三番勝負
軽音サークルの方に顔を出しにいくと紫が一度退出し、俺と七緒の二人が教場に残った。
30分くらいで戻ってくるそうなので、彼女が帰ってきたら三人で下校といこう。
「もし紫ちゃんがKLに入ったら、あの子兼サーすることになるのか。結構大変だよな」
「大丈夫ですよ、私が入れさせませんから。私と先輩の愛の巣を守り抜いてみせます」
「そんな巣を作った覚えはないんだけど」
足元が底なし沼になってて沈んでいきそうだ。
そんなことを考えていると、彼女がふとなにかを思い出したように口を開く。
「そういえば、さっき誰が来ていたんですか?」
「あぁ、凛先輩だよ」
「……あの人ですか」
今日は言い合いで夢中になっていたから気が付かなかったようだが、七緒と凛も仲が悪い。
仲が悪いというか、七緒が凛に突っかかっていっている。
「どうしてあんなに凛先輩と仲悪いんだ? 悪い人じゃないのに」
「……だからですよ。前にも言ったかもしれませんけど、あの人は私の敵です。というかボスです」
「ボスかぁ……」
言っている意味がよく分からなかったが、確かに凛はボスっぽいな。
知恵・美貌・権力・将来性のどれをとっても一流で、憧れたり目指したりするにはもってこいだ。
「で、今回はどんな理由でずけずけやって来たわけですか?」
「ずけずけって……。なんか、俺に会いに来てくれたみたいだ。ここ一月くらいは飯にも行けてないし、先輩として気をかけてくれてるんだろ」
「へぇ……」
眼鏡をくいっと持ち上げて七緒が真剣な表情になる。
「先輩は、あの人のことどう思ってます?」
「どうって……カッコいい先輩、かな」
先ほどの様子は不可解だったが、普段の彼女は芯が通っていて学ぶところが沢山ある、目指すべき人間だ。
俺を訪ねてくれたというだけでも喜んでいる自分がいる。
「女性としてはどう思いますか? 綺麗ですよね、あの人」
「確かにな。俺が今まで見てきた人間の中でもトップクラスに綺麗だ。それでいて教養もあるんだから、前世でどんな得を積んだのか……」
常々考えているが、彼女に想いを寄せられるのはどんな男なのだろう。
きっと多彩な才能で世界を駆け回り、多くの人を幸せにできる男なんだろうな。
少なくとも、俺のような自分のことしか考えないちゃらんぽらんではない。
「先輩はああいう人が好みなんですか?」
「……うーん、どうだろうな。顔とスタイルが良い子は全員好みだよ」
もちろん、凛のことを性的な目で見ているわけではない。
在学中に近しい異性に手を出すのは自殺行為だからな。
ただ、彼女であれば自分が道を踏み外した時に支えてくれそうな信頼がある。
俺の母親が凛のような女性だったら、今立っているのはKLの教場じゃなかったかもしれない。
思考を打ち切り、この質問にどんな意図があるのか七緒の方を見てみると、凄まじく険しい表情が飛び込んできた。
「……どうした?」
「いえ。ちょっと壁にぶち当たってるだけです。具体的に言うと、あと15面くらいあるのに残機が残ってないって感じですかね」
「詰んでるじゃんそれ」
余裕があれば残機を増やす技とか試してみたいけど、後がない状況ではそれすらも恐怖だ。
「どうすればいいのか……」
七緒ほど賢くても悩むような何かがあるのか。
少し気になってきた。
「俺に手伝えることなら言ってみて」
「……先輩には手伝えません。残念ながら」
一刀両断されてしまった。
俺に手伝えないとは、女性限定の悩みとかだろうか?
その後も七緒は黙りこくって考え続けていた。
「ただいま。ごめんね遅くなって」
彼女が出て行ってからおおよそ40分での帰還。
別に10分くらいどうってことないが、彼女は律儀にも謝罪の言葉を口にした。
と、その瞬間――。
「その手がありました!」
ふいに七緒が大きな声でそう言った。
絶対に勝てないと思っていたボスに対抗する方法を見つけた小学生のような、興奮の入り混じったものだった。
「あなた、音羽さんでしたよね」
「うん。どうしたの?」
「KLに入りたいんですよね?」
小さく紫が返事をする。
「あなたがKLに参加することを認めます。ただし……」
七緒は紫に向けて、人差し指をビシッと突き出した。
「――私との三番勝負に勝つことができたらです」
「三番勝負?」
当然、指の先にいる彼女が聞き返す。
彼女が聞かなければ俺が聞いていたところだ。
「三番勝負です。えーっと……さっきのクイズ大会が最初の勝負でいいです。そしてあれは引き分け」
頷きながら解説をしてくれているが、それにしては内容が少々雑じゃなかろうか。
まぁいい。その三番勝負とやらに紫が勝てば、晴れて入部が認められるようだ。
「じゃあ、二番目は何するの?」
「どちらももう決めてあります。それでは、次の日曜日に第二戦目を行いますので、お二人は私が伝えた場所に来てください」
一方的に話を進める七緒。
紫は「わかった」と手短に返事をして会話を終わらせてしまう。
「いや、ちょっと待ってくれ。俺は日曜に用事が――」
「どうせその辺で捕まえた女の子と遊ぶだけですよね? だったらこっちを優先してください」
「……はいよ」
彼女に全て見透かされていたので、大人しく言うことを聞くことにした。




