告白
「評判……?」
紫はKLの評判を上げるために、あえて櫂の情報を言わなかった?
彼女がうちのサークルを気にする訳も、それが櫂のことを伝えない理由になるのも分からない。
考える時間が欲しかったが、目の前から流れてくる言葉は待ってはくれなかった。
「でも、ちょっと予定が狂っちゃったかな。本当だったら古庵くんは依頼を解決するために動くはずだったのに、自分のために動くことになっちゃったから」
「……自分のため?」
「うん。古庵くんは今回、山本くんの依頼を解決してあげたいから、櫂先輩絡みの依頼を解決したいから動いたわけじゃないでしょ?」
その口から紡がれる言葉は、一つ一つが俺の仮面を少しずつ、確実に崩していくようだった。
彼女はなぜ、こんなにも平静を保っていられる?
「いや、俺はみんなの依頼を解決するために――」
「最初はね。でも多分、飲み会の……うん、そのあたりから自分のために動き始めたよね。確信に変わったのは山本君から静香の話を聞いてからだろうけど」
「…………何を知ってる?」
「…………何を知ってる?」
紫の言葉を聞き、もはや自分の誤魔化しは無意味だと悟ったからか。
その口元からは胡散臭い笑みが消え、彼本来の冷たさが表面に現れていた。
「私が知ってるのはね、古庵くんが私が何をしてるか知ってから、山本くんとくっつけようとしていたこと。それとその周辺のことかな」
「周辺のこと?」
彼女がどこまで理解しているのか、瑠凪はオウム返しで質問するしかなかった。
「たとえば、私と山本君を付き合わせることで、差し入れを……自分の家に来るのをやめさせようとしたんでしょ? 古庵くんは女の子と遊んでも、それ以上の関係になる気はないもんね」
「……あぁ、そうだ」
「ここからは私の想像だけど、古庵くんは最終的に山本くんに全てを解決させて、私からの印象を良くしようとしていたんじゃない?」
「……どうやって? 蓮に解決させるって、あいつに櫂の居場所がわかるはずがない。それじゃあ解決できないだろ?」
もはや解答が口にされるのは分かりきっていたが、それでも瑠凪は抵抗する。
「だから、前日に静香に連絡して私を誘き寄せたんでしょ? 静香は途中で電話しに行ったけど、もしかしてその時古庵くんと会ってたのかな? それで、その隙に私……か静香の姿を櫂先輩に見せて、居場所を知らせようとした。あの人が私に恨みを抱いてたなんて、その時まで知らなかったけど」
瑠凪は静香にメッセージを送り、紫を迎えに行き、二人で自販機に寄り、そのあとKLの教場にくるように指示を出していた。
それと同時に匿名のメールアドレスを利用して櫂へ連絡し、彼をも誘き出した。
三者の居場所を近くし、さらに安田を時間稼ぎに配置することで、櫂が紫、または静香のことを見つけられるようにしたのだ。
しかし、櫂が急いてその日のうちに行動を起こしてしまえば計画は破綻する。
だからその日は静香と共に帰らせることにした。
静香は確実に櫂の顔を覚えているし、二人いれば尾行がバレる可能性が高い。
計画の決行を次の日に遅らせて、またもや櫂にメッセージを送ることで紫の後をつけられるようにする。
紫の方は、彼女に「怪我」が酷くなっていると知らせれば差し入れにくると考えて、その会話を静香に仕込ませていた。
自らの行動を看破されていると知らなかった紫は、当然の如く瑠凪のマンションに現れる。
「それで、現場まで山本くんを連れてきて、彼に櫂先輩を止めさせようとした。私が家に入ると思ってて、わざと鍵を開けておいたんでしょ?」
瑠凪は部屋の前に張り紙をしておいた。
動機は不明とはいえ、自分の家にまでやってくる相手なら、家の鍵が開いていれば入ると踏んだのだ。
そして、櫂が後ろから付いてきているとは知らず、袋小路に入ってしまった。
だが、瑠凪たちが追って到着した時点で逃げられないのは櫂も同じ。
彼はとっくに思考を読まれ、詰んでいたのだ。
本当なら瑠凪は、そこから先は蓮に対応させる予定だった。
彼の体格は櫂より優っているし、単純な殴り合いなら分がある。
ただ一つ足りないのは、行動に移す勇気だけ。
だから蓮に発破をかけさせるべく、事前に櫂に偽名を伝えておいた。
目論見はほぼ成功と言えるところまで進んでいたのだ。
しかし、櫂がバタフライナイフを所持していたために、自ら処理せざるを得なくなった。
「……でも、私のことを全く気にしてないのは悲しかったな」
「……?」
「櫂先輩を倒したあと、私のことを心配してる風にみせて、実は違うこと考えてたでしょ? 最後に思い出したかのように私に声をかけた時に気づいたんだよ」
自分の思考がことごとく読まれていることに瑠凪は歯噛みした。
彼はあの時、倒れるようにして逃げた紫を心配したのではない。
三段跳びの要領で衝撃をかけた壁のことを、その横にあるテレビのことを心配していたのだ。
だから二度も同じ質問をしてしまい、それが紫にヒントを与えてしまった。
「……そうか」
「ただ、どうして櫂先輩がナンパしてたって知った時点で二人に教えなかったのか、それだけが分からないんだよね」
この日初めて首を傾げた紫に得体の知れないものを感じたが、彼は毅然とした態度を貫いている。
「もし二人に櫂の浮気を告げたとして、言葉だけで諦めるとは思えなかった。それに、しこりを残したまま終わらせれば『これじゃ依頼は解決とはいえない』ってお前に逃げられる可能性があるかもしれないだろ? 別に二人の気持ちなんてどうでもいい。ただ、綺麗に終わらせて心象を良くしようとしただけだ。俺は自分の害になりそうな存在を排除したかった」
そう、吐き捨てるように言い放った。
「櫂にナイフを向けられている時、怖くなかったのか? 俺たち二人が何もできないと思わなかったのか?」
繰り返される質問と解答。
二人の会話はようやく終盤に入ったところだ。
「古庵くんが強いって、私知ってたから」




