告白2
「どうしてそんなことがわかる?」
「古庵くんのこと尾行してたから」
自分の家まで知られているのだ、既にそれは理解していた。
だが、それと彼の戦闘能力については結びつかない。
「尾行してたって、そうそう喧嘩することなんてないだろ? 少なくとも俺は、お前の前では何も――」
そこまで言って、瑠凪は何かに気付いたように動きを止める。
「……そうか、最初の手紙には――」
「うん。私は古庵くんがホテルから出てくるところも見てたよ」
瑠凪が美人局にあった時、その時にも彼女は彼を尾行していた。
だからこそ、彼の頭の怪我について言及することができたのだ。
「でも、俺はあの時怪我してたんだぞ? 怪我してたらむしろ、強くないと思うだろ。こんな髪染めてチャラチャラしたやつが喧嘩できると思うか?」
「うん、怪我してたのは頭だよね。普通、喧嘩の時は頭じゃなくて顔を殴るんじゃないかな。多分、頭はそのあとどこかにぶつけて怪我したんだと思ったけど……違う?」
「…………合ってるよ」
金を巻き上げようとした体格の良い男。
瑠凪の頭の怪我は、彼によってもたらされたものではなかった。
二人の戦いは、もはや戦いと言えるようなものではなく、瑠凪の一方的な圧勝。
男は指一本たりとも彼に触れられず、プライドをへし折られ、軽い脅しを受けて逆に彼女共々金を払わされていた。
そうして臨時収入を得て、鼻歌混じりにホテルの部屋を出ようとした瑠凪だが、靴を履こうとした時、硬い扉に頭をぶつけてしまったのだ。
「女の子に声をかけてトラブルに巻き込まれることは多そうだし、その時に無抵抗じゃ危ないもんね。それに、依頼人が傷つくとKLの存続に関わるだろうから、自分のためだとしても助けてくれると思ったんだ」
「……負けだ負けだ。すごいな、マジで」
能面のようだった顔が一瞬にして生気を得た。
肩をすくめて自らの敗北を受け入れた瑠凪は、先ほどとは違いフランクに言葉を吐く。
「大体の謎は解決したよ。ただ、最後にもう一つ……っていうか最初かな? どうしてKLの評判を上げようとしたのか、それを教えてほしい」
もはや尋問のような口調ではなく、単に疑問を晴らしたいだけ。
「それは……」
ここまで堂々と答弁していた紫だったが、なぜか口籠もっている。
視線か宙を彷徨い、頬はかすかに赤くなっていた。
「……ただ、古庵くんに楽しい大学生活を送ってほしくて……」
「…………なにそれ?」
目が点になりながらも、なんとか紫の言葉を理解しようとしている。
「……私さ、古庵くんが助けてくれた時に、心から救われたんだ。今まであんなに晴れ晴れとした気持ちになったことがなくて、ああ言ってくれて本当に嬉しかった」
「…………?」
「でも、古庵くんは私みたいに派手な子とあんまり関わりたくないみたいだったから。ちゃんと避けられてるのは分かってるよ」
「避け……?」
「だから、私のことは嫌いでも、せめて私と同じ大学で過ごす残りの三年間は良い思い出になればいいなって思って。だから色々しようって……」
着ているパーカーの裾を掴みながら、ゆっくり言葉を続ける紫。
「最近は、ブログの更新が捗れば評判が上がるんじゃないかって考えたの。静香の友達の件も櫂先輩のことも、自分で解決できたけど、KLに持ち込むことにしたんだ」
「…………」
「まずは静香の依頼で自然に接点を作って……もちろんあの子の悩みがなくなることを1番に考えてたよ? それで、次に櫂先輩の依頼。ミスコンの人って影響力あるし、宣伝してもらえたら喜んでくれるかなって」
「…………あのさ」
紫がやっと本心を話してくれているのに対して、瑠凪の脳内は疑問符で埋め尽くされていた。
「どうしたの?」
「……そもそも俺たちって、静香ちゃんの依頼以前に会ったことないよな?」
「……やっぱり嫌だったんだよね」
紫が自分の言葉を違う意味で捉えていると理解し、慌てて止めに入る。
「違う違う! 本当に分からないんだよ! 俺、紫ちゃんを助けたことなんてあったか?」
「…………新歓の時」
「新歓……?」
瑠凪は脳内の引き出しを開き、開き、床を散らかしていく。
だが、一向に紫との思い出は出てこない。
顔が良い女子のことは忘れない彼だが、その理由は一体――。
そこまで考えて、何か思い当たったかのように顔を上げた。
「もしかして、その時俺、酒飲まされてた?」
「……うん。軽音の新歓でお酒飲まされて、私も……」
「あー、そりゃあ覚えてないわ……」
言葉の意味を飲み込めていない紫。
額に手を当てながら瑠凪は理由を述べる。
「……俺さ、めちゃくちゃお酒弱いんだよ。だから少しでもお酒飲むと、その前後のこと全く覚えてないの」
「えっ……」
「新歓の次の日、記憶なくておかしいと思ってさ。俺まだ未成年だし、自分から飲むはずないからね。だから頑張って新歓に来てた人探し出して聞いてみたら、軽音サークルの代表に飲まされたって聞いて、それでそのサークル潰したわけ」
「……ってことは……」
「うん。紫のちゃんとの記憶も綺麗さっぱりないんだよ……」
説明が進むにつれ、紫の目は驚きに見開かれていく。
「じゃ、じゃあ、私の事が嫌いなんじゃないの?」
「嫌いもなにも、可愛い子とは積極的に遊びたいからな。だから別に避けてたわけじゃなくて――うぐっ!?」
事の真相を聞いた紫が一気に加速し、瑠凪の胸に飛び込む。
「――良かったぁ〜!!」
ぶすっとした顔が特徴的な彼女の印象を覆すような行動。
瑠凪は鳩尾への衝撃の苦しみと、細い腕からは想像もつかない力に驚く。
「おい、どうした!?」
ばっと顔を上げた紫の目には涙が溜まっていた。
「私、ずっと避けられてると思ってて、だから今回のことも嫌がられてるのかなって、ずっと不安で……」
もう一度胸に顔を埋める紫。
差し入れについて聞きたいことはあったが、彼はそれ以上は何も追求することはしなかった。
ただ、ずっと恐れていた幽霊の正体が枯れ木だった、どこかの句のような気持ちでため息をつく。
「嫌じゃないけど、家に来るのは怖いよ……」




