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親睦会の自己紹介

 小さい、人気のない講義にしか使えない教場の中に、数人の生徒と一人の教授がいる。

 長机を挟んで三人ずつの生徒、教授は後ろに立ち、彼らの顔を見ていた。

「はい、それじゃあお互い自己紹介してもらおうか。まずは二年生からだね」

 中途半端に禿げかけの頭が特徴的な教授の言葉を聞き、奥に座っている三人の生徒はそれぞれ軽く言葉を交わすと、順番に口を開く。

「えっと、山本敬浩です。このゼミでは主に刑法を扱っていて、多くの判例を取り扱います。予習復習頑張りましょう」

「吉永美憂です。他のゼミと違ってアットホームなのが特徴だと思うから、仲良くしてね〜」

「古庵瑠凪。何でも屋さんみたいなサークルをやってるから、困ったことがあったら是非来てくれ」

 一年生は、それぞれの自己紹介の合間に「お願いします」と小さく会釈する。

 三番目の男は、在校生の数が高校とは比にならないのだし、皆一様に似たようなテンプレ人間なのだから、覚えてもらえないであろう自分の名前より、興味を惹けそうな内容を話すことにしたようだ。

 とはいえ、顔立ちが整っているというだけで、他の二人よりは明らかに目立っているし、白髪なのが余計に印象深い。

「ゼミに関係のない話をしている人もいたけど、だいたいこんな感じで楽しくやってます」

 教授を含めて、すでに瑠凪についての人間性をある程度把握しているゼミの面々は、特に止まることもなく進行する。

「それじゃあ、次は一年生ね。奥の子からいこうか」

 教授に指名され、奥の男子生徒は身体を強ばらせながら、緊張した面持ちで口を開く。

「い、一年の中島雄大です。特に理由はないんですけど、刑法に興味があって、来年からよろしくお願いします……」

「日向七緒です。かなり人気のゼミだと聞いて、どんな豊かな学びがあるのか興味を持ちました。よろしくお願いします」

「瑠璃島優菜です! 先輩方と仲良くなりたいです! よろしくお願いします!」

 当校の生徒には、学校側が推奨していることもあって、二年生になった段階でゼミに入る者が多い。

 といっても、必ず入らなければならないわけではなく、入った方が就職にも有利だから……というレベルではあるが。

 また、一般的な中学、高校と同じようなクラス制を採用しているため、生徒は一人一人親身に学びをサポートしてもらえるという点で、まじめに勉学に励みたい生徒は積極的に受講を選んでいる。

 瑠凪はというと、特にゼミに入るつもりはなく、ただ「ゼミの面接だけはうけた」というある種の称号のために足を運び、「無人島に何を持っていくかディスカッションしてください」というグループ面接のテーマに対して屁理屈をこねくり回していただけなのだが、何故だか合格してしまった。

 そのため、今日もこうやって、貴重な調査の時間を無駄にして下級生との親睦会に参加しているのだ。

 貴重な通年四単位を楽に手にできるしな、という思考もある。

 最初はつまらなさそうな態度で明後日の方向を見ていた瑠凪だが、一年生の自己紹介が始まると、興味深そうに視線をそちらへと向けていた。

 聴覚的に一年生の中で目立っていたのは、過度とも言える緊張具合だった中島だろう。

 うわずった声を聞けば、透視能力を持っていなくとも心臓の過剰な運動を理解できる。

 だが、その緊張の理由は教授を前にしているからでも、特に成長もしていないのに、やたら余裕そうな態度の二年生に威圧されたからでもないと、瑠凪は考えていた。

 雑な自己紹介で一番印象が薄く感じる日向七緒。彼女が人並み外れた美貌を持っていたからだ。

 背中くらいまである、艶めいた黒髪。

 感情を読み取らせない死んだ目に、さらに黒縁の眼鏡をかけていることでダウナーな所感を与えるが、一つ一つのパーツ単位では整っていて、隣にいれば嫌でもその美しさに気付く。

 中島が緊張していたのは、一学年の中で二〜三人いるかいないかというトップクラスの容姿の女子と、意図せず隣の席になったからだ。

 もしかしたら、中島は地方から出てきたばかりなのかもしれない。

 上京してきてまだ一月、それでいきなり、地元で関わったことのない美しい女子と隣の席になってしまった。

 普段のパフォーマンスが出せなくなる理由にはなる。

 繰り返しになるが、ゼミの講義は母数が少なく、親密さが強調される。

 教授持ちで飲み会が開かれることも多いため、必然的に合コンというか、生徒同士がくっつきやすい環境になっているのだ。

 一年生がゼミに本格参加するのはほぼ一年後とかなり後で、しばらくの間は、たまの親睦会が昼休みにあるくらい。

 今回は軽い自己紹介と雑談によって、それぞれの緊張をほぐすというのが目的だが……。

「自己紹介ありがとうございます。残りの時間はみんなで親睦を深めてね」

 教授の「みんな」の意図とは裏腹に、中島、山本共に日向に話しかけるばかりで、残りの相手は進んで瑠凪が請け負っていた。

「ね、ねぇねぇ。日向さんはどの辺に住んでるの? 俺は――」

「都内です」

「都内なんですね。休みの日は何をしてるんですか? 僕は――」

「何もしてないです」

 会話を続けようとすると、日向は単発の返答で区切り、そこからさらに広がりそうな話題もぶつ切りにする。

「えー! 先輩達この前のフェス行ったんですか!? 私も行ってたんですよぉ〜!」

「そうなの? めちゃくちゃ好きなバンドばっかでマジでよかったよね。吉永なんか最後の方泣いて――」

「ちょっと古庵君それは言わないでって言ったよね!」

「はは、ごめんごめん。今度みんなでライブとか行けたらいいな」

「いいんですか? ぜひ先輩方と行きたいです!」

 瑠凪は、一年生と二年生が打ち解けられるように会話を回す役に徹する。

 二つのグループの盛り上がりは対照的で、教授は苦笑い気味に経過を見守っていた。

「日向さんは最近どこか行った?」

「いえ、行ってないです。それより――」

 彼女の視線の先に誰がいるのか、いち早く気がついた山本が答える。

「……あぁ、古庵君だね。いつも面白い話をしてくれる奴だよ。あー、でも、あんまり素行は良くないようだけどね? やっぱり大学は勉強するところだし、あんまり遊びすぎるっていうのも――」

 日向は、自分に向けられて発せられた言葉が耳に届いていないかのように、瑠凪の方をじっと見つめていた。

 舌を少しだけ出して唇を湿らすと、気怠げだが、よく通る声が空気を震わせる。

「あの、古庵先輩……でいいんですよね?」

 面々が口を閉じ、静寂が訪れる。

「……どうしたの?」

 他の男子が終ぞ得られなかった日向からのアプローチを受けたにも関わらず、その表情は少し鬱陶しそうな、微妙としか言えないものだった。

 言葉の表面だけは柔らかかったが、一枚皮を剥げば、会話を拒否していると容易に伝わる。

「……いえ、なんでもないです」

 何故自分にだけ反応が悪いのか分からず、日向は目を伏せる。

「そう? それでさぁ、その時大魔王の鎧が割れて……」

「大魔王の鎧が!? ヤバくないですか!? 魔界の最低賃金がさらに下がっちゃいますよ!」

 和気藹々とした会話に戻る瑠凪。

 反対に、自らの脈のなさを受け入れられない男子陣に、日向の感情は読み取れず、微かに悲しそうなオーラが立ち上っていても、それに触れることはできない。

 その後も二十分ほど、お通夜と宴会の板挟みに耐えられなくなった教授が昼休みの終了を告げるまで親睦会は続いた。

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