エピローグ
「ちょっと、どういうことか説明してもらってもいいですか?」
階段の息切れもそのままにKLの教場へ辿り着いた瞬間、飛び出してきた七緒に詰め寄られる。
「どういうことって、俺が疲れてる理由? それはもう歳で階段が――」
「とぼけないでください。教場に変な人が来てるんです。先輩なら理由はわかってるんじゃないですか?」
「変な人って……」
鋭い眼光が俺を射抜いている。
彼女は、これから起こることを俺が予期していたと、理解しているのだ。
「……分かってたよ。でも、だからって俺に止める方法なんてないだろ。誰が来ようとその人間の勝手だよ」
「それは……」
流石に言い返すことができないのはわかっているようで、七緒は不機嫌そうに踵を返すと、教場の中へ一足先に入っていった。
「あぁ……めんどくさい……」
このまま帰っても良いだろうか……いや、だめだ。
たとえ今日から逃れられたとしても、あの子は一生追いかけて来かねない。
先ほどのようにもう一度自分に喝を入れ、教場……もとい戦場に足を踏み入れた。
「あ、古庵くん。待ってたよ」
「知ってるよ……」
声の主は七緒ではなく、先日俺の鳩尾にタックルをかましてくれた紫だ。
赤と青に綺麗に染まった髪の先端は、彼女が動くたびに揺れていて、目を奪われる。
ほんの数秒の間の出来事だったが、それをめざとく察知した七緒が「ちっ」と舌打ちをした。
「ねぇ、あの子なんでそんなに怒ってるの?」
それは君が訪ねて来たからだよ、とは言えない。
「それは依頼が終わったのにあなたが当然のように訪ねて来たからです」
俺が言えなかったことを、5割増しくらいに辛辣にしてぶつけている。
しかし、言葉の矢は紫には届かなかったのか、はたまた彼女が鋼鉄の肉体を持っているのか、まったくダメージはないようだった。
それどころか、何かに気付いたかのように「あ、そっか」と言い出す始末。
「えっと、日向ちゃん?」
小さく頷く七緒。
「日向ちゃんも古庵くんのことが好きなんだもんね。私が来たから焦ってるんだ」
「…………は?」
見るもの全てを傷つけそうな態度から一転、呆けたように口を開けている。
「どういうことですか? えっ?」
「いや、俺が言うのもなんだけど、それは七緒もわかってたんじゃないのか?」
多分、七緒は「紫が俺に好意を抱いている」ことに動揺している。
そう考えるのが自然だが、一つ腑に落ちないことはある。
七緒は俺の部屋にやって来て、一連の事件をその目で見ているはず。
だとしたら、紫が俺に好意を持っているのは疑いようもないだろう。
「いや…………確かに……」
だというのに、七緒はあたかも今初めてそれに気がついたかのような、そんな顔をしていた。
「……流石に鈍すぎない? 日向ちゃんってこういう子なの?」
「そんなことない。普段は俺が言ってもないことまで読み取ってくる、エスパーみたいなやつだよ」
本当に、どうやって俺の心を読んでいるのか。
「あのですね」
ようやく正常な思考に戻った七緒が理由を教えてくれるようだ。
「思い出しました。確かに先輩の家に行った時には気付いてました。でも、あの後最高に素敵な先輩を見て、それで脳内が埋まっちゃったんです」
「…………なるほど」
深く頷く紫。なるほどじゃないわ。
「私はてっきり、窓から入る日差しと風が心地良すぎて、依頼も終わったのに我が物顔でここに居座るんじゃないかと思ってました。でも、本当は……」
「うん。私も入れてもらおうと思って、KLに」
「もっと最悪じゃないですか!」
声を荒げ、頭を抱えてそう言った。
「それで古庵君、私のこと、入れてくれる? 入部届があるなら書くよ」
「いや、うちは入部届とかはないよ。非公式のサークルだし。それより、どうして入部しようと?」
好意についてはもう伝えられた。
だが、別に同じサークルに所属しなくても接点を持つことはできるだろう。
「ほら、ストーキングされるより、目の届くところにおいておいた方が安心しない?」
「俺側の理由なの?」
全くもってその通りだけど。
「あとは、古庵君に嫌われてるわけじゃないってわかったから、これからちゃんとアタックしてみようかなって」
「ちゃんとっていうのは、もちろん後をつけたりしないってことだよな」
「ちょっと何言ってるかわからない」
とぼけているのだろうが、七緒に負けず劣らずのポーカーフェイスのせいで本当に理解していないのかもしれないと勘違いしてしまう。
「それに、ここには古庵君を狙うライバルもいるからね」
その言葉に七緒がびくっと反応する。
「……あの、一つ言っておきますけど、あなたはライバルにすらなりませんよ?」
「そうなの?」
「はい。私と先輩はもうキスもしてますし」
「でも私は情熱的に抱き合ったことがあるよ」
情熱的に抱き合ったんじゃなくて、紫が殺人級のベアハッグをかけてきたんだけどな。
二人の張り合いは続いていたが、七緒が手をひらひら振って相手にならないとアピールする。
「銀髪の先輩ならまだしも、あなたに負ける気はしません。そもそも、サークルに入っていいなんて言ってませんし」
「入部どうこうは俺が決めることじゃないか?」
「先輩はただの部員、いわば平社員でしたよね? ここに部長である二階堂先輩はいませんし、だったら平等な一票を持つもの同士の多数決になりませんか?」
言わんとしていることはわかる。
それなら多数決に……と行きたいところだが。
「俺は賛成に一票だ」
「私は反対に一票です」
ということで、結果が引き分けに終わることは最初から分かっていた。
すると、この不毛なやり取りを傍観していた紫が「じゃあさ」と話に加わってくる。
「次に来た依頼を私と古庵君で解決するから、それができたら日向ちゃんも認めてくれる?」
「いやですけど?」
「もしかして、私に古庵君を取られるのが怖いの?」
「はぁ? そんなわけ――」
どうして一月単位で面倒な展開が待ち受けているんだろう。
言い合いを繰り広げる二人を目に、そんなことを考えていた。
この先の展開も書き溜めてありますが、内容を変えたいためひとまず完結にします。
たくさん評価等いただければ執筆速度も上がりますので、ぜひよろしくお願いいたします!




