなんの気分ですか? 合わせますよ」
「そうか、悪いな。それじゃあ……」
自分の胃に問いかける。お前は今、何が食べたい?
空腹度としてはなかなかで、ガッツリ行こうと思えば全然行けてしまう。
だが、女子の胃に同じくらいの量を詰め込むのは酷というものだ。
俺はモール内の案内看板の前まで移動して、適度に軽食のメニューがあるような店を選ぶことにした。
「ここなんてどうだ?」
「ハンバーガーですか。いいですねジャンキーで」
「ジャンキーってのは駅前の店とかを指すんじゃないのか? 今から向かう店は時間や手軽さよりも味にこだわっていそうだぞ」
「確かに、絶妙に食べにくいんですよね」
「めっちゃわかる」
美味しいんだけどな。
最終的に上のバンズだけ残ってしまうやつだ。
飲食店は地下にあるため、エスカレーターに乗って降りていく。
ハンバーガーだけでなく、ハンバーグや焼き肉、居酒屋まで色々な店が揃っているからか、お世辞にも空気が良いとは言えない。
脂っこい肉の匂いが鼻から入り、徐々に胃の中を満たしていく毒のようだった。
日曜の人の多さと迷路のような構造に若干苦戦したが、なんとか目的地に辿り着くことができた。
幸い待たずに入れるようで、軽快な挨拶と共に席に案内される。
メニューの説明を軽くすると、店員は去っていった。
「俺はもう決めた。このチーズバーガーにする」
「私も決めました。ゆっくりしたいですけど、この後の時間が惜しいから呼んじゃいますね」
相変わらず気怠げな声で店員を呼び、テキパキと俺の分まで注文してくれる。
感謝の言葉を告げると、彼女はペコリと頭を下げた。
「アボカドバーガーにしたんだな。なかなかレアじゃないか?」
「そうですかね。好きなんですよね、アボカド」
「あんまり味しなくない?」
「いやいや、味よりクリーミーさを楽しむものなんですよ。お肉の美味しさを引き立たせてくれるように、アボカドも素晴らしいアシストをしてくれるんです」
凄まじい熱弁っぷりだ。
アボカド推奨担当大臣なのかもしれない。
数分経って、二人分の注文が一気に運ばれてきた。
互いに白い丸皿にハンバーガーが盛られていて、ナイフとフォークで切りながら食べるタイプ。
専用の紙に包んでかぶりつく事もできるが、口裂け女でもない限り綺麗に口に入れることは難しいだろう。
手を合わせて食前の挨拶をすると、二人ともカトラリーを持った。
「……んん、やっぱりアボカドがあるとないとでは全然違いますね」
「そうなのか。こっちもめちゃくちゃ美味しいぞ」
ハンバーガー屋で出てくるチーズってどうしてこんなに美味しいのだろう。
単純に種類が違うのか?
食べにくさはやはりと言った感じだが、味には大満足だ。
店に入ってから20分ほどで互いに食べ終わった。
「……さて。次はどこに行くか、今のうちに決めておくか」
「人も多いしスムーズに行きたいですもんね。次は服を見るか、本屋に行くか……先輩はどこに行きたいですか?」
「俺は本――」
途中で言葉を止めると、七緒は不思議そうに首を傾げた。
よく考えたら、俺は彼女のことを全然知らないかもしれない。
趣味がなんなのか、好きな食べ物は、嫌いな動物は、無人島に行くなら何を持って行きたいか……。
いつもこっちの好みに合わせてくれるばかりで、七緒は自分のことをほとんど表に出していない。
知る必要もあまりないだろうが、少しでも相手のことを理解していた方が、今後の安全につながる気がする。
「いや、今日は俺のことは気にしないでくれ。七緒の行きたい場所について行かせてほしい」
「そう……ですか? それって……」
先ほどよりさらに理解できないという反応だったが、その顔は徐々に柔らかく、笑顔になった。
「ありがとうございます。それじゃあ、行きましょうか」
再び手に温かな感触があり、ゆっくりと手を引かれて俺は歩き出した。




