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愛が重いだけじゃ信用できませんか?  作者: 歩く魚
第3章

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回想

 母親に言われた「死ねばいいのに」という言葉を、父親に言われた「消えろ」という言葉を、俺はその時の表情も含めてよく覚えている。

 人間は良かった出来事より嫌だった出来事の方を深く覚えているのだろう。

 ポジティブよりネガティブな動力源の方が長続きするともいうが、それは心の死と引き換えになっている。


 幼い頃より両親から虐待を受けていた。

 肉体的、精神的なものを問わず、身体中に傷が増えていった。

 当時は言葉の重みがよくわかっていなかったし、殴られるのが一番辛いと思っていたはずだ。

 だが、今考えてみれば、親に同年代の友達との遊びや連絡を禁じられていたのが致命的だった。

 人間は、似たような境遇、環境にいる人間と関わりを持たなければ他人の心を理解することができない。

 高校生で背が伸びるのが止まってしまうように、幼少期から他人とコミュニケーションをとって心の機微を理解しなければ、いずれ人の心がわからない人間になってしまう。

 歳の近い兄弟・姉妹がいれば家庭内での成長も期待できるが、残念ながら――被害者が減るという意味では幸運なことに――俺は一人っ子だっだ。

 そのおかげで、酷い仕打ちを受ける仲間という心配事が一つ減った代わりに、他人の気持ちがよく分からない人間が一人誕生してしまった。


 父親と母親の不仲が進むたび、その歪みを俺が引き受けることになった。

 他人に相談するという思考自体を育めなかった俺は、ただ一人それを溜め込むしかなかった。


 俺は他人に「死ね」と言ったことも「消えろ」と言ったこともない。

 酷い言葉を使うことはあるかもしれないが、使っていい言葉と悪い言葉の違いは理解している。

 しかし、ある日自分の心の中に、両親が俺に向けていたものと同質の衝動が存在していると気付いた。

 その時のショックは計り知れないものだった。

 鏡を見るたびに目に入る痣より、屈託なく笑う同学年の生徒を見るよりも。

 人生で二番目に辛かったことだ。

 だから俺は、恋人を、伴侶を得てはいけないと思った。

 いくら自分が抑えていても、いつか俺は、子供に同じことをしてしまうかもしれない。


 自分のことくらい自分でコントロールできるんじゃない?

 なりたくないものが分かっているなら、それに近付かない努力もできるんじゃない?

 そうやって思う人もいるだろう。

 確かに、努力自体は可能だ。

 だが、努力できることと自分を信じられることは違う。

 自分に対する信頼というのは、その大部分が他人の評価に依るものである。

 自分が「馬鹿」であると言われ続けると、本当に自分を馬鹿だと思ってしまう。

 君は「できる」と言われ続けると、本番で本来のパフォーマンスをできる確率が上がる。

 これをラベリング効果というらしいが、つまり、俺の自己肯定感はボロボロということだ。

 絶対に彼らと「同じ」にならないと断言できないのが、俺にはたまらなく嫌だった。

 もちろん、他人のせいにしてばかりいられない。

 俺は自分にできる努力はなんでもやってきた。

 だからこそ、他人に褒められる優れた容姿を手に入れたし、困った時に頼れる暴力があるし、慕ってくれる人間を増やしてきた。

 しかし、どれだけ強固な材質で家を作ったとしても、どれだけ緻密な設計図を用意したとしても、ずぶずぶの土台の上に立てるしかない。

 家は建て直せるが、土台を今から変えることは不可能に近い。

 一歩間違えれば根本から崩壊してしまう危うさを消し去ることはできないのだ。


 もちろん、人に恋をする気持ちは尊いものだと思う。

 見返りを求めるのが恋で、無償なのが愛とか言っていた人間がいた。

 俺からすれば、どちらも眩しいものだ。

 その人間の皮膚の内側には魔物はおらず、無垢に他人を信じることができるのだから。

 だから俺は恋愛の依頼は進んで引き受けるし、成就させてやりたいと思う。

 その一方で、恋人と破局する人間に関しては、特に喧嘩別れする奴等に関しては軽蔑してしまう。

 八十年くらいは生きるわけだし、出会いと別れがあるのは理解できる。

 でも、出会いもなく、別れしかなかった自分には、彼らの他人に対する扱いが許せない。

 別れた次の週には新しい恋人がいるなんて、その人間の言葉には嘘しか含まれていないように思える。

 他人を駒のように考えているという点では、俺も彼らと同じだ。

 だが、心を開いた末にその結末に至るのと、心を開かずにその結末に至るのとでは意味が――。


 ……いや、他人から見れば同じことかもしれない。

 時々、自分の思考の意味を考えることにしているが、このように答えが曖昧なまま終わってしまう。

 続けて俺が青春を求める理由について再確認しようと思ったが、微かに窓の外で鳴く鳥の声が聞こえ、もう朝が近いと気付いた。

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